第84話
夕食の席で、ジェフさんとイルゼちゃんにもさっきの話を共有した。イルゼちゃんは躊躇なく頷いたものの、ジェフさんの方は少し眉を下げ、ちらりとアマンダさんを窺う。
「あんまり、行きたい場所ではねえなぁ……いや、反対するつもりはないんだが。あー、外で待ってるわけには……」
「バカ言うな。あいつは、ずっと一人であそこに居るんだぞ」
「う、うむ……」
今更、ハッとした。そうだ。大神殿の奥にはルードさんが居る。最後には必ず向かう場所ではあるけれど、まだ解放できないのに石像となった彼をただ見ることは、アマンダさん達の傷を抉ることになるだろう。
きっとジェフさんはご自身の気持ち以上にアマンダさんを心配していて、このように言うんだと思う。アマンダさんもそれを知った上で、ぞんざいに振舞った。その全部が『私』への気遣いだと分かってしまう。……思わずアマンダさんを見つめていたら、彼女は私の視線に気付いて苦笑した。
「本当に大丈夫だ、心配しないでいい。辛く思うだろうし、悲しくもなるだろう。ジェフは泣き出すかもしれないが。……誰よりも辛いのはきっとルードで、あたしらはそれを解放する為に動いてる。もう、救いの無い悲しみじゃないんだよ」
「……はい」
私がすぐに揺らぐから、その度にみんなに気を遣わせ、心配をさせてしまう。私は小さく頭を振ってから、顔を上げた。
「まずは、水の封印地のことに集中しましょう。大神殿のことは、それからです」
「フィオナの言う通りだ。ジェフも一旦は切り替えてくれ」
「すまんかった。ああ、俺が気弱になったらいかん!」
気合いを入れ直すようにジェフさんはご自身の太腿をバンと叩いた。音に驚いてちょっと跳ねる。予定調和のようにイルゼちゃんが笑いながら私の背を撫でてくれた。珍しく強がってみても音だけでこれなのだから、何処までも格好の付かない元勇者だ。
何にせよ本当にまずは、水の封印地を無事に乗り越えなきゃいけないから。今はとにかく水の封印地を一番に考えようという意見でまとまった。
そして三日後。出発の朝。
幸いにも前日に小雨が降ったこともあって、朝は普段よりずっと涼しかった。
「これなら初っ端から移動でへばることもなさそうだね。フィオナ、余計な荷物は持ってないね?」
「はい、前回ですっかり懲りたので、最低限だけです」
今回は本当に魔法書を隠し持つようなバカはしていない。水筒すら、私の分をイルゼちゃんがぶら下げてくれている。ちょっと甘えすぎかもしれないけれど……やっぱり、此処までしてもらっても最初に体力切れになるのが私なのだから、一歩でも先に進めるように甘えた方がご迷惑にならないのだ。
「フードもちゃんと被ってね」
「あんたもだろ、イルゼ。特にあんたは髪色が暗いんだ。熱を吸収するぞ」
「はいはい」
日差しを避ける為に、全員フードを被っている。薄布ではあるけれど、あると無いとではこの地域では本当に全然違った。普段は被らないものだから、イルゼちゃんはちょっと鬱陶しそう。滞在中に少し慣れてくれたと思ったのに。
「イルゼちゃんが外したら私も外しちゃおうかな」
「絶対にダメ。ちゃんと被るから止めて」
「ハッハッハ! フィオナに言われちまえば俺らはどうにもならんな!」
大きな声で笑ったジェフさんも、改めてフードを被り直している。横でアマンダさんとグレンさんも笑っていた。どんな状況にも弱くて最初に倒れるだろう私の脅しは効果
――そう思ってから三時間と少し。案の定、私はもうほとんど雑談は出来なくなっていた。それでも三時間も保ったのは、前の街に少し滞在したお陰だろう。しかし流石に、普通の気候の時と同じようにはいかない。
「しばらく日陰がございませんので、あの小さな岩場に一度、天幕を張って休みましょう。……フィオナ様、荷車にお乗りになりますか? フィオナ様お一人分くらいならば」
「い、いえ、大丈夫です、あの岩場ですね。頑張ります」
慌てて首を振る。私が静かになっていることは当然、全員が気付いているのだ。恥ずかしい。
「無理しないでね、フィオナ」
隣を歩くイルゼちゃんから掛かる心配そうな声に、何とか頷いて返す。イルゼちゃんはそのままグレンさんに、「いざとなったら私が背負うよ」とか相談していた。話す余裕が無いだけで今すぐ倒れるほどじゃないから。言いたいんだけど、やっぱり話す余裕は無くて黙々と足を前に進めた。
