第72話
「ずっと何かが上手くいかないって悩んでたよね。何だっけ、内側の攻撃性?」
「うん」
イルゼちゃんはそう問い掛けながら、さっきアマンダさんにぐしゃぐしゃにされた私の髪を丁寧に直してくれていた。私はその作業を邪魔しないようにゆっくりと頷く。
ずっと悩んでいたのは、イルゼちゃんの言う通り、シールドの内側の攻撃性だった。それを弱めると必ず表面の攻撃性も落ちて、敵の攻撃を上手く防げなくなる。だけど内側が危険なのもまた『防御』の意味が無く、その調整で、ずっと悩んでいた。
「解決したのか」
「はい。というか、私が『一つの魔法』に拘り過ぎていたというか……」
説明をしようと思ったけど、多分、口頭で長々と喋るよりは、見てもらった方が早い。私はいそいそと立ち上がり、ソファから離れる。そして側面からシールドが見える形で、魔法を起動した。
「なるほど! 二重のシールドにしたのですね!」
グレンさんが普段より少し大きめの声を出した。魔法の開発、好きみたい。すぐに咳払いして、「失礼」と言っていたけど。はしゃいだように見えて愛らしく思った。
「同じ風の中で真逆の要素を持たせるのはどうしても無理があったので、全く攻撃性のないシールドを内側に『添わせる』形としました」
「いや……それは、二列じゃないのか?」
アマンダさんの指摘が鋭い。グレンさんがハッとした顔で私を凝視する。心配そうな顔をされてしまった。治癒術の並列起動など、無茶ばかりで何度も倒れているせいだ。だけど私ははっきりと首を横に振る。
「並列に近い構造はしていますが、二列ほどではありません。一列と……追加で、もう五分の一くらいでしょうか。これは解釈の問題で」
やや難しい話になるので、どれだけみんなが退屈せず聞いてくれるだろうかと不安に思いながら説明を続ける。
「例えばですが、私がよく使う
「……確かにそうだな」
みんなは揃って宙を見つめる。私やイルゼちゃんの魔法を思い出しているみたい。ちなみにもうイルゼちゃんだけは、お茶に手を伸ばしていた。考える顔をしていないってことは、もう飽きちゃったかな。
「木の幹から枝を伸ばすようなもので、発動後に魔力を分けるように動作させると、『一つの魔力』であると解釈されます。勿論、あまりにも多くの分岐を作ると並列くらいの負担になりますが」
一般的な魔術師であれば、あの魔法も三つ程度に抑える。私は欲張って十まで増やすことがあるけれど、その際は三割くらいが狙いから少し外れてしまう。素早さを重視しているからでもあるが、やっぱり複数の同時制御は精神的に結構つらい。
「このシールドも似たようなもので、一つの魔力を分岐させて二枚のシールドにして、ほんのちょっと別の魔力を足して、片方に違う属性を持たせています」
「だから完全な二倍の負担は無いが、等倍でもない、か。なるほど」
「大変、勉強になります……そうやって構成していくのですね……」
アマンダさんは感心した様子で頷いていた。ちゃんと理解もされているみたい。ジェフさんは「ほー」と言うものの、「難しいんだな、魔法って」って顔だった。尚グレンさんはご自身の魔法書を素早く捲り出した。何か行き詰まっていたところが、今の話で進んだのかもしれない。
「とにかく、それで、この魔法を試す相手としては、地属性の魔族は丁度いいかと思っています。勿論、情報を得て、使えるかどうかは考えますが」
ソファに座り直し、話を元に戻す。グレンさんはハッとした様子で魔法書を閉じていた。偉いなぁ。私は魔法書を一度開くと、多くの場合なかなか手放せない。
「まあ毎回同じことだな。とりあえず行ってみて、駄目そうなら別の魔族を優先しよう」
結局そうして、私の意見の通りに行き先が決まった。まあいいか。アマンダさんの言う通り、難しそうなら水の方に変えても構わないんだから。
地の封印地に向かう経路もこれからグレンさんが一族の方と相談して決めて下さるというので、申し訳ない思いもありつつお願いし、私達は二日間の休息に徹することにした。
そして二日後。
侍女さん達が寂しそうに見送って下さる姿にしんみりするのも束の間。王宮を出る最後の門では恐れ多くも王様が直々の見送りの為に待って下さっていた。心の準備が出来ていなかったのでご挨拶に噛み過ぎたことだけ、何とか、記憶から消して頂きたい。恥ずかしい。
「うーん、何か久しぶりな感じ~」
「ふふ」
広い空を見上げながら、みんなで平原を進む。私とイルゼちゃんは特に王宮内で過ごす時間が長かったので、こうして街の外を歩くのは、西の森に出た日以来だ。
「相棒も思いっきり振れるからね、楽しみ」
「頼むから俺との手合わせでは、予備の方を使ってくれよ!」
「ははは、了解」
ジェフさんはそう言いながらも、嬉しそうだ。彼も手伝っていたのだから、彼にとっても自慢の作品なんだと思う。しかも鞘と柄は完全にジェフさん作だと聞いて、私は絶賛した。デザインが美しくて本当に大好きなのだ。ジェフさんは照れ臭そうに笑っていた。
「そういえば、光の方ってどうなんだろ。十日じゃ何も動いてない?」
不意に、イルゼちゃんがグレンさんに向かって尋ねる。私も気にはなっていたものの、何か進展があれば教えて下さるだろうから、あまり此方からは突かないようにと思っていたのだけど。しかし軽く此方を振り向いたグレンさんは、心苦しそうな顔はしていなかった。
「いえ、昨日、国王陛下の指示の下、調査団が例の街に向かって王都を出たそうです。街の長にも、陛下から既に一報を送ったとのことで。それ以外のことは、まだ何も分かりませんが」
だけど既に動いて下さっているということは間違いない。『調査団』という形での使者も、街の方々を委縮させないように、という意図を感じた。兵団だとどうしたって、怖がらせてしまいそうだから。
「フィオナ様が手荒なことは望んでいないと、陛下にもお伝えしています。滅多なことはございません」
「……ありがとうございます」
そもそもお優しい陛下だから、あまり心配していないけれど。切羽詰まったら、世界の為に――と行動してしまう可能性もあっただろう。私の気持ちもグレンさんが伝えて下さっているなら、もしそちらへ舵を切ることを考えたとしても相談を……せめてグレンさんには相談をして頂けると、信じている。
「何にせよ、残りの魔族はあと三体か。こいつが使える相手がいいなぁ……」
イルゼちゃんは空を仰ぐと、そう言って腰に携えている剣をかちゃかちゃと鳴らした。みんなが苦笑して彼女を見つめる。確かにまだ、剣によって戦える相手が出てきていない。魔王とは間違いなく剣での戦いがあるとは思うけど、他の魔族はどうだろう。何とも答えてあげられなくて、私は黙って、イルゼちゃんの背を撫でることしか出来なかった。
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