第51話
王都への移動を進めながらも、私は防御魔法の調整を続けていた。
対象を破壊して分散するという機能については精度と威力を上げ、後方には一切漏れないように調整できた。だけど、もう一点。防御魔法の内側の調整が上手く行っていない。内側は触れても問題が無いようにしたいのに、どうしても少し攻撃性が残ってしまう。それを抑えようとしたら防御の方の力も弱まってしまうなど、右を押したら左が出るような状況で、あれこれと試し続けていた。
うーん、これもダメ。
今夜もまた一つの対応策を試して、より良い結果にはならなくて項垂れた。ふと顔を上げたら、アマンダさんが湯浴みを済ませて浴室から出てきたところだった。
「イルゼはまだ帰ってないのか」
「そう、みたいです」
集中してしまうと傍に誰が来ても気付けない為、出入りが無かったかは分からない。でも荷物が無いから帰ってきていないのは間違いないと思う。
いつもなら、そろそろ帰ってくる時間。二人は時々、稽古に夢中になると遅くなる。あんまりに遅いと、グレンさんが声を掛けに行ってくれるから心配は無いと思うけど。ただ今夜は私の方も区切りが良いし、帰りを待ちながら夜食を用意してみようかな。長めに身体を動かしているなら補給はあった方が良いはず。
思い立つと、一つ頷いて立ち上がる。湯浴みも済ませてもう寝間着だったけど、再びローブに着替えて上着を羽織った。
「出掛けるのか?」
「えっと、イルゼちゃん達に夜食を作ろうかと……」
もし用意できても二人が帰らなかったら、それを持って様子を見に行ってみるのも良いかもしれない。
そう考えて言葉が尻すぼみになったところで、アマンダさんが目を細めたので、ハッとした。一人で外出するなと再三の注意を受けている。今の質問は、『勝手に外へ行くつもりか』を確認されているんだってようやく気付いた。
「いえ、その、宿から出る時は、アマンダさんかグレンさんにお声掛けします」
「……それならいいが」
アマンダさんはきっと、今更そのことに思い至った私にも気付いているんだろうけど。とりあえず、怒られなかったのでホッと胸を撫で下ろす。
結局その後、私が夜食を用意しても二人は戻らなくて、宣言通り私はアマンダさんに声を掛けた。もう寝支度を済ませていたのにアマンダさんは嫌な顔一つせず、一緒に来ると言ってくれる。こんなに親切な方なんだから、毎回怒らせずにきちんとお願いしなきゃいけない。改めて深く反省した。
ついでに、隣の部屋のグレンさんにも出掛けることを告げておいた。グレンさんは王様へご報告すべき内容をまとめたり、一族からの報告書を確認したりで毎晩かなり忙しくされている。今夜も紙の束を沢山テーブルに並べながら頷いてくれた。負担を掛けているようで申し訳ない。グレンさんにはおやつを少しお渡ししておいた。頭を動かした時には甘いものが良いはず。
「東門辺りで稽古すると言っていたな」
「はい」
出掛ける直前の二人の会話を思い出しながら、真っ暗な村を進んでいく。街灯がほとんど無いから、確かに、アマンダさんに一緒に来てもらえて良かった。安全性に問題が無かったとしても、咄嗟に村の人がひょいと現れたら驚いて悲鳴を上げてしまいそうだ。
そんな想像だけで少しびくびくしていたせいだろうか。直後、聞こえてきた大きな声に私は軽く飛び跳ねた。
「うわーーー!! すっ、すまん、大丈夫かイルゼ!?」
最初に驚いて。一拍後、内容を飲み込んだ私とアマンダさんは顔を見合わせてすぐに駆け出した。
しばらくはアマンダさんが前を走っていたけれど、ややすると速度を落として、並んで走ってくれた。当たり前だけど彼女より私は走るのが遅く、しかも焦っているから足元が頼りない。駆ける足音にそのことに気付いてくれたらしい。勿論、こんなことは後から思い出して気付いたことであり、この時はイルゼちゃんのことで頭がいっぱいだった。
「――イルゼちゃん!」
姿が見えてすぐ、震える声で彼女を呼んだ。ジェフさんの傍で俯き加減だった彼女は、少し驚いた様子で私を振り返る。良かった。まずは意識があって、表情が苦悶に歪んでもいないから、重傷ではなさそう。
