四
結局、山梔子の処遇はうやむやになったまま、花の季節が過ぎてしまった。
エアコンも修理してもらい、快適な部屋を取り戻し、山梔子の件などすっかり忘れていた。
忘れたかった。
「もう今年の花はみんな散ってしまったから」
8月に入ろうと言う頃、隣人がそう話し掛けてきて思い出したが、もうどうでも良くなっていた。
それどころではない精神状態に、その日の私はあった。
憧れていた会社の上司が結婚することになった。
正直、かなり本気で好きだったし、気に入られたくて人の分まで残業を引き受けたこともある。
相手は重役のお嬢様……とかだったら諦めもつくけど。
同じ部署の、仕事しているよりメイク直したり爪磨きしている時間の方が長いんじゃなかろうか、というような、女。
美人なだけが取り柄で、そして最大の武器。
仕事のミスを何度尻拭いさせられたことか!
なのに。
「海外勤務決まったから、慌てて、とりあえず見映えがいい相手を選んだって話だよ」
「酔った勢いで彼女の方から押し倒したって聞いたけど」
「社長の愛人だったらしいよー? お下がり押し付けられたんですって」
興味本位と悪意と羨望の混じりあった噂のどれが本当かは分からない。
どれも単なる噂なのかもしれない。
ただ、間違いないのは、彼は彼女と結婚するのだということ。
だから、もう山梔子なんて、どうなろうと知ったことか! という気分だった。
だけど。
「……あれ? 何だか……」
綺麗になった?
「あ、今日、美容院に行ったんで……」
はにかむように笑う隣人の顔が。
メイクが、違う。
髪型は、いつものように後ろに一つに結んでいるけど、前髪をゆったり分けて、小さな花の付いたヘアピンで留めてる。
眉は綺麗に整えてあるし、アイメイクも控えめだけどしてある。
何よりのっぺりだったファンデーションが、しっかり、でもナチュラルに見えるように施されている。
元々の造りは悪くないんだから、綺麗になるのは当たり前……なんだろうけど。
「彼氏でも出来たの?」
せいぜい好きな人が出来たくらいだろう、と思いながらも、鎌をかけてみると。
「……分かります?」
頬を染めて、嬉しそうに微笑むその顔を、私は内心苦々しい思いで見ていた。
よりによって、こんな日に……。
悔しい、というより、もう少し明確な悪感情が、胸の中に渦巻いた。
「彼ね、君は磨けば光る人だから、って、色々アドバイスしてくれて……」
嬉々として話し始めるのを、疲れてるから、と遮って私は早々に自室に避難した。
愛想よく話を聞いてあげる義理はない。
まして、自分が失恋した日に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます