第85話 水の封印を守る村 ローシェン
水の封印地の管理者さんが居る村はローシェンという名で、水よりも風属性を持っていそうな立地だった。村の裏手に深い地形の割れ目があって、底が見えない。対岸もかなり離れているので、橋が架けられているものの、あまり渡りたくはない。そもそもどうやって架けたんだろう……今回は関係ないから、まあいいか。
封印地は、その割れ目の中腹にあるのだそうだけど、流石に割れ目の方から入るのではなく、村の近くから入る道が別にあると言う。それが先日聞いた、地下に下る道だろう。
しかし割れ目側にも道があって、内側から入っても道を間違えたら割れ目に出てしまうそうだ。何故か私を名指しで「単独行動は絶対に禁止だ」と言い含められた。封印の洞窟でボーっとしてはぐれることは流石に無いと思うんだけどな……。この時はそう思ったけれど、夜にこっそり一人で出歩くことを言われているんだと後から気付いた。でもやっぱり、流石に一人で洞窟には入り込まないし、薄闇の中で割れ目に向かって散歩する気も毛頭ない。
「予想はしていたが。水ってのは厄介だねぇ」
管理者さんからお話を聞かせて頂いた後、私達は宿で一息を入れながら作戦会議を始める。水の魔族は、自分と周囲を無条件に水で沈めてしまうらしい。起点は魔族の身体で、宙に水の塊を出して留められる。つまり開けた場所でも密閉空間でも、相手の有利はあまり変わらない。
そうして対象と見なしたものを全て水に沈め、窒息させてから喰らうという習性があるそうだ。蜘蛛の糸のようなものか。魔族に食事そのものは必要ないけれど、魔力を得る為に別の生命を喰らうというのは普通の魔物にもある習性だった。周囲を燃やし尽くしていた火の魔族とはまるで違い、此処の魔族は魔力を食べる習性が強く残っているらしい。
しかし、神々は人と違って呼吸を必要としない。よって此処の魔族とは大変相性が良く、水に沈められることによる不利益など無いままで封印を施せたそうだ。つまり当時の封印方法は今回、全く参考にならない。
「呼吸も儘ならず、水に手足を取られれば魔族と戦うなど不可能でしょう。魔法の方は……水の中ではどの程度、通せるのでしょうか?」
「雷は発動した瞬間に全員が感電して死んじゃうからダメ。火は当然、水でほとんど掻き消される。つまり私の属性だと一切ダメ」
イルゼちゃんが両手を挙げた。姿勢も崩して、ソファでぐんにゃりしている。また剣が使えないかもしれない上、魔法も使えなかったら自分はまるで戦えないと思ったみたい。拗ねていて可愛い。
「影響をゼロにできる属性は、無い、と思います。水が光を屈折させるように、光属性の魔法も狙った通りには当てられなくなります。水流を起こされてしまえば、屈折の角度も予測できません……」
地の魔族のように岩を自在に操作できれば、多少の水抵抗だけで済んだかもしれないけれど、この中に地属性を持つ人は居ないので考えるだけ無駄だ。
「グレンさん、此方に向かう途中、少し遠くに見えた河ですが……どの程度の深さがあるか、ご存じでしょうか?」
「河……ですか?」
何も説明せずに唐突に話を変えてしまったせいで、みんなが困惑している。私、時々こうやって前置きをしないで喋ってしまう。慌てて言葉を続けた。
「そ、その、水で沈められた状態を、試してみないことには流石に、戦えないと思って、ええと……風魔法で空間を……」
しかし慌てたせいで話す順番もぐちゃぐちゃだ。改めてみんなを困惑させてしまい、恥ずかしくなって一度口を閉じた。手で額を押さえ、ゆっくりと深呼吸をする。
「すみません。説明し直しますね……風魔法で戦う空間を確保してはどうかと思ったのですが、実際にそのようなことが出来るかどうか、試せる場所が欲しいと思いまして」
「風魔法で……それはかなり魔力を要するものですね。私では難しそうですが、フィオナ様は、可能かもしれないと?」
私のぐだぐだな説明をみんな聞かなかったことにしてくれた。心の中で謝罪しつつ、私もこれ以上は触れず、話を進める。
「おそらく、です。まだ試してみないことには」
「分かりました。すぐに場所を確保いたしましょう。水の魔族は水流も生み出すと言っていましたから、人工的な池を作るよりは、河で試せるのが一番でしょうね。まずは一族の者と共に河の状態を確認して参ります」
