第78話
「――暑くなってきましたね」
グレンさんが言った。私は頷くことしか出来なかった。本当に、暑い。
「こんなに、気温が変わるもんなんだなぁ。フィオナとイルゼが居なかったら、俺はもう半裸になってる」
「オイ。あたしも含めろ」
掛け合いに思わず笑ってしまったが、声はあんまり出なかった。
「火山の暑さとはまた違うねー。フィオナ、大丈夫? お水飲む?」
「ちょっと、もらう」
「うん」
私が水筒を受け取ると、みんなも立ち止まってこのタイミングで水を飲み始めた。私が歩きながら水を飲むのが下手なせいで、絶対に全員で立ち止まってくれる。そのついでだろう。ありがたい。
今私達は、水の封印地を目指して移動をしているのだけど――。この世界でも特に、暑い地域に封印地があるらしい。少し前から今までとは全く違う暑さを感じていた。体力の減りも暑さのせいで異常に早い。
「あの岩場の向こう側に、街が見えるはずです。封印地まではまだ距離がありますが、まずこの地域の気候に慣れる為にも、長めに滞在しましょう」
グレンさんの提案に私は頷いた。封印地も同じ気候なら、辿り着く時にヘトヘトになっているだろう。少しでも慣らしておくことは重要だと同意した。
「フィオナ様には至急、気候に合った新しい衣服とローブもご用意いたしますので、街まで少し辛抱して下さいね」
「はい、その、えっと……」
何故この話で私の名前だけが上がったのか分からなくて、目を瞬きながらアマンダさん達を振り返る。案の定、アマンダさんも不満そうに目を細めていた。
「あたしらは?」
「……別に平気だろう」
「ぶん殴るぞ」
真っ当なお怒りだとは思いつつ、本当に拳を握り込む様子を見て私は慌てて止めた。しかし隣のジェフさんは、ご自身もこの『平気だろう』の評価内に入れられているにも拘らず、豪快に笑う。
「フィオナ以外はそんなに繊細じゃないからなぁ!」
「あたしは繊細だが?」
これってそんなに争わなきゃいけないことなのかな。全員、きちんと快適な服装にすればいいだけなのに。おろおろとしている私の横で、イルゼちゃんは何かを考える顔をして、私を見下ろす。視線に気付いて顔を上げたら、イルゼちゃんが軽く首を傾けた。
「繊細なのと平気なの、どっちがいいかなー」
どういう意味だろう。しばらく訳が分からなくて私も首を傾けた。もしかして、どっちの方が私からの心象が良いのか、もっと噛み砕いて言えば格好いいのかを聞いているのだろうか。
「え、えっと、正直なのが一番だよ?」
「そっかぁ」
「……むしろ誰よりも正直だなイルゼは」
心から呆れている様子のアマンダさんの声は、イルゼちゃんには届かなかった。または届いた上で、無視された。
「我慢は出来るけど、暑いものは暑いかな」
流石にイルゼちゃんの言葉までグレンさんが否定するはずもなく。すっと姿勢を正して「承知いたしました、新しい衣服をご用意いたします」と言った。
そこまでしろとは言わないけど、アマンダさんの主張もすんなり受け入れてあげたらいいのに。
ちなみに、街に到着すると結局、先程の押し問答は何だったのかと思うくらいあっさりとグレンさんは全員分の服を新調してくれた。……もしかして遊んでた?
