第61話

 あの後、ジェフさんとイルゼちゃんだけを残して、私とアマンダさんとグレンさんは一度、お店を離れた。

 イルゼちゃんが望む剣を作るにはまず、イルゼちゃんが欲しいと思っている剣の特徴を細かく知る必要があるとのこと。お店の剣を幾つか使ってこれから試し切りをするらしい。ただ私達がそれに付いていても特に意味は無いので、別の用事を済ませることにした。

「あんまり困っていないとは言え、防具も質を求めるに越したことはないだろう。陛下からも、是非と言われたみたいだからな」

 大きな防具屋の片隅で、アマンダさんが呟く。

 どうやらグレンさんが武器のことを王様に相談したら、全員もっと装備を充実させた方が良いと、武器だけじゃなくて防具も含め、色んな店を勧めて下さったそうだ。ある程度は受けるのも礼儀と考えたグレンさんが、朝からジェフさんとその店を回り、少し見繕って下さっていたらしい。

「これは……どっちも持っていて良いと思うけどね、どう思う、グレン」

「そうだな。両方買おう」

「あ、あの、でも」

 今は私のローブを見ているはずなのに、私の意見が全く聞いて頂けない状態が続いている。お二人が見ているローブはどちらも魔法付与がされていて、魔法防御力を底上げするローブと、風魔法付与により身体が少し軽くなるローブ。前者は魔族戦などで着用し、後者を普段の移動用にしてはどうかと言われている。ありがたいのは、ありがたいんだけど。どっちもすごく高いのに……。庶民なのでどうしても値段が気になって仕方がない。しかし何を気にして私が戸惑っているかを察しているお二人には、悉くスルーされていた。

「フィオナ、これはイルゼにと思っているんだが、サイズは分かるかい?」

 ひょいと目の前に出されたのは、金属製の籠手だった。今イルゼちゃんは革の籠手を使っているけれど、今後、戦いが苛烈になるとやはり丈夫なものの方が良いんだろう。サイズを確認するべく手に取ったら、思ったより軽い。これも軽量化の魔法付与がされているらしい。

「これは少し小さいです。こっちが丁度いいかと」

「……分かるんだね」

「え?」

 何だか呆れた顔をされた気がしたものの、私が首を傾げても頭を撫でられただけだった。そういえば今はイルゼちゃんが居ないので自分で髪を整えなきゃ。近くに鏡が無かったから勘で整えたけど、大丈夫だったかな。まあいいか。

 グレンさんとアマンダさんも幾つか防具を新調されていた。私達ばかりに与えられると気後れしてしまうけど、こうしてみんなで一緒に新しいものにするなら、怖くないかも。最後に新しいブーツを購入して、買い物は終了した。ジェフさんのものだけ、特に何も買わなかった。規格外なサイズだから、改めて自分で購入してもらうらしい。剣を作るお手伝いもあるのに、ジェフさんがちょっと大変ではないかと心配になる。

「本当に大変ならグレンが上手いことフォローするさ。あんたが気にすることじゃない」

「そ、そうですか……」

 買い物により私の体力切れが近い為、私とアマンダさんは先に王宮へと下がることにした。グレンさんは今、イルゼちゃん達の様子を見に武器屋へ戻って下さっている。

「よいしょっと。それじゃあ、あたしはちょっと昼寝するよ。何かあったら呼びに来てくれ」

「あっ、はい。荷物もありがとうございました。おやすみなさい」

 言われるまで、今日のアマンダさんは寝不足で不調だったことを忘れていてハッとした。

 自分用に買ったローブや防具は自力で運んでいたものの、イルゼちゃんの分が持てなかったので、アマンダさんに運ばせてしまった後である。慌てている私のことも気付いていたと思うけど、アマンダさんは何でもない顔で手を振って立ち去った。

「はあ……」

 アマンダさんと入れ替わるようにして侍女さんがお茶を淹れに来て下さり、恐縮しながらもありがたく頂戴した。本当に美味しいお茶なので、嬉しいことには違いない。そしてお茶を飲んで、一息吐く。

