CHOCOLATER

南方 華

Ⅰ.金属の鼓動が鳴り響いた日

 日常というものは、やけにあっけなく瓦解がかいする。

 だが、人というものは往々おうおうにしてそれに気づけない。

 危機的シチュエーション、例えば「眉間みけん銃口じゅうこうを押し付けられている」ような状況になって、初めて理解させられるのだ。



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 * CHOCOLATER *


      Presented by HARU MINAKATA


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 2月14日。

 祝日ですらない、何の変哲へんてつもないこの日は、現代においてはバレンタインデーと呼ばれ、特別な日として扱われている。

 日本ではどういうわけか、主に女性が、意中の相手に想いや感謝を伝えるため、チョコレートをおくるという日として文化が醸成じょうせいされてきた。

 それは、数多あまたある企業の思惑と複雑に絡み合い、恋愛に関わるビッグイベントとして、様々な人々の運命に影響を与え続けている。


「はあ……」


 そんなお祭りの日にあって、猪口車太いのくちくるたは自室マンションで大きな溜息をこぼしていた。

 車太は甘いものが苦手だ。

 特にチョコレートに関しては、カカオ99%であってもなぜか甘味を感じてしまう。

 アレルギーのように身体が拒絶反応を示し、吐き気をもよおすといった具合で、どうしようもなくNGだった。


「あと二時間か、どうするかな……」


 彼には約束があった。

 大学からの友達である天塔朱希あまとうしゅきのマンションに遊びに行く予定なのだ。

 普段であれば楽しみでしかないそれが、今はとてつもなく辛い。


 ――今日は車太にすんごく美味しいチョコも作っておくから、楽しみにしててね!

 ――あと、今日は、伝えたいことがあるんだ。


 通話越しでの嬉しそうな声が、耳元にまだ残っている。

 だが。

 彼女は知らない。車太がチョコレートを食べられないことを。

 朱希は、人生で初めて出来た女の子の親しい友達だ。

 お互い地方から出てきたこと、しかも同じ県出身ということでウマが合い、意気投合した。

 高校時代はあまりぱっとしなかったのも同じで、大学デビューという感じにもならなかったけれども、そんな少しだけ上手くいかなかった同士、気が許せる関係となったのだ。

 お互い気の許せる関係となり、クリスマスイヴに車太は一大決心し、告白に踏み切ったのだが、


「ええっと、その……、車太のことはちゃんと好きだけど。ちょっと考えさせて」


 といった具合で、保留になっていたのだった。

 そんな状況での今日という日。朱希の口振りから察するに、ついに答えが出るのだろう。

 だがしかし、せっかくのそんなタイミングに、キーアイテムでもある手作りチョコレートを食べられない、万が一嘔吐おうとでもしてしまったら、どうなるか。


 ――冷めてしまうかもしれない。


 車太にはそれがどうしようもなく怖かった。

 初めて本当の意味で好きになった相手なのだ、彼女しゅきは。

 だからこそ、嫌われたくない、このままずっと隣に居てほしい。


「本当に、どうしよう」


 要するに、耐えればいいのだ。

 だが、甘いものが大好物である彼女の手作りとなると、そこから摂取される糖分は信じられないレベルにまで到達しているかもしれない。

 いや、それでも、愛のためならば、きっと、何とか。

 と、あれこれ頭の中で堂々巡りをしていると。

 

 ドンドンドン。


 唐突に玄関のドアが強くノックされる音によって現実に引き戻される。

 が、例によって普段通りの居留守を決め込んだ。

 学生や東京に出てきたあまり金を持っていない人間ばかりが住むこのアパートでは、この手のパターンで訪問販売や宗教の勧誘などがひっきりなしにやって来る。

 そもそも、チャイムも慣らさずにドアノックするやつなんて、どう考えてもまともではない。

 再び強めにドンドンドン、と打ち鳴らす音を子守歌のように聞きながら、再度苦悩の渦へと意識を集中させようとする。

 と、急に、


 ドガシャァ!!


 という耳障りな、というより、金属が激しく捻じ曲がるような激しい音が玄関から轟いた。


「うわっ?! なんだなんだ?!!!」


 尋常ではない雰囲気に飛び上がり、慌てて玄関を見ると、そこに居たのは。


「貴様が、猪口車太だな」


 ほとんど天井に頭がつくのではないかと思えるほどの、身長2mはある大男が、大口径の銃を片手に仁王立におうだちしていた――。



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※本作品はパロディ要素を含みます。

 また、この小説はフィクションです。実在の人物や団体、作品などとは一切関係ありません。

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