Ⅱ.未来に背負う罪
男は
「聞こえなかったか? 貴様が、
「え、違います」
車太は
目の前に居るのはどう考えても常識の範囲に居る存在ではなく、認めると
改めて男の姿を確認する。
この冬の
下半身はこれまた黒いジーンズで、妙にゴツい黒いアーミーブーツを
そして、何よりも印象的なのは、その
深い黒のサングラスに、短い黒髪をオールバックにしている、岩のような顔つき。
どこをどう見ても、どこかの映画で見たことのあるような雰囲気であった。
男は、じっと車太を
その瞬間、目のあたりで妙な機械のピピッという音が鳴り響き。
「私に嘘は通じない。今、解析した」
「え、今ので?!」
「私には画像照会技術が
さらに一歩近づく。
そして、男は手に持ったショットガンを車太の
「猪口車太。貴様を、
*
は?
車太は意味が分からず
chocolate、チョーコレート。……ああ、チョコレート。
まさに今日という日にうってつけの言葉だ。
だが、どう見ても目の前にいる男から発せられるタイプの言葉ではないし、そもそもchocolate《チョーコレート》するという表現がおかしい。日本語的にもおかしい。
何よりも、とてつもなく不穏な響きだ。
「待った。
簡単に答えてくれそうな雰囲気ではなかったが、念のため聞いてみると、目の前の巨漢は初めて表情らしい表情を浮かべる。
「
「嘘だろ……」
頭が痛くなるほどの甘く強烈な匂いが溢れ返り、やがて完全に溶け落ち、床にチョコ溜まりを作る。タンスの上に置いていたデジタルフォトフレームは、チョコの海で無残にも汚れてしまった。
「こうやって
「撃たれたら僕もああなる……?」
「無論だ」
この男に、
このまま行くと、数秒のうちに引き金を引くのは明らかだった。
焦りでうまく思考がまとまらない中、必死に生き残る可能性を模索する。
何か、何かないか。この状況を打開するヒントは、ヒントは――。
「そ、そうだ。どうして僕は
時間稼ぎにしか見えない、苦し
そして反対の壁に寄りかかり腕を組むと、
「確かに貴様は知らなければならない。どのような理由で
一層低い声で前置きをすると、男は語り始める。
「貴様は
「お、僕の子供が、世界の大統領……?!」
「ああ。その男は非凡な科学者でもあり、人類という種を存続させ、最適な未来を与えるための理想的な道筋を教示する人工知能システム『
偉大なる指導者と、人智を越えた機械頭脳。
それにより、人類はさらなる繁栄を迎えた。
「特に、世界大統領が宣布したチョコレートや酒類等、いわゆる
「良いことじゃないか」
まだ見ぬ未来、子供のこととはいえ、車太は鼻が高い心持ちになった。
しかも、相手は朱希だという。ちゃんとゴールイン出来たのも、なおのこと嬉しいものだった。
「確かに、人類は肉体的には幸福を得られた。だが、嗜好品を奪われた人類は、精神的には徐々に不安定になっていった」
人は精神的な充足も必要であり、そのための嗜好品は、たとえ健康に悪いものであったとしても、ある程度無ければならないものであったのだ。
世界がそれに気づいた時には、状況は既に取り返しのつかないところまで来ていた。
「ある日、限界に達した人間達によって、世界中で同時多発的に反乱が起こった。彼らは嗜好品を求め『SOURNET』が操る機械の軍隊と戦い、また、人間達とも戦った。結果、劣勢に立たされた世界統合政府は、最後の手段として核を使ったのだ」
世界中で行われた核攻撃は、この地表に取り返しのつかないダメージを与えた。
地球の気候はもはや人が住むには適さないほどに大きく変化し、動植物のほとんどが死に絶え、人類もシェルターに生き残ったごく一部を除き、全て根絶やしとなった。
「……残された人類には激変した地球環境で生き残る術を持たなかった。生存するためには、SOURNETの指示に従うしか無くなった」
「……僕の子供はどうなったんだ」
「死んだ。いや、断罪されたというべきか」
車太の手が、微かに震える。
「……誰に、だ」
「残された人類の総意に、だ。SOURNETは人類という種を存続させるために存在している。SOURNETは戦火の中であって自己進化をし続けた。その結果、人の心理を読み取ることすら出来るようになった。残された人類は『ケジメ』を求めていた。それが、貴様の子供の死だった、というわけだ」
「……」
あまりにも、酷い話だった。
「そして、SOURNETは原因を解析し始めた。その結果、貴様の子供は父親である猪口車太、貴様が甘いもの、特にチョコレートが嫌いということでその教育方針を子供にも行った結果、あのような法律を生んだのが第一の要因だと結論付けた。他にもいくつか要因はあるが……。それらを取り除くためにSOURNETは、私のようなC6H12O6型
「お前のようなやつが、他にも来ているのか」
「ああ。私は特別製で、貴様と会話が出来るようにと、人の心というやつを回路に埋め込まれている。他のやつらはインプットされた使命に従い、それぞれの対象を
手の震えは、全身にまで広がっていた。
「貴様が
「……そんな話、信じられるか!」
車太はそう叫ぶと、男と銃とのわずかな
動作が一瞬遅れた大男は車太を捕まえようとするが、一瞬早く車太は銃を膝で蹴り飛ばし、そのままの勢いで外に出る。
だが、背中を振り向く余裕すらない。
エレベーターを待つ
「早く、行かないと」
外に出ると、全速力でペダルを
行先は一つ。彼の想い人で、自分の妻になると告げられた、朱希のマンションだった。
何よりも重要なのは、最後に告げられた、
つまり、今日一日、より正確にはあと9時間弱を逃げ切ることが出来れば、
漕ぎ続け、普段から利用している商店街へと差し掛かる。
「なんだよ、これ……」
そこに広がっていたのは、地獄としか言いようがないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます