第75話 地の封印地
「グレンさん、設定完了です。確認お願いします。最後にアマンダさん、此方に」
いよいよ地の封印地に決戦へと訪れた私達は、まずシールドの設定をしていた。設定は個人個人に対して行わないといけないので、まとめて一気には出来ない。もうイルゼちゃんとジェフさんは設定を終えて飛び跳ねてテストして下さっている……ちょっと遊んでるようにも見えなくはないけれど、問題は無さそう。グレンさんもテストを始め、「問題ありません」とすぐに報告してくれた。ちなみにイルゼちゃんとジェフさんからはまだ何も言われていない。報告を忘れているのだと思う。
「アマンダさんも終わりです」
「ああ、確認するよ」
彼女の言葉に頷いて、私は傍を離れる。自分のシールドの設定が一番楽だ。何故なら追尾を付けないから。万が一転んだ時に備えて付けるべきという意見もあったのだけど、「こうします」と言って自分を包むお椀型のシールドを見せたら「あー」と声を揃えられた。これなら、どんなに間抜けに転んでもシールドからは出ようが無い。
私以外のみんなのシールドはフラットな形状だ。けれど範囲は当初よりも広げて、大体、腕を伸ばした範囲くらいまでは常に防ぐことにした。その範囲外からなら攻撃されても反応できるとみんなが言うので。私はどの距離からでも無理だろうと思った為、しっかりと籠らせて頂くことにする。ただ、念の為、肩の高さから上は開けた。もしかしたら魔法援護も必要になる可能性があるから。
「互いのシールドの接近と
「はい、ご確認ありがとうございます」
練習中にもう一つ調整した機能。互いのシールドがぶつかって変な挙動をしないように考慮を加えた。それぞれのシールドが接近した場合、一つの大きなシールドとなり、充分に離れたらまた同じ形に戻るように。機能は増えてしまったものの、大きな負担ではない。みんながいつも通りに動き回れるようにする方が大事だ。
勿論、この機能は私のお椀型も同じ。みんなが脇から私のシールドにぶつかって怪我をするなんて、冗談じゃない。みんなが接近しているなら私のお椀が開いていてもフォローしてもらえるはずなので、その場合はフラットなシールドに変わって他のみんなのものと合体する仕組みにしてある。
「みなさん、準備の方は大丈夫でしょうか?」
自分の分のシールドもしっかりと発動し、顔を上げる。みんなが私に向かって頷いてくれた。
今回は妙な不安があった。自分が防御に徹するせいか、少し王都でお休みしていた時間が長かったからか。だけど頼もしい仲間が居てくれるから、きっと乗り切れるはず――と自らに言い聞かせ、微かに震える手をぎゅっと握り込んだ。
「封印の解除を行います!」
緊張で吐きそうになっているのは多分、私だけで。封印の石板が崩れる様を、みんなは背筋を伸ばして堂々を見守っていた。
神の石がポトンと地面に落ちる音が響くと同時に、聞いたことも無い不気味な雄叫びが洞窟内に響き渡った。咄嗟に身体が竦む。しかし一拍後、呑気なイルゼちゃんの声が続いた。
「ああ、今の痛かったんだ。私のシールド殴ったみたい」
雄叫びは威嚇などでは全くなくて、……魔族の悲鳴、だったらしい。
そっか、私のシールドは防御壁とは言いつつもしっかりと攻撃魔法だから。強力な風の攻撃属性を持つ壁を殴ってしまって、魔族の弱点属性であることも相まってかなり効いているらしい。
「よっと。こりゃいいね。あたしが攻撃しなくてもシールドぶつけてやる方が効くじゃないか」
アマンダさんは弓の構えを崩し、シールド外から攻撃しようとしていた魔族に逆に身体を寄せてシールドを被せていた。確かに、攻撃魔法の代わりにもなるんだろう。再び雄叫びが洞窟に響く。
魔族がシールドにぶつかって悲鳴を上げるほどに、私は妙に居た堪れない。でも他のみんなは口元が笑っていた。ただそれも、長くは続かない。こちらもシールド以外では相手を傷付けられていないから。
「すばしっこい奴だな、くそ!」
「あーもう! 斬らせろ!」
「ハハハ! そう言って斬らせてくれたら楽だろうなぁ!」
それでも何処かちょっと楽しそうではある。ジェフさんは毎回大きな声で笑っていた。
しかし決定打が無い。回数を重ねてようやく魔族はシールドを避けるように攻撃をしてきているものの、イルゼちゃん達が剣を向けるとすぐに方向転換をして地面に潜る。捕まえられないまま、モグラ叩きが続いていた。勿論、私の方にも何度か攻撃は来ている。ただ、私だけ防御範囲が広い。色んな角度からぶつかっては、絶叫していた。
どうやらこの魔族、目が良くない。私達の位置は分かっているのに、シールドの範囲が見えていないようだ。魔力探知も出来ていないのだろうから、聴覚か嗅覚。または温度探知か何かを元に照準を合わせている。シールドを何度も受けることで凡その範囲を理解しつつも、私のものだけその形状と範囲が違うことを幾度となく見誤り、無用な自傷行為を繰り返していた。
「まーたフィオナのとこ行ったよ、このバカ」
私のシールドの脇にぶつかって叫ぶ魔族に、イルゼちゃん達は楽しそうに笑う。でもいい加減、学習して私を避けてほしい。ぶつかられても大丈夫と知りながら、私はその音に毎回怯えていた。自分の防御魔法を信じてはいるけれど、これは反射的な恐怖なのでどうしようもない。私はずっと身体を縮めて震えている。
