第65話 幕間 リベルト
僕には弟が一人と、妹が一人居る。
弟エドアルドは三つ下で、元気でやんちゃで、ちょっとバカで可愛い。
妹は五つ下で、まだ小さいのに強気ですごく可愛い。一歳に満たない、立ち上がれもしない内から、僕の真似をしておもちゃの剣を振り始めたんだ。こんなに可愛くてどうしたらいいんだと頭を抱えた記憶がある。
そんな妹が、もう一回り小さい二つ歳下の女の子をいつも抱いている。その様は、いや、形容しがたい。とにかく僕はあの二人を、まとめて目に入れても痛くないと思っている。
だけど妹は僕のことをあんまり好きじゃないみたいだ。その小さい子、フィオナちゃんを僕に取られると思っているらしい。いくらなんでも、五つも下の妹から大事な子を取り上げるほど大人気ない性格はしていない。大体、可愛い妹が可愛い女の子を抱いてる様子が可愛いんだから、引き離すなんてありえない。二人はセットで可愛いから、セットで居てほしい。誰にも触れさせることなく、あのままにしておきたい。
弟が仲間に入りたがるのをいつも止めている。あれは離れて愛でるものだよ。教えているんだけど、まだ分かってくれない。
だから僕はいつも、フィオナちゃんが一人になってしまったら回収して、妹の所へ戻すようにしている。そんなことをするから余計に妹からは「フィオナによく構う奴」と思われて、嫌われる。分かっているけれど、二人を揃えて置いておくのが僕の使命だ。いや、よく分からない。見ていて可愛いからとりあえず一緒に居てほしい。それだけだ。
それだけだったのに。
故郷を離れて随分と経った頃、何故かエドアルドと共に国王陛下から呼ばれて聞かされた、妹と、フィオナちゃんの名前。
勇者としてフィオナちゃんが選ばれたことすら、彼女が封印の為に命を捧げた後に、初めて知った。
弟は俯き、声を殺して泣いている。やんちゃで、バカで、あけすけな弟だけど、陛下の前で声を荒らげないだけ大人になっている。可愛くて愛おしかった小さい弟と妹は大人になり、変わっていく。けれどこの時、僕の目蓋の裏に映るイルゼは小さくて強気で可愛い昔のままの姿だった。
「フィオナちゃんが逝く瞬間、イルゼは……、あの子達は、一緒に逝ったんですね」
確かめるように呟いた声は酷く掠れていた。ヨルムントという老年の魔術師は、何処か疲れた様子で僕の言葉に頷く。
「……それなら」
感情が胸の奥から込み上げてきて、言葉尻が揺れた。ぐっと唇を噛み締める。
フィオナちゃんが背負った運命を憎くないとは、とても言えない。だけど、どうしようもない使命だったとするならその時に、イルゼが傍に居て、二人が望んで、共に逝ったというのは『救い』だと思った。
僕は、二人が一緒に居るのを見るのが好きだった。二人が一緒に居て、可愛くて、可愛くて、愛おしくて仕方が無くて。だからあの子達が離れることなく、どんな運命にも引き離されることなく共に在ったなら、それに勝る幸福は無い。あの子達にとっても、僕にとっても。
だけど。二人が一緒に居て、手を繋いで、身を寄せて、屈託なく笑うあの姿がもう二度と見られないということが。
その寂しさを、苦しさを、……形容しがたい。
情けなく溢れる涙を、僕はお兄ちゃんなのに。強くなったはずだったのに。大人になったはずなのに。どうしても、止めることが出来なかった。
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