「……彼女らの証言に、特に不審な点はないんだよなあ。被害者が被害妄想ぎみで、友人が少なかった、っと言う点では、他の人間からも証言取れているし」


「天涯孤独で、最近失恋したらしいって会社の同僚も言ってるし……こりゃ自殺に断定でよさそうだ。あわよくば妬んでいた同じアパートの住人を巻き添えにしようとしたんだろうな。階下の目撃者の二人も、たまたまデートと仕事帰りで一緒になっただけで。夜勤明けの看護師の方は、越してきたばかりでほとんど面識がないし」


「でも酷い話ですね。さも身勝手な隣人に迷惑をかけられている風を装うなんて」


「ブログに公開するとかじゃなくて、メモリーに書き込んでポケットに入れておく辺りは、どういう心理なのかな」


「個人を特定されたくなかった、とか? 遺書代わりだったんじゃないですか? あわよくば殺人を疑ってもらおうとか」


「そういう巧妙な所がありそうだな。粘着質な性格だったみたいだし。まあ、結局は穴だらけだった、ってとこだが」


「じゃ、自殺、ということで報告上げます」








「とりあえず乾杯!」

「声大きいってば」

「大丈夫よ。家の中だし」

「……でも、こんなに上手く行くとは思わなかった」

「ま、あの人のUSBメモリー拾ったのが幸いよね。名前も入っていたし」

「大体ああいうものに妄想書きこんで持ち歩くのが変なんだって!」

「あ、あれ多分小説にでもするつもりだったんじゃない? 字数が40×40だったし」

「妄想小説!? 笑えるー!」

「だから不自然じゃないように字数設定変えておいたわよ。だけどホント笑っちゃうよね。私が水商売してる淫売で、アンタが花を愛でるだけのヒッキーだもん」

「あなたはまだいいわよ。化粧は派手だけど美人ってなってたし。私なんか化粧も出来ないのっぺり厚化粧だよ? ヒドイし。今時スマホも携帯電話も持ってないとか何時代の人よ」

「まあ、アンタは一見清楚な美人で、あの人が理想としてたらしいし。自分と入れ換えてたんでしょ……もっとも、出会った頃のアンタはあんな感じだったよね」

「もう3年も前じゃない! ……あの後で、あの人引っ越してきたのよね? 偶然とはいえ、恐ろしいわね」

「ね、あのまま、あの人の妄想進んでいたら、あの事も書いたのかな?」

「まさか! せいぜい痴情の縺れで、あなたと私が刺し違えて、仲良くあの世に、って程度でしょ?」

「そんなもんよね。実際にはそんなもんじゃ済まないのにね」

「事実は小説よりも奇なり、ってことね」

「まあ、仮にあの人が何かを知っていたとしても、死人に口なし、ってこと」

「あは! 山梔子くちなしがきっかけなだけに、おあとがよろしいようで……」



 事実は小説よりも奇なり。


 確かに、きっかけは山梔子。


 山梔子の匂いに頭がクラクラして。


 前からこころよく思っていなかったあの二人がトラブって。


 そのあげくに刺し違えるようなことにでもなったら、きっと胸がすくように、気分がいいに違いない。


 そう思って、パソコンで文章を打ち始めて。


 書いているうちに、どんどん筆が乗って、会社でも仕事の合間に入力して。

 会社のパソコンに記録が残ると不味いので、わざわざメモリーに保存して持ち歩いた。

 刺し違える寸前まで書いて、ちょっと筆が止まってしまい、しばらく筆を休めている間に、メモリーをなくしたことに気付かず。

 

 そうしたら、まるで私の文章をなぞるかのように、二人に新しい恋人ができて、カフェで見せつけられ、アパートで自慢され。


 メモリーをなくしたことに気付き、見られたのかもと思ってお隣の彼女に探りを入れると。


「ピンクの猫の付いたメモリー? 知らないなあ……あ、そういえばお隣がそんなの持ってたの、見たかも。夕方、帰ってきた時だったかなあ」


 誰かに見られたら困るという思いの一心でいると、お隣の彼女がメールで帰宅時間を聞いてくれた。


 深夜1時すぎくらいだというので、1時少し前からドアの外で、手すりにもたれて帰りを待っていた。


 車の停まる音がして、階下を見下ろすと、夜目にも鮮やかな派手な服が目に入った。

 

 思わず身を乗り出した、その時。




 山梔子の、匂い……!?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る