五
見たくない、という光景は、大体一番いやな時に見てしまうものだ。
故意も悪意もなく、単なる偶然として。
この場合は、隣人とその恋人らしき男性との逢瀬。
気分転換に、同僚と出掛けた、カフェ。
目的はショッピングで、単なる待ち合わせに使っただけの、ありふれたお店。
先に来ていた同僚が座っているテーブルに向かう途中で、向かい合って座る男女が目に留まる。
まだ手慣れてないけど、以前より格段に上手くなった化粧を施した隣人。
相方は濃いグレーのスーツで黒縁メガネの、地味な感じのサラリーマン風。
「あ……」
一瞬目があったけど、シカトした。
知らんぷりして、同僚に向かって合図して席につく。
後で聞かれたら、邪魔しちゃ悪いからとか何とか言い訳すればいい。
そう思っていたのに。
「こんにちは! 偶然ですね。あ、お友達ですか?」
わざわざ席を離れて、声をかけてこなくてもいいのに!
内心イラつきながら、私は「ええ」とだけ返す。
「あ、初めまして! 同じアパートの隣に住んでて、仲良くしてもらっているんです!」
勝手にベラベラ喋って言うだけ言うと「彼が待ってるんで」と席に戻っていった。
「仲良しのお隣さん?」
「なわけないでしょ……単なるお隣さん。変になつかれちゃって、困ってんの」
「っぽいね。あんたずっとムッとしてたし」
「え? 顔に出てた?」
「反対。ずっと笑ってた。ちょい微笑みモードで。あー、感情目一杯殺して耐えてるなあ、って」
「分かる?」
「何年机並べて一緒に仕事してると思ってんの」
他愛ないお喋りで気分も盛り上がって。
何気なくレジに向かう、隣人と恋人(らしき男性)の後ろ姿が目に入った。
あれ……?
どこかで、見た?
何となく既視感を覚え。
それが何なのか思い当たらないまま、いつの間にか忘れていた。
家に帰るまで。
「あ……」
ショッピングして、夕食も済ませてアパートに帰ってくると、例のお水風のお姉さんが部屋から出てきた所だった。
「あら買い物? いいわね」
私の持っていたデパートの手提げ袋に目をやり、挨拶がわりに口にする。
彼女がとっかえひっかえ持って歩くバッグ類のブランドに比べたら、足元にも及ばない庶民デパートだもの。
……私は何となく引け目を感じて、紙袋を気持ち斜めに持ち替える。
「お出かけ?」
「まあね。ちょっとね」
ふふ、と嬉しそうにクルリとその場でモデルみたいにターンする。
「どう? 取って置きのコーデなんだ」
「……素敵ですよ」
シンプルなワンピースにシースルーのボレロ。
セクシー系が多い彼女にしては大人しめの可愛いコーディネートだ。
「ふふ、ありがと」
浮かれ気味の彼女の様子は、普段戯れている男性達といる時とは明らかに違っていた。
「デートですか?」
「ん、まあね。◯◯ホテルの展望レストランでディナーよ」
バッチリフルメイクの下でも、頬が朱に染まるのが分かった。
「彼ね、一緒に暮らさないか、って。まあ、私もそろそろ落ち着かないとなあ、って思ったから……シンクロ?」
結婚、の文字をちらつかせて、ウキウキした様子の彼女は、輝いていた……正直ウザイ程。
「早く行った方がいいんじゃ?」
「ヤダ! そうだった! じゃまたね!」
イソイソと小走りに駆けていく後ろ姿を見送って。
突然、甦るビジョン。
私は階段の踊り場に向かい身を乗り出すようにして、階下を見る。
「あの、おかえりなさい」
背後から声をかけられ、私は一瞬びくっとした。
例の隣人だった。
「あ、ただいま……」
反射的に答えて、普段着の隣人をまじまじ見る。
「早かったのね。デートじゃなかったの?」
「彼が取引先と約束があるからって……夕方には別れたの。そのまままっすぐ帰ってきて」
「ふーん。街まで出たなら夕飯くらい食べてくればよかったのに」
「……私、あんまりああいう所で一人で食事するのは……それに彼も心配するし」
まあ、私だって一人だったらせいぜいお弁当かお惣菜買ってきて、食事は家で済ませるだろうけど。
「別に真夜中でもないのに家にまっすぐ帰れなんて、ずいぶん束縛するのね」
「そういう訳じゃないのよ……でも連絡つかないと心配なんですって。私、携帯電話って持ってないから。でも、彼が心配するから、今度買おうかなって」
心配されるのが嬉しくてしょうがない、というように頬を染めて。
意地悪な私の口調には気付きもしないようだった。
「……ねえ、あの人と、どうやって知り合ったの?」
ドアの内側に招き入れて、直球で質問をぶつけてみる。
「え、あ……会社の近くの公園でお弁当食べていたら、道を、聞かれたの」
鼻白みながら、それでも訥々と話し始める。
「近くだけど、分かりづらかったし、案内してあげたの。次の日、また公園で会って」
近くに取引先があって、初めて来たので道が不案内だったが、親切に教えてもらって嬉しかった、と。
「それで、また会えないかな、って……言われて」
地味で見映えがしない自分をどうして、と気乗りがしないのを、君は磨けば光る人だから、僕が証明してあげるから、一日だけ付き合ってくれないか、と。
そして美容院に連れていかれ、ブティックに行き。
「自分がこんな風に変われるとは思ってなかったの」
今までおどおどしてるだけだった彼女の瞳が輝く……小さな自信を宿らせて。
キラキラしている彼女は眩しかった……嫉妬を、感じるほど。
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