Ⅲ.奪われた日常

 怒号、さけび、うめき、涙。

 日曜日の商店街は非日常的な絶望であふれかえっていた。

 逃げ惑う人々や店員。

 それを追いかける、アメリカンポリスの姿をした数名の男。

 彼らは俊敏しゅんびんな動作で肉薄すると、腕を刃物や触手しょくしゅのようなチョコレートへと変化させ、逃げる人々の身体を捕らえ、突き立て、あるいは口にチョコを流し込んでいく。

 その攻撃を受けた者達は悶絶もんぜつし、絶叫ぜっきょうし、傷口からチョコ飛沫しぶきが激しく吹き出し、そこから急速に溶け始め、チョコ溜まりとなっていく。


「熱い、熱い、熱いいいいい!」

「チョコだけは、チョコだけは許してくれえ!」

「い、いや、私こんなに甘いの耐えられない……! イヤァー!」


 そのchocolaterチョーコレーター達は顔色一つ変えることなく、老若男女ろうにゃくなんにょ関わらず無差別に襲い掛かりchocolateチョーコレートしていく。

 そこに慈悲はなく、ただ機械的に行われていた。


「クソっ!」


 車太は何も出来ない自分に腹を立てながら、自転車を駆り、朱希のアパートへと飛ばしていく。

 しばらくすると、街は日常を取り戻していた。

 どうやらchocolaterチョーコレーターはあくまで車太の家の近くに数体配置されているだけのようだった。

 つまり、犠牲になった者は──。

 鳩尾みぞおちのあたりに不快感を覚えながら、一旦休憩きゅうけいを取る。

 酷使した太ももは、パンパンにふくれ上がっている。


「こりゃ明日、筋肉痛になるな」


 自分から漏れ出たあまりにも平和的な言葉に苦笑する。

 明日まで、何とか生き延びないといけない。

 ため息をつき、ふと気配を感じて背後を振り向くと。


「猪口車太、追いついたぞ。貴様を逃がすことは無い」


 先程の巨漢chocolaterチョーコレーターが車太目掛けて一直線に走ってくる。


「うわああああ!!」


 慌てて自転車に飛び乗り、全力で漕ぎ始める。

 一瞬背中を振り向くが、ほぼ同じくらいのスピードで走っている。

 やはり、人間ではない。

 そう思い、前を向く。

 と、交差点の信号は既に赤になっており、横から大型トラックが突っ込んでくる。

 叫ぶ余裕すらなく全力で駆け抜け、間一髪のところでかわし、振り向くと。

 トラックも難を逃れるため寸前でハンドルを切り、そのままの勢いで歩道へと突っ込んでいき、その先には、――小さな子供がいた。


 凄惨な状況になるはずの、その瞬間。


 chocolaterチョーコレーターが割って入り、大型トラックに自らの左半身をぶつける。凄まじい音を立てるが、男はびくともせず、子供をしっかりと守り、衝撃を受け止める。

 そして、立ち上がる。

 サングラスは吹き飛び、顔の左側は皮膚がめくれ、まるで筋肉のように複雑に編み込まれた黒い金属骨格が露出する。

 左腕はぶらんと垂れ下がり、左足も損傷したのか足取りはやや緩慢かんまんになったものの、その赤い目は爛々らんrなnと輝き、車太の姿を確実に捉え、向かってくる。


「嘘だろ……」


 車太は慌ててペダルを漕ぎ出す。

 朱希のマンションまで、もう目と鼻の先だった。

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