「くそ、面白いが、こっちも狙いようがない。いちいちあたしの矢が蒸発する」
「フィオナを魔法で狙うのはどうしても躊躇しちゃって、外しちゃうなぁ」
私のシールドの側面にぶつかる魔物を、みんな思い思いに狙ってくれている。しかしシールドにぶつかった矢は必ず蒸発し、イルゼちゃんも雷魔法で素早く狙ってくれるものの、その奥に私の姿があると狙いにくいのか、一歩遅い。
長期戦になるほど相手が有利だ。魔力も体力も、おそらくは此方が先に切れてしまうだろう。シールドも、出来るだけ効率を重視して消費を抑えた魔法ではあるのだけど……魔族が何度もぶつかれば少しは削られ、その度に私が魔力を補充している。あまり長く続くと、破られることも無いわけじゃない。私が少し、嫌な焦りを感じた時だった。
音は、頭上から聞こえた。
「え?」
私にしては反応が早かったと思う。見上げた先、遠い天井からそれは迫っていた。ずるりと触手のように伸びる岩。
「――オマエ、ノ、マホウ」
雄叫び以外の声を初めて聴いた。酷く冷たく、生気を吸うような音に思った。迫る命の危機がそう感じさせたのかもしれない。私だけが違う形でシールドに覆われ、一歩も動いていなかったからだろうか。シールドを張っているのが私だと、魔族は気が付いた。地中から繰り返されていた攻撃が、この時だけ、私を狙って真上から伸びてくる。喉が震えるが、声が出ない。頭上だけ無防備に開かれていたシールドを、咄嗟に上へ広げることも出来なかった。
「だろうな」
不意に柔らかな声が、微かに笑っている色を含んで入り込む。アマンダさんの声だった。
「ああ、絶対に!」
「そう来るだろうと思っていた」
続いてジェフさんとグレンさんが重なるように言った。彼らの影が突然、私の視界に入り込む。魔族は彼らの接近に反応して天井へと戻ろうとしていた。しかしその一瞬の隙でジェフさんが大きな布を投げ、アマンダさんが矢でそれを天井に縫い止めたら、魔族は岩と同化できず布にぶつかる形で留まった。
後から聞いたのだけど、どうやら魔族は異物があると地面と同化できなかったらしい。アマンダさんの落とした矢を避けての出現と同化であったことを、彼らは慎重に見極めていたようだ。逃げ場を失った魔族が、ジェフさんとグレンさんからの連撃を受けて悲惨な声を漏らしている。
「イルゼ!!」
「うん」
ジェフさんは大きな声でイルゼちゃんを呼ぶと、魔族を彼女に向かって叩き落とす。
「お膳立てありがとう。これで終わり」
のんびりとした口調で呟く声が私の耳に届いた次の瞬間には、もう魔族はバラバラに切り刻まれていた。剣の動き始めしか、私には見えなかった。
「……お前にはちょっと、こいつは物足りなかったかな?」
消滅する魔族に目もくれず、イルゼちゃんは黒い剣を見下ろして苦笑する。岩を纏った魔族をお豆腐みたいに切り刻んでおいてそんな……と思ったけど、格好良かったから何だかどうでもよくなった。あと、一瞬前まで自分が殺されそうになっていたという恐怖からも解放され、私はへなへなとその場に座り込む。
「フィオナ様、大丈夫ですか」
「はい、すみません……力が抜けました」
私の言葉にジェフさんとアマンダさんは笑っている。この人達、戦いの間ほとんど笑ってたなぁ。とりあえず、ホッとするついでに全員のシールドを解除した。私は座ったままで解除した為、ぽす、と冷たい地面にそのまま落ちる。立てばよかったんだけど、まだ力が入らない。
「ごめんね、フィオナ」
いつの間にか私の傍に来ていたイルゼちゃんは眉を下げてそう言うと、私を引き寄せるようにして、立ち上がらせてくれた。抱いてくれているから、倒れそうな気配はない。
「怖がると思って、知らせなかったんだ」
「あ……」
その言葉だけで分かった。私以外のみんなは、長引けば必ず魔族が天井から私を狙うことを、最初から予想していたんだって。そして天井の高いこの空洞の中、天井から狙ってくれればそれが一番の隙になるはずだって。
「闇の魔族の場合と違い、実体がございます。我々が全力でそれを阻止しようとすれば、守り切る自信がございました」
「大体、俺の身体で覆っちまえば髪の毛一本も外には出ん!」
豪快にジェフさんが笑う。実際、最初に魔族と目が合った瞬間以外は、ジェフさんの身体でまるで魔族の様子は見えなかった。あのまま魔族が逃げずに捨て身で攻撃を繰り出していても、私に届くことはなかっただろう。イルゼちゃんも微笑みながら頷く。
みんなは呑気に談笑しながら戦っているように見せかけても、全神経を集中して、私が狙われた瞬間に備えていたんだ。何も知らず、ただビクビクしていた自分がやっぱりちょっと恥ずかしい。けれど、同時に。
「……みなさん本当に、格好良かったです」
私の言葉に、みんないつになく嬉しそうに笑みで応えてくれた。これで今回も無事、誰が欠けることも無く四つ目の神の石を手に入れることが出来た。
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