第74話

 地面からの攻撃だから、シールドを下向きにして、みんなが上に乗る状態。真下からの攻撃は防げるけど、シールドを避けて斜めから入られたら難しい。でも斜めになればその分、地中から出ている時間・距離が長くなるんだから反撃もし易くなるはず。つまり、完全にシールドで守り尽くしてしまうより、反応可能な範囲でシールドは開けておくべきだ。勿論、私以外。

「ちょっと、イルゼちゃん……」

「うん」

 私が目を開けた瞬間、既に全員が私を見ていてぎょっとした。急に目を閉じて黙っていたのだから当然なのだけど、この時は思考に気を取られていたから他のみんなが同じく沈黙していることにも気付いておらず、咄嗟に言葉に詰まる。けれど再びイルゼちゃんが「フィオナ、なに?」と柔らかく促してくれたから、何とか頷きを返し、続きを口にした。

「シールドを此処に出すから、上に乗ってほしい」

「いいよ」

 示した通りの場所にシールドを出したら、イルゼちゃんは躊躇なく上に飛び乗った。このシールドの前面は矢を蒸発させることも知っているのに、「裏面は大丈夫」と言った私に対する全幅の信頼が、嬉しい。

「少しそのまま、待ってね」

「うん」

「此処の……多分、脚を……ううん」

 私は唇だけでぶつぶつと独り言を零しながらイルゼちゃんの周囲に多くの魔法陣を展開させた。イルゼちゃんはそれでも少しも怯えずに、ニコニコしながら私を見つめる。

「これで大丈夫、の、はず」

 新しい情報をシールドに付与して、展開していた魔法陣を消す。

「イルゼちゃん、こっちに向かって真っ直ぐ歩いてみて。シールドが、はずだから」

「おー! 了解!」

 私の言葉にイルゼちゃんは目をきらきらさせて、また躊躇なく足を踏み出す。形状を変えたシールドが、移動した足の下にシュッと入り込み、イルゼちゃんの足は床に落ちなかった。

「わっ、とと。よっと……うん、ちょっとコツは要るけど、歩けるね!」

 最初だけはふら付いていたものの、四歩を越えた辺りでイルゼちゃんは普通に歩き始めた。グレンさん達も、「おお」と感嘆の声を漏らしている。

「フィオナ、これ、大きく跳んでも大丈夫!?」

「うん。全身を追尾させてるつもりだから、身体や手で受け身を取るのも試してみてほしい」

「任せて!」

 何だかイルゼちゃんが楽しそう。大きくジャンプしては着地し、室内で飛び跳ねている。私がお願いした通り、手を付く、またはごろんと寝転がるような受け身も取ってくれた。どれも遅れなくシールドが追尾していて、イルゼちゃんは一度も床に落ちていない。

「これは、フィオナがやってるわけじゃないのかい?」

「私が手動でやると付いていけませんから……自動追尾です」

 鈍臭い私が、素早いイルゼちゃんに合わせて魔法を動かす器用さを持っているはずもない。やろうとも思わない。きっとイルゼちゃんに怪我をさせてしまうから。

「本来の床よりも少し上に床がある感じ。慣れれば全然フツーに動き回れるよ」

 事も無げにイルゼちゃんはそう言うけれど、見た目通りの場所に床が無いって、私は一歩で転ぶと思う。それを人にさせるなと言われれば謝るしかなかったが、誰も何も言わなかった。

「ところでフィオナ様……これを、五枚、敷くつもりなのですか?」

 不意にグレンさんが、恐る恐る問い掛けてきた。全員がハッとして私を振り返る。

「そういうことになりますが、大丈夫です。シールドは魔力量で増やしたり、大きくしたり、形を変えたり出来るようには、元々作っているので」

 詠唱が必要な上級以上のものになると、枝を分けるような応用は不可能になる。だけどこのシールドは詠唱不要の中級魔法。そもそも一枚しか出せないとなると、咄嗟の時に複数の仲間を守ることが出来ないということになる。それでは私の望みにそぐわない。

 ただ、グレンさんは「そうですか……」と相槌を打ちながらもあんまり納得した顔じゃなかった。どうしてかアマンダさんが彼の背を、慰めるように数回叩いている。気にはなったものの、追加の質問が無かったのでそのまま説明を続ける。

 追尾は一人ずつに設定が必要になり、咄嗟には作れない。今回のケースでは封印を解除しなければ戦闘が開始されない為、ゆっくり準備できるけれど、普段使いではそんな便利なことは出来ないので、期待しないでほしいと補足した。みんなはどうしてか苦笑しながら、「シールドだけで充分すごい魔法だ」って言ってくれた。優しい人達ばかりだ。ちょっと恥ずかしくて一度きゅっと目を瞑る。

「しばらく、あたしらもこのシールドの上で動き回る練習が必要だね」

「フィオナ様、場所を手配いたしますので、お願いできますか?」

「勿論です、全員が慣れるまで、ゆっくり練習しましょう」

 現在、私達は宿の一室に居る。イルゼちゃんは器用に飛び回っていたものの、本来はこのように暴れるべき場所じゃない。そもそもお願いしてしまったのは私だ。ちょっと反省した。グレンさんが場所を用意して下さるまで少し待機の時間となり、その間、私は自動追尾について資料をまとめる。今は突貫で機能を付けたけれど、もっと効率よくシンプルに付ける方法もあるかもしれない。

 素早く手配を終えたグレンさんが戻る前には流石に、改善できなかったが。みんなが練習を終える頃には、私も最高の状態に整えたい。

 なお、私は特に練習する気は無い。まずこの動くシールドに慣れる為に私だけは数年が掛かりそうだから。加えて、私の攻撃魔法ではどうしても誰かが巻き添えになるので、使えないとなると……本当に申し訳ないのだけど、私は次の戦いでは、防御に徹することとなった。

 ……この旅を一人でも決行しようだなんて、よく思ったものだ。思い出す度に恥ずかしくてならない。

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