第104話 光の封印地
酷い雨の日が訪れたのはそれから六日後のこと。
前日の夜から降り出し、翌日は一日中激しい雨だろうと予想されたから、その日を選んだ。
雨である『必要』は特に無かったので、長く待つことになるなら諦めることも考えていたけれど。こんなにも早くに訪れてくれたのは、緊張する時間が短くなったので幸いだ。
どうして雨なのかも、勿論みんなに問われた。大した理由ではない。私の魔法が洞窟から飛び火したとしても消火が楽だろうということと、激しい雨ならば、戦いの音が街に届きにくいと思ったから。ただでさえ大変怯えさせてしまっている。これくらいの気遣いはしたい。
「あたしらはどの位置で待機していたらいい?」
「洞窟の外であれば、大丈夫のはずですが……念の為、入り口からも少し離れて下さい」
飛び火しないと思うけど。念の為。
相談の末、入り口がしっかり視認できる位置、且つ、万が一魔法が飛んでも回避できるだけ充分に離れた位置に待機してもらうことになった。
「おそらくそう長くは掛かりません。でも万が一のこと……いえ、私が魔力切れで倒れる可能性もあるので、外に響くほどの大きな音が鳴って、十分が経過したら入って頂けますか?」
「五分」
私の提案に、即座にイルゼちゃんの訂正が入った。うーん。私は小さく唸って苦笑する。
「分かった。五分ね。それまでは危ないから、入ってこないでね」
「約束する。……約束するから、絶対に、死なないでよ」
イルゼちゃんの瞳が酷く揺れていた。私はちゃんと笑みを向けて、「うん」と答えた。
十分もあればちゃんと神の石を回収して自分の足で外に出られると思うけど。五分かぁ。もたもたして、確実にお迎えされそう。こんな時でも鈍臭くて格好が付かないだろう自分のことを想像して、ちょっと笑った。
「行ってきます」
思い思いに掛けてくれる声に丁寧に応え、私は一人、洞窟の中に向かって歩き出した。ちなみに今日も、中に魔物が居ないことは既にジェフさん達が確認済みである。光の魔族と戦う前に下らない不意打ちで倒れてしまったら笑い話にもならない。その辺りは抜かりない。私がではなく、当然、みんなが。
「一人で入ると、一層、広いなぁ」
最奥部の空間に、呑気な私の声が響く。声の通り呑気な気持ちになっているわけではない。こうして気を紛らわせていなければ怖くて逃げ出してしまいそうだからだ。
石板の少し手前で立ち止まり、一つ溜息。
緊張する。だけどあんまりモタモタしていたら、外のみんながヤキモキするだろうし、万が一でも様子を見に来てしまったら大惨事だ。また大きな息を吐いて、そして更に、石板から距離を取る。この位置に封じられている為、あまり近いと、即座に攻撃されたら私の反応速度では間に合わない。
配置に就いたら、再び、深呼吸をする。一回、入り口の方を振り返って誰も入ってきていないのを確認し、改めて石板に向き直った。
「――
石板が粉々に崩れ、神の石が地面に落ちる。同時に石板があった場所が光り始め、女性の形になる。光り輝く羽が広がり、それは嫌味なほどに、女神然とした姿だった。
「妾を解放したお前は……何者か。神の気配を感じるが、……いや、『穢れ』だな」
まさか『人』をそもそも『穢れ』という名詞に変えてしまうほど嫌悪しているとは。けれど私の中に勇者の光――神の力があることも、感じ取れるらしい。そのせいだろうか、明らかな嫌悪と敵意を私に向けながらも、すぐに攻撃をしようとはしなかった。
「あなたと、同じ源から生まれた神様から、分けて頂いた力です」
私の言葉に、魔族は一層、不愉快そうに表情を歪めた。外面は確かに、大神殿の女神様と少し似ているけれど。表情の醜悪さがそれを感じさせない。まるで、彼女自身が嫌悪しているはずの、醜い人間のようだ。
「貴様……『勇者』か」
この言葉に、私は驚いていた。魔族らが封印されたのは、魔王の封印が始まるより前のことであるはずだ。当時も魔王は存在していたのだろうけれど、封印を施すより前に勇者という役割が人の中にあったはずがない。
でも、すぐに理由に思い至った。
この魔族はきっと、六体の中、最後に封印されたんだ。魔族として堕ちる切っ掛けとして、『勇者』により魔王を封印する『計画』があったのではないだろうか。
神々が姿を失うほどの力を使い、『人』にこの世界の存続を託そうとしている。その計画を、この魔族は許せなかった。私を見つめる憎しみの目が物語っていた。この魔族にとって、忌み嫌う『人』という存在の中でも『勇者』は、輪をかけて憎いのだ。
「今更、妾を解放してどうしたい? まさか滅しようとは言うまいな? 勇者が妾に敵う道理はない。神の力では、妾に傷など付けられぬわ!」
洞窟中に響く大きな嘲りの笑い声。……声が大きな音と捉えられてみんなが中に入ってきたらどうしようかな。一瞬、気を逸らして恐怖を飲み込んだ。
「……私は勇者では、ありません」
笑い声に紛れて聞き取られないかと思うほど弱く小さな声になったが、魔族は怪訝に目を細め、直後、また不快と言わんばかりにそれを吊り上げる。
「穢れごときが、ふざけたことを。神の怒りを知れ!」
神の力を身体に宿しておいての否定は、謀ろうとしているとでも思ったのか。いや、もう、きっと理由なんて無い。この存在は偏に人が、勇者が、全てが憎いのだから。一帯が爆発するかと思うほど高まった光属性の魔力に、私はぐっと息を呑んだ。
* * *
魔法と魔法がぶつかり合った洞窟内は、魔力同士が反応したことによる蒸気に覆われていた。
その中を、ゆったりと歩く足がある。
十数歩ほど前に進んだそれが止まった場所には、身体の大半が消失し、原型を留めていない魔族が転がっていた。
「き、さま、が、勇者であった、などと、……穢れ、が、神の、力を宿す、など――」
魔族は血走った目で、自らを見下ろす少女を凝視し、呪いのような言葉を吐く。
その消滅直前の、微かに残った頭部に向かって、フィオナは木製の杖を振り下ろした。間もなく霧となって消えるところだった魔族の身体にはほとんど接触せず、それはただ、石の地面を叩く。強引に霧散させられた存在は、もう、何も語ることは無くなった。
しかし先程の状態の魔族が、何らかの脅威になる可能性はゼロだった。死ぬ直前だった火の魔族が最後に魔法を放ってきたのは、魔力を生成する器官がかろうじて生きていたからであり、今の状態とはまるで違う。そんなことをフィオナが知らぬはずもなく、そして、もしもそれを警戒していたのなら、そもそも近付きもしない。自らの意志で、自らの手で叩き付けたそれは。……何処までも彼女の、『感情』だった。
「……うるさいよ。私が一番、思ってる」
その声にも、瘴気を払うように杖を振った動作にも。彼女らしからぬ苛立ちが表れていた。
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