第71話
剣を依頼してからぴったり十日で、完成の連絡が入った。イルゼちゃんすらまだ一度も見ていないとのことで、私もうきうきしながら受け取りに同行した。無駄に私が楽しみにしていること、共に武器屋へ向かうグレンさんとアマンダさんも薄々気付いていると思う。幸い、何も言わないでくれていた。
「おう。来たな。裏に来い。俺の最高傑作を振るわせてやる」
イルゼちゃんを見たジンさんは、嬉しそうにそう言った。私のわくわくが、膨れ上がる。移動しながらもちょっとそわそわしていたら、イルゼちゃんが宥めるみたいに私の背を撫でて苦笑した。ごめんなさい、イルゼちゃんの剣だよね。浮かれ過ぎだ。
「資金は潤沢に受け取ったからな。最高の素材を使わせてもらった」
そう言って差し出された剣は、真っ白な鞘に納められていた。ところどころに金の装飾が入っていて、清らかでありながら高貴な雰囲気がある。既に格好良くて声が漏れそうだった。そっと口元に手を当てると、気付いたアマンダさんが横で笑う。我慢してるんだからまだ笑わないでほしい。
「うん、いい重さ。理想通り」
鞘に納められたままの剣を手に、イルゼちゃんはそう言って笑う。そしてゆっくりと、剣を鞘から引き抜いた。刀身が目に入った瞬間、私はもう全く我慢などできなくて、「わあ」と声を上げた。だけどみんなも思い思いに声を出していたので、あんまり目立たなかった。
その刃は、真っ黒だった。いや、光の加減で暗い赤にも見える。白の鞘から現れるその対照的な姿があまりに美しく、見蕩れていた。
「こいつには『龍の血』と呼ばれる、希少な鉱石を使っている。俺の知る中で最も硬く、最強の鉱石だ。扱いは難しいがな」
聞いたことも無い鉱石だった。実際は龍の血が凝固したものなどではなくて自然の石だそうだけど、その色と、あまりの硬さから誰かがそう呼び、定着したと言われているらしい。
「振って良い?」
「勿論だ。その辺に立ってるもん、好きに斬れ」
この庭には、既に幾つもの巻き藁が立っていた。初めからイルゼちゃんに試し斬りをさせる為に用意していたんだと思う。みんなが離れると、イルゼちゃんは待ち詫びたように勢いよく、四本の巻き藁を切り裂いた。
「こいつ……!」
剣を両手で正面に持ち直し、イルゼちゃんはそう叫んだ。口元は笑っていて、悪態のような言葉なのに声は歓喜だった。
「他のと『同じ』剣だとは、言わせんぞ」
「うん、ぜんっぜん違う! 本当にすごい剣って、こういうやつなんだ!!」
イルゼちゃんはジンさんを振り返って、大はしゃぎする子供みたいな声でそう言った。ジンさんが、その言葉に満足そうに笑っている。
「今、私こいつに斬らせてもらった。本当に、すごい」
こんなに興奮しているイルゼちゃんって、滅多に見られるものじゃない。いつの間にか、私は格好いい剣よりもイルゼちゃんのきらきらした表情から、目が離せなくなっていた。
「ちゃんとこいつと相棒になれるくらい、私、もっと強くなるよ。……ジン、本当にありがとう」
「はっはっは!! お前さんほどの剣士からそう言われりゃ、充分に報われた気持ちだ!」
ジンさんの笑い声が思いの外、大きくて、また私はちょっと跳ねてしまったけど。二人が満面の笑みで握手をしていて、何だか私まで嬉しくなる。
「師匠には予備の剣も、かなり良いもんを見繕ってもらった。流石にこの剣が折れるこたぁ無いだろうが、念の為な」
「いつのまに師匠って呼んでんだい、あんたは」
アマンダさんの指摘は本題から逸れるのだけど、ジェフさんは不快な顔など少しもしないで照れ臭そうに笑い、「他に思い付かんかっただけだ」と言った。
「多大なご支援、心から感謝申し上げます」
他の剣も受け取って、きっちりと代金を支払ったグレンさんはそう言うと、深く頭を下げる。ジンさんは最初の気難しそうな印象を少しも見せず、私達に向けてニカッと笑った。
「いやいや。面白い仕事だった。何かあればまた来い」
「この旅が終わったら一度会いに来るよ。きっとこの剣にいっぱい助けられるからね」
「ああ。冒険譚を、楽しみにしている」
この旅が終わったら、うん、お世話になった人達にお礼を言って回りながら、故郷に帰ることになると思う。その時にはきっと私の腰にある勇者の短剣は無いけれど、イルゼちゃんの手にはその美しい剣が残り続ける。ちょっとだけ、それを羨ましいと思った。流石に魔法の媒体にするだけの短剣を、ジンさんの作品にするのは贅沢すぎるけどね。
「――さて。王都に滞在する用事はこれで、終わったわけだが」
全員で私達の部屋に集合して、今後のことを話すことになった。ジェフさんは久しぶりに戻った王宮なのに、ちょっと可哀相に思う。
「グレンに押し付けられた調査は、あたしの方はもう終わってるが。グレンとフィオナは?」
「そう、ですね。調べようと思えば、幾らでも掘り下げられますが……やっぱりこの旅の目的とは異なりますので、切り上げてしまう方が良いと思います」
正直、待ち時間だから好奇心に傾いて調べていただけであって、この旅を中断させたいとは少しも思っていない。この旅を終えて、それでもまだ許されるなら調べてみたい。けど……その時、勇者の力や加護が、この世界に今のように残るかは全く不明だ。だけど消え去ってしまうものなら、尚のこともう調べる必要は無い。
私の言葉に、グレンさんは少し寂しそうに微笑んだ。
「この旅が完遂されれば、我が一族も役目を終えます。その時、まだ勇者の力が世界に残るのであれば……興味のある者を募り、調査を続ける形としましょう」
一族の方々は、勇者を導く為だけにずっと、色んなものを語り継いできた。消えてなくなることを『寂しい』等と言うにはあまりにも残酷な役目であり、残酷な使命だ。けれど同じだけ、積み重ねたものを失くすことを『嬉しい』とも、簡単には言えないだろう。
少しの沈黙が落ちた後、グレンさんがその空気を振り払うように頭を振って、調査の切り上げを王様にも伝えると言った。王様にも重要なのは恒久の封印の方であると、ご理解して頂けるはずだ。
ただし出発の為の準備は必要だし、ずっと鍛冶作業をしていたジェフさんの休息も必要ということで。王都を出るのは二日後に決定した。
「次はどうする? フィオナは何処に行きたい」
「また私が決めるんですか……」
「意見を聞くだけだろ」
そう言って、いつもそのまま決まるじゃないですか。と言いたかったけど。食い下がってもあんまり意味は無さそうなのでその部分は飲み込んだ。
「地属性、でしょうか。風を持つ私とグレンさんが有利ではあるんですけど、火の魔族を思うとあまり意味はないかもしれません。ただ、それでも私の風の防御魔法が使えるのかを、確認したいです」
言い終えると、少しだけ場が静かになって、アマンダさんが目を瞬きながら私を見つめた。
「完成したのか?」
あ、言ってなかった。と思った。慌てて頷いたら、みんなが「おぉ」と声を揃えて、ちょっと面白かった。
「ははは! すごいじゃないか。なんやかんや調べてたのに、大事なことはちゃんと進めてたんだなぁ」
たっぷりと頭を撫でて褒めて下さったけど、そのせいで報告が大いに遅れたのは、あんまり褒められたことではないと思う。気が逸れて、報告していないことすら、全く気付いていなかったんだから。
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