第108話
「――いやぁ、良い酒だったな」
「アマンダは本当によく飲むなぁ、グレンの方がよっぽど弱いだろう」
結局、案内だけをする予定だったグレンも酒には付き合わされたらしい。途中で何やら用があると言って先に酒場を立ち去ったが、本当に仕事があるのか、酒に呑まれそうになったことで退散したのかは不明だ。何にせよ、一般人よりは飲めるグレンも負けそうなほど、アマンダは酒を大量に飲む。
「ジェフにだけは言われたくないね」
「ハハハ! 俺はお前らとは体積が違うんだ!」
豪華に笑う彼に、アマンダは肩を竦める。その程度の違いではない量が、ジェフの中には入っているはずだが、食い下がるほどのことでもないのでアマンダは飲み込んだ。結局は酔っ払い同士の掛け合いだ。
「うーむ、夜の海はあれだな、ちょっとおっかないもんだなぁ」
「はは。そんなこと言っても、その図体じゃ可愛くないね」
「狙っとらん」
二人は酔い覚ましに少し散歩をし、海の見える場所に辿り着いた。此処は島だ。しかも温泉地として開かれている場所は斜面となっている為、建物群から出てしまえばどの場所からでもすぐに海が見える。
「寒くはねえか?」
「ああ。まだ酒で身体か温かいからね」
やや強く冷たい風に、ジェフはアマンダを心配するが。機嫌良さそうに笑う彼女に、凍える様子は無い。しかしジェフは彼女に直接風が当たらないように、風上に立った。アマンダはその過保護な動きに、ふっと鼻を鳴らすものの、何も言わずに受け入れる。
「もう、いよいよなんだなぁ。正直言うと、もう少し、時間の掛かる旅と思っていたが」
「そうだな。あたしもだ。子供らが優秀すぎて恐ろしいよ」
「ハハハ」
特に、フィオナは身体が小さい魔術師だ。もっと道程は休む時間が長いだろうと考えていたし、無理をして身体を壊してしばし長期滞在が発生する――など、大きな足止めを食うこともあるだろうと考えていた。
ところが。大きな足止めと言っても十日がせいぜいで、いずれも、フィオナに何か問題があったわけではなく、全員の為だったり、武器の用意の為だったり。紋章の痛みが酷くなった時に進みが悪くなることはあったものの、アマンダ達の想定よりはずっと少なかった。……実際、痛みで倒れても、食事さえ正しく摂れているなら問題ないと、翌日にはもうフィオナが動き出してしまうせいだ。
「ブレーキの利かないガキどもだったな」
溜息交じりにそう呟くアマンダに、ジェフは豪快に笑った。悪態を吐いている割にアマンダは本当に二人を可愛がっている。
「若いんだからそれくらいで丁度いい。大体、ルードに比べたらどっちも充分、無茶をせん良い子らだろう」
「ハァ。あんなのと比べたらお前ですら『お淑やか』だったからな」
またジェフが笑う。ルードはジェフにすら「ばか」と言われるほど突飛の無い男だった。電池が切れるまで動き回る子供のような気質で、旅の間に数回倒れている。勇者の光で目を回した時以外にも、体力切れと魔力切れで。
「あいつが戻ったら、あいつが一番子供に見えるだろうな。年齢は二十歳で、イルゼらより四つも上だが」
イルゼ達は前世の記憶がある分、実年齢よりやや大人びてもいるのだろうが。
一方、ルードは正規の封印状態の為、封印中の記憶も、時間経過の感覚も持っていないはずだと以前、フィオナが言っていた。おそらく封印の呪文を唱えた状態で彼の意識は止まっていて、解除しても、『呪文を唱えた直後』と思って目を覚ますか、少し混乱していれば、魔王戦の前後は記憶が無いかもしれないとのことだ。
「……ルードが戻ったら、一緒になるのか?」
徐にジェフが真剣な声で問い掛ける。アマンダは、乾いた笑いを零した。
「なるわけないだろ、バカだな」
少しも考える素振りなく、アマンダは首を横に振った。まるでずっと前からそう決めていたかのように。
「もう十七年が経ったんだ。元には戻らないさ」
「ルードにとったら今もアマンダは恋人なんだぞ?」
「十七年前のあたしが、だ」
悲しい顔をするジェフを見上げ、アマンダは優しい目で笑みを深めた。
「ジェフ、あんたはあいつが戻ったら、またあいつと一緒に、旅をすんのかい?」
「それは……」
「出来やしないだろう。そういうもんだ。……あいつが戻ってくる。だけど、同じ日はもう来ない。戻らないもんは、山ほどある」
ジェフにはもう家庭があり、帰る家がある。本職は傭兵ではなく、鍛冶師になった。ルードにとっては今もジェフは共に旅をする相棒であるのだろうが、もうそれにジェフは応えてやれない。アマンダと自分を同じ状況とは言えなくとも、自分は応えてやれないのにアマンダには応えてやれと言えなくて、ジェフは言葉に詰まった。またアマンダが目尻を下げる。
「それでも助けてやりたい。それだけだ。あたしのことは良いんだよ。ルードはまだまだ若いんだ。今のあいつにとって丁度いい年齢の、良い娘を見付ければいい。……フィオナとイルゼ以外であればね」
「アマンダの前で二人に目移りするようなら俺が斬るから大丈夫だ」
「蘇った直後に斬ってやるなよ!」
弾けるように笑うアマンダに、ジェフも笑みを返した。だが、いつもより少し頼りなく、悲しげなそれだった。
「ありがとな、ジェフ」
暗い海が、月明かりを揺らしている。二人はしばし無言でそれを眺めていたが。ジェフが大きなくしゃみをしたところで、宿に戻ることを決めた。
「よし、風邪を引かないように、宿で飲み直すか」
暖かくして早く寝るつもりは無いらしい。散々飲んだはずだが、ジェフも大きく笑って頷いた。
「おぉ、そうだ、部屋でなら、イルゼくらいは飲ませて良いんじゃないのか?」
「悪い男だねぇ! ああ賛成だ。偶には悪いことを教える大人になってやろうかね」
何故か唐突に巻き込まれることが決まったイルゼもまた、寒くもない部屋の中で大きなくしゃみをしていた。
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