第86話

 ジェフさんとイルゼちゃんが戦闘時の服装について細かく話し合っていると、急ぎ足でグレンさんが戻ってきた。

「そんなに急いでどうした、グレン」

 水中の練習場の手配は大急ぎのことではないし、何か緊急事態が起きたのだろうか。ジェフさんとイルゼちゃんも会話を中断して振り返っていた。

「驚かせてしまって申し訳ございません、河の方は充分な深さがございましたので、安全確保の柵などを現在、一族の者に準備させております」

 万が一の場合に遠くへ流されたりしないように。そして救助しやすいように色々と設置して下さるそうだ。ありがたい。

「確認の際に、気付いたのですが。私はフィオナ様のお手を借りずとも、自ら水を避けられるかもしれません」

「え?」

 私達は当然、驚愕の顔になったけれど、何故かグレンさん自身も少し戸惑った顔をしていた。

「普段、私が戦闘時に風魔法を利用していることは、お話しましたよね」

「……あ! グレンさんは装甲アーマーとしても風を纏っているので、実際の水は勿論、敵の水魔法も退けられるだけの圧力でお使いですよね!?」

 思わず、大きな声を出してしまった。「すみません」と慌てて言って口元を押さえる。イルゼちゃんがちょっと笑って私の背を撫でた。グレンさんも私が興奮したせいで冷静になったのか、表情を緩めて頷いた。

「水を退ける意図で利用しているものではなかった為、まるで気付いていなかったのですが。河を目の前にした時、ふと、出来るのではないかと思い」

「試してみたのか?」

 アマンダさんが食い気味に聞いたら、グレンさんが頷く。とりあえず膝下くらいの浅い場所だけで試したらしいけれど、河に入っても水で足を取られる感覚は全く無く、服も靴も濡れなかったと言う。

「範囲を少し広げれば、少しの間、呼吸も維持できるでしょう。ただ、より長く戦うには、息継ぎが出来る場所が欲しいところです」

「では、それには私の魔法で、大きめの空間を幾つか用意する形が良さそうですね」

 続いて先程、グレンさんが不在の間に挙がった課題などを共有しつつ、メモを追加していく。考えなければならないことは多いけれど、グレンさんがもし私の補助なしで自由に動き回れるなら――手立ては幾つかあるかもしれない。

 複数の対応案がぶわっと私の頭の中を駆け巡り、それが落ち着いた頃。私は額を押さえて項垂れた。

「……フィオナ、どうしたの?」

 心配そうなイルゼちゃんの声に、私は言葉より先に唸り声を返す。

「また、みんなにばっかり頼ることに……」

 情けなくも、泣きそうな声になった。すると一拍置いてから。みんなが笑う気配がする。

「だから~、フィオナ。私達はもっと頼ってほしいんだよ?」

「何回もそう言っているだろうが。一体何を気に病む」

 みんなが心からそう言ってくれているのも分かっている。でもそれでいいって甘えてばかりいたら、前世と何も変わらない。

「これ以上、自分を嫌いになりたくありません……」

 部屋が静まり返った。

 ただの、子供の我儘だ。本当に優先すべきことは魔王の恒久の封印であり、勇者の解放であり、そして、犠牲の無い旅の終わりだ。こんなことは私だけの問題であって、みんなを巻き込むようなことじゃない。私が何にも出来ない私のままであることは、……これから先も自分で努力していかなきゃいけないことで。今、こんな状況で訴えて、押し付けていいわけがなかった。

「フィ……」

「ごめんなさい!」

 イルゼちゃんが私を慰めようとして、背中を撫でてくれたのと同時に勢いよく顔を上げた。

「今のは忘れて下さい。またみなさんに頼ることになってしまいますが、現状はこれが一番――」

「フィオナ」

 強いイルゼちゃんの声が私の言葉を留め、震えていた私の手を、大きな手が包み込む。

「私達が望むほど、フィオナは私達を頼ってくれてないよ。『みんなにばっかり』って言うけどさ。前回の戦いで私達が自由に動けたのは、下からの攻撃を百パーセント防いでくれるフィオナの魔法があったからなんだよ?」

「その通りです。あの魔法が無ければ我々は、戦いに挑むことすら出来なかったのですよ」

「あそこまでして『自分は何にもしてない』と本気で思ってたのか? お前は賢いのに変なところでバカだな」

 手の震えは少し大きくなってしまった。イルゼちゃんが気付いて、その震えを押さえるみたいに強く握ってくれる。

「俺らの役割も、取られちまったら敵わん。出来ることが欲しいのは全員同じ気持ちだろう。フィオナ、お前さんが、何もしなかったことなど一度も無い。俺らも、役割を取られんように必死になっとるところだぞ」

「全くだ」

 みんなの優しい言葉に何か返さなきゃと思うのに、声が出せなくて沈黙したら、少しだけ身体を屈めたイルゼちゃんが、真横でくすくすと笑う。

「最近少し甘えん坊になってくれたと思ったのに。泣きそうな時はちっとも甘えてこないね」

 そう言って、イルゼちゃんが私を抱き締める。この温かい腕の中に入れられてしまったら、一生懸命に堪えていたはずの涙が零れ落ちた。逃れようと思っても、イルゼちゃんは私を離してくれない。

 そのままの状態で、みんなは一つ一つ、私がやってきたことを挙げ始めた。

 火の魔族では、魔族を滅したのは私の最上級魔法だったこと。風の魔族でも、アマンダさんが風を読めるように風を光らせたのが私の案であり、戦闘後は傷付いたアマンダさんの腕を元通りに治癒したこと。闇の魔族では読みが外れてイルゼちゃんが操られたものの、それを止め、滅したのが私の魔法だったこと。そして地の魔族ではさっきの話通り、シールドが無かったらそもそも戦えなかったこと。

「も、もう、わかり、ました、もう大丈夫、です……」

 恥ずかしくなって私が震える声で訴えたら。みんなが大きな声で笑った。

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