「すみません、お願いします」
グレンさんは急ぎその作業に取り掛かって下さるらしく、早々に宿を出て行った。いつもこのような手配を全て担って頂けて大変助かっているけれど、楽をしているようで少し胸も痛む。見えなくなるまでグレンさんの背を見送った。
「その空間を確保したら、まず息は可能ってことか。限度はあるだろうが」
「はい、長時間になると、酸素が無くなります」
完全に密封した袋の中で暴れるようなものだ。最初の内は問題なくても、徐々に酸欠状態に陥ってしまう。
空気穴を作って水の外側まで通せれば少し緩和できるかもしれないものの、平時と同じ状態は難しい。また、水がどの程度の範囲に広げられてしまうかも不明だ。出来ないという前提で、短期決戦を狙わなければいけないと思う。
「その中だったら、私も剣が使える?」
きらきらの目でイルゼちゃんに見つめられてしまった。頷いてあげたいのだけど、難しくて私は小さく唸る。
「足場がちゃんと確保できるかは、まだ分からないよ。シールドと連携させれば間違いなく、前回みたいに動き回れる空間に出来そうだけど……もしかしたら私の負担が大き過ぎて、そこまでは出来ないかも」
ただの水の中に風の空間を作ることも、そんなに簡単なことじゃないけれど、今回のケースは敵の生み出した水魔法の中に強引に自分の魔法をねじ込むことになる。通常の五倍以上は、負荷があると考えていい。
私の説明に、全員が一瞬で険しい顔になって、少しテーブルに前のめりになった。みんな私よりずっと身体が大きいから。一斉にやられると迫力があって怖い。ちょっと仰け反った。
「こ、呼吸の確保が最優先ですが、次に、魔法と矢が通る穴を作りたいです。更に望むなら、自由に動き回って戦う余裕、ですね」
「そもそも、あんたが倒されると全員死なないかい?」
鋭すぎる指摘にぐっと詰まった。
元より私が死ねば再封印される仕組みではあるので、魔族による攻撃で即死した場合、同時に魔族も封印されて水も消える。それならみんなは助かるはず。だけど命がぎりぎり助かって昏倒だけさせられたら――私が窒息するまでの時間、みんなも同じく水に飲まれてしまう。その状態を魔族に襲われたらどの程度の抵抗が出来るかも分からない。全滅する可能性は大いに考えられる。
「それも、考えなきゃいけないですね……」
私は紙とペンを取り出して、分かっている範囲の課題を書き出していく。グレンさんとも後で、相談をしなくちゃ。
「むざむざあんたを殺させる気はないけどね、何かのきっかけで魔法が途切れた時、守りに走れないような状況になるのが不安なのさ」
アマンダさんが付け足してくれた言葉に、頷く。私が死にかけている時に自分だけは生き延びたいとか願う人達じゃないから、何を懸念しての言葉かはちゃんと分かっていた。万が一の時にはみんなだけでも生き残ってほしいと、私が勝手に願っているだけだ。
「地の魔族ん時もフィオナ起点の作戦ではあったが、水中となるとこうも恐ろしく思うもんなんだなぁ」
しみじみと感じ入るように呟いた後、ジェフさんはハッとした顔でイルゼちゃんの方を見た。
「そうだ、一時的であれ濡れてしまえば少し動きも取られるかもしれん。イルゼ、服が濡れてしまった状態でも動きが滞らんよう、服を濡らしての打ち合いもしておこう」
「それいいね。やろう」
「か、風邪だけは引かないでくださいね?」
二人は乗り気だし、確かに考えておかなければならないことではあるけれど。二人の身体が何よりも大事だ。慌てて声を掛けたら、アマンダさんが少し笑った。
「この暑い気候なら、まあ、多少は大丈夫だろ。……むしろ濡らすだけで涼しくなるなら、あたしは移動全部にそれを実行したいよ」
「確かにそうですね……」
仰る通りだ。この地域の暑さは、服を濡らす程度で身体を冷やしてはくれない。暑さを凌ぐ手段が無いことは残念だが、今回の話に限っては、幸い、だったのかな。
そうしてジェフさんとイルゼちゃんは早速今夜からその特殊な稽古を行う方向で、真剣に話を進めていた。
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