 城下町を少しうろうろしただけで、この疲労感。こんなにも体力の無い私にしては外の旅は随分と頑張っていると思うけれど、最初は一人でも旅を決行するつもりで故郷の村を出てきたこと、思い出す度に恥ずかしい。戦えないほど老いるまでに完遂できたとは思えない。無謀にも程がある。

「……荷物の整理、しなくちゃ」

 新しい防具などを沢山買ったから、代わりに使わなくなる防具を避けて、余計な荷物は持たないように。しなくちゃ、いけないんだけど。目を閉じると目蓋はもう上がってくれなくて、私はそのまま眠ってしまった。

 静かな話し声と、微かな物音。布擦れの音。

 ふんわりと漂うスープの香りに、目を覚ます。少し身じろいだら、イルゼちゃんが覗き込んできた。

「あ、起きた」

「申し訳ございません、起こしてしまいましたか……」

 同時に、侍女さんと思しき声が聞こえる。起きようと目を瞬いたんだけど、イルゼちゃんが「ゆっくりで大丈夫だよ」と頭を撫でた。

「怖がってないから、自然に起きたんだと思う。それよりお昼ごはんありがとう」

「とんでもございません。何ございましたら、いつでもお呼び下さい」

 ぼんやりとしている間に二人が会話を交わし、侍女さんが部屋を出て行った。私はまだ頭がはっきりしない。

「……おかえりなさい、イルゼちゃん」

「はは。ただいま。まだ眠いなら、寝てていいよ」

 私はゆっくりと首を振る。眠くはあるんだけど、いい匂いがするせいかもしれない。お腹が空いた。ちゃんと座り直すと、私の肩からぱさりとブランケットが落ちた。

「あ……これ、イルゼちゃんが掛けてくれたの?」

「ううん。フィオナが自分で被ったんじゃないなら、侍女さんかな」

 今は正午を一時間半過ぎたところ。イルゼちゃんはさっき帰ってきたばかりらしいのだけど、その時にはもう、ソファで眠る私にこれが掛けられていたと言う。

 多分、昼食をどうするか侍女さんが確認をしに来た時に私がノックにも気付かず寝ていたから、掛けて下さったのだろう。恥ずかしい。

「フィオナがお昼まだ取ってないって言うし、私もまだだったからお願いしたんだ。食べる?」

「うん」

 テーブルの上には、朝食を上回って豪華なランチが並べられている。でも私達が平民だから、比較的、食べやすいものを選んで下さっているようだ。特に食べ方を戸惑うことなく食事が出来た。

「剣の方はどうだった?」

 ふと気になって問い掛ける。イルゼちゃんは丁度大きな一口を食べたところで喋れなくて、笑いながら咀嚼している。ちょっと可愛い。

「よく分かんない。でもまあ、ジンはもうどんな剣を作るか決めたみたいで、気合い入ってたよ」

「そっか。楽しみだね」

 思わず私が声を弾ませると、イルゼちゃんは目を丸めてきょとんとしてから、ふっと笑う。

「楽しみだけど……何だかフィオナの方が嬉しそう」

「え、だって」

 すごい鍛冶師の方が、イルゼちゃんの為だけに打つ剣なんて絶対に格好いい。見てみたいに決まってる。子供みたいな意見をそのまま伝えたら、イルゼちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑った。段々、恥ずかしくなってきた。

「いやでもフィオナに格好いいって言ってもらえるなら、嬉しいよ。もっと楽しみになってきちゃった」

「……今の話、アマンダさんには言わないでね」

「はは。分かった」

 私の幼稚な感想を知ったら、アマンダさんは絶対に呆れた顔をするに違いない。

 ちなみに剣の完成まで十日ほどの見込みだそうだ。よってしばらくこのまま、王都に留まることになる。

「鞘とかつかの部分はジェフが手伝いと並行して作るらしいから、これでもかなり早いスケジュールだってさ」

「そっか、そういうのも全部作るんだよね。剣ってすごいね」

 なお、ジンさんはもうお年で徹夜して進めるようなことが出来ないから、若い頃よりずっと時間が掛かるとご説明があったらしい。若くても徹夜はしないで頂きたいし、十日を遅いと思わないので問題ないと思う。私がそう言うと、イルゼちゃんも頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る