「影があるだけで全然違うねぇ。生き返るよ。ハァ~、いやしかし、これはフィオナじゃなくともしんどいよ。気付いてなかったかい、あたしも途中から喋る余裕が全く無かった」
天幕で少し落ち着いて、それぞれ水分補給をした後。明らかに疲れた声でアマンダさんが言った。
自分のことで精一杯でみんなの様子は全く目に入っていなかったけれど、確かに、アマンダさんの声をしばらく聞いていなかったかもしれない。普段は私以外の四人、特にアマンダさんとジェフさんがよくお話されているように思うのに。見上げればアマンダさんの顔も赤くなっていて、疲労が見えた。
「アマンダは木々の生い茂る山奥の出身ですから、このようにずっと太陽を浴び続ける環境は不慣れなのですよ。一方、山道などでは、当時の我々ですら置いて行かれたものですが」
「俺らが『ちょっと休もう』と言っても冷ややかな目でなぁ、『先を見てきてやるから待ってろ』ってなもんだ!」
「あたしがあんまり喋れない時に限ってよく口の回る男共だな……」
苦笑いで反論する声もやや力が無い。実際、街に滞在している間もアマンダさんは部屋の中ですら、太陽を避けるように窓から離れて過ごしていた。本当に、強い日差しは得意じゃなかったようだ。
「体力のあるアマンダですらこうなのですから、フィオナ様はもっとお辛いでしょう。ゆっくり参りましょう」
「はい、ありがとうございます」
私が気兼ねなく休めるようにという演技かとも一瞬思ったけれど――アマンダさん、本当に辛そう。少しでも疑ってしまったことは心の奥に仕舞って、私も回復に努めた。
ちなみに私は平原のど真ん中にある田舎出身なので、普段からもう少し外に出る生活をしてさえいれば太陽は浴び慣れていたと思う。此処ほど暑くはないにしても。
「フィオナ」
「うん?」
ぼんやりしていたら、イルゼちゃんが私の横にしゃがんだ。
「まだ水分補給が少ないけど、もう飲めない? 水が難しいなら、果物食べるとか」
「……食欲はちょっと、ないかな……もうちょっと飲む」
「うん」
街で一度私が軽い熱中症になって以来、イルゼちゃんは私が飲む水の量を気に掛けてくれている。私の身体の大きさならどれくらい飲まなきゃいけないとか、環境によってそれがどれくらい変わるとか、お医者さんにも色々確認してくれたみたい。……本来は自分でやらなきゃいけないんだけど。疲れてくると分からなくなっちゃうのもあって、イルゼちゃんが細かく把握してくれるのにまた甘えてしまっている。
言われた通り、追加で水を飲む。自分ではもう充分と思っていたのに飲んでみればもう少し欲しくなるのだから、自覚より少し足りていなかったようだ。
「管理者の居る村から、封印地の道のりも、結構きついもんなのかぁ?」
ジェフさんがグレンさんを振り返って言った。暑い暑いと言う割に一番元気そうなのがジェフさんである。だから多分、アマンダさんと私を心配して聞いてくれている。
「岩場を深く下り、地下とも言える場所にあるそうだ。この平野ほど日陰が無いということはないだろう。ただ、岩場は整備が行き届いていない」
つまり、日陰が多かったとしても岩場を下るという別の課題があるらしい。アマンダさんの溜息が聞こえた。この暑さでその足場の悪さは、確かにきつそうだ。また、平野の方が風が通って涼しい可能性もある。その岩場に少しでも風の通りがあるといいのだけど。私も小さく息を吐いた。
「道の整備までは出来ませんが、ロープの補強や追加は、我が一族の者が現在行っております。フィオナ様の安全は必ず確保いたしますので」
「えっ、あ、ええと、ありがとうございます」
またしても名指しで言われてしまった。その辺りの整備は全員の安全に関わることなのに。でも最近は、私だけを心配する発言でアマンダさんに呆れた顔をさせるのを楽しんでいるようにも見える。何だかんだ、仲良しだな……。
口にしたらアマンダさんが怒りそうだから、この先も絶対に言うことは無いけれど。
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