「うーん、新しい服、似合ってて可愛いけど……ちょっと透けてるのが気になる」
「へ、変なところが透けてるわけじゃないよ」
この発言はイルゼちゃん自身の服ではなくて、私の服を見ながら言ったものだ。腕と腰の一部が薄い布なので微かに透けるが、隠すべきところが見えてしまっているわけじゃないのに、そんな風に言われたら変に恥ずかしくなる。
「ところでグレン、この羽織、無い方が涼しくない?」
イルゼちゃんは、それこそ全面が透けているような薄い羽織をグレンさんの方に向けた。今のイルゼちゃんは袖の無い服を着ていて、確かにそのままの方が涼しそうではある。
「室内、または日暮れ後はそれで宜しいかと思います。ただこの地域はかなり日差しが強いので、長時間、直接当たっていますと肌が傷むとのことです」
「傷む? 荒れるってこと?」
「いえ、軽い火傷のような状態です。範囲が広く状態が悪い場合は、発熱することも」
「フィオナ。絶対に外で肌を出したら駄目だからね」
「あっ、うん、いや、今はイルゼちゃんの話でもあるよ」
勢いよく私を振り返った彼女の頭の中からはもう自分の羽織の話は消えているようだ。確かに私も気を付けなきゃいけないことだけど、そもそも私に与えられた服に、そのように露出しているものは無い。みんなほど運動量も多くないから、今の状態で充分に涼しいし、その辺りも考慮されたんだと思う。
「とにかくイルゼもそれをちゃんと羽織れってことだよ、ほら」
「はぁい」
アマンダさんが促してくれたことで、ようやくイルゼちゃんがそれを羽織る。ちなみにアマンダさんの服も私と同じで腰辺りが透けているけれど、胸周りはむしろいつもより隠れている印象だ。いつも、惜しげも無く谷間を晒していらっしゃるから……大きいから窮屈なんだって主張は分かるものの、未だに目のやり場には困っている。
「全員、問題が無いようですね。ではこの街にしばらく滞在いたしましょう。実はこの街はリゾート地としても知られておりまして、陛下のご配慮でもあります。宿泊先も、陛下が手配して下さいました」
「なるほど。嫌な予感がする」
「不敬なことを言うな」
アマンダさんの言葉に即座にグレンさんが苦言を呈する。私もアマンダさんと同じ想いだとは、言えなかった。
しかし恐る恐る案内に従って進んでいたのに、目的地に到着した時、その不安と緊張は私の中から吹き飛んだ。
「わ、可愛い! 此処ですか?」
「はい。此方が宿になります」
豪邸が用意されていたらどうしようかと思っていた――いや、貸し切りと言われたら豪邸に違いないのだけど、白を基調にした木造の宿屋の中、最も大きな部屋を二つ借りて下さったらしい。部屋には大きな浴室と、キッチンも付いているそうだ。
中へと入れば、家具も全て白基調で統一されていた。本当に綺麗で愛らしい。王宮と違って一般宿であるせいか畏怖の気持ちが無く、私は嬉々として部屋の中を探検した。イルゼちゃんが笑いながら、一緒に付いてきてくれる。
「おー、タイルが可愛いね。こんなに鮮やかな色で着色されたタイル、初めて見た」
「この街の伝統工芸なのかな」
浴室の床と壁はタイル張りだった。此方も白基調ではありつつ、色とりどりに着色されたタイルが散りばめられている。こんな浴室でお風呂に入ったら、眺めるのが楽しくて上せてしまいそう。ただでさえ気温の高い地域だから、お風呂にも気を付けなくては。
「この街は、噴水が多いんですね」
「そのようです。海は離れている為、いずれも近くの河川や地下水によるものですが、暑さを凌ぐ意図でしょうね」
窓から見下ろした先、街のあちこちに噴水広場が見えた。見た目でも楽しませるつもりがあるのか、噴水の周囲には色んなオブジェが飾られている。
「リゾート地としては、何が売りなんだ?」
「街並みの美しさもあるようだが、果物と酒、豊かな川の幸を使った食事、それから伝統工芸品だ」
この特殊に暑い地域だからこそ育つ果物が沢山あるらしく、魚も同じだという。そして、さっき話題に挙がったタイルを含め、この街には他の地域には見られない独特の工芸品が多く存在するらしい。着色された石を使ったアクセサリーとか、織物とか、陶器なども。
「飾りもんに興味はないが。酒と旨い飯は楽しみだな。あたしものんびりさせてもらおうかね。……王都滞在時は、随分と働かされたからな」
ちくりと嫌味を言うアマンダさんだったけれど、グレンさんは素知らぬ顔をしていた。でも、仰る通りだと思う。同じ場所に長く滞在してもゆっくりと休めたことは、私以外は一度も無い気がするから。
「フィオナ、今日はもう此処で休んで、明日ゆっくり街を見に行こうよ」
「うん」
気持ちとしては今すぐにでも街を見て回りたいけれど。私の体力は、それを許してくれないだろう。逸る気持ちを抑え、部屋に留まることにした。
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