「フィオナ? どうし……」
「何かあったの? 怪我?」
「あ、あぁ。いや違うよ、落ち着いてフィオナ。ほら、これ」
私を宥めるように眉を下げて笑みを見せたイルゼちゃんは、私の目の前に剣の
「本当にすまん、力が入り過ぎちまった……」
どうやら手合わせ中に、ジェフさんがイルゼちゃんの剣を叩き折ってしまったらしい。イルゼちゃんは笑いながら何度もジェフさんに向かって首を振った。
「ジェフは何も悪くないよ、私の受け方が悪くってさ、上手く流せなかったんだ」
「いーや、ジェフが全く悪くないとはあたしも思わんね」
平謝りして眉を下げているジェフさんをイルゼちゃんは宥めようともしていたんだろうに、そう言って食い下がったのはアマンダさんだった。私はみんなの顔をおろおろと見ているばかりで何も出来ない。
「お前、むきになっただろ?」
「…………ああ、その通りだ。本当にすまん」
アマンダさんの言葉に、ジェフさんが項垂れながら頷いた。私とイルゼちゃんは意味が分からなくって、少し首を傾ける。
「闇の魔族にイルゼが乗っ取られた時、あたしらは随分と遅れを取ったからなぁ」
そうだっただろうか。不利な状況でも皆さんは大きな怪我もせずにしっかりイルゼちゃんを抑えてくれていたと思うし、イルゼちゃんも首を更に傾けているから、私とほとんど同じ気持ちだと思うけど。ジェフさんはアマンダさんの言葉の方に同意を示して、深い溜息と共にまた大きく頷いた。
「お前さんに負けてばかりじゃいられん、俺ももっと強くならなきゃいかんと……無用に力を入れた自覚がある。剣が折れたのは俺のせいだ。悪かった、大事に使っていた剣だろうに……」
「いや、いやいや、もう謝らないでってば」
困り果てた顔で、イルゼちゃんが彼を宥める。ジェフさんは鍛冶師だから、折れてしまった剣というのは人一倍、悲しい気持ちになるのかもしれない。今にも泣きだしそうな気配を漂わせている。
「本当に私も動きが悪かったんだよ。最近ちょっと剣が軽く感じるって言うか、思ったところに置けないことがあって。今回もそんな感じでズレた拍子のことだったし」
「剣が軽い……あれ?」
ジェフさんを宥める為に何気なく告げた言葉だったかもしれないけど、私はふとイルゼちゃんの言葉が引っ掛かった。それに気付いて、三人が振り向いた。
「フィオナ、どうしたの?」
「あ、えっと……」
急に視線が集まるといつも勝手に身体が緊張してしまってすぐに言葉が出てこない。意味の無い言葉を幾つか零してから、ようやく考えを口にした。
「気のせいかもしれない、けど、イルゼちゃんってもしかして前世も剣を買い替えた時、『軽く感じた』の?」
「あー! そう、そうだ。あの時も、何か軽いなって思ってた」
前世で一度、イルゼちゃんは剣を変えている。あの時は『軽く感じる』などとは一度も言わなかったけど、結果的に新しい剣は以前よりもやや重めのものだった。候補の内から何故か私が最終決定してしまった為、あれで本当に大丈夫だったのかという心配でいっぱいになって当時はまるで気付かなかった。あの時もイルゼちゃんは、今までの剣が軽くて気持ち悪いと感じていたんだ。
「同じ変化……勇者の加護か?」
「だと思います。イルゼちゃんは前世でも、加護の影響を強く受けていましたから。ただ、今の私が持つ加護はそんなに強いものじゃないはずなんですけど……」
前世と同じ違和感を覚えさせるほどの変化が出せるのだろうか。今世のイルゼちゃんは私と魂が繋がっているせいで、前世以上に加護の影響を受けている? うーん、と私が首を捻ると、アマンダさんも少し考えるように首を捻った。
「ルードとの旅でもあたしらは別に武器に違和感は無かったな。ただ、そういうのは武器にもよるだろ。一番軽い刃物はあたしの鉈だったが、あたしのメインは弓だからな」
グレンさんは素手と魔法だし、ジェフさんは大剣。確かに、素早くて繊細な剣を使うイルゼちゃんが一番そういう違和感は得やすいのかもしれない。今考えられる中では最も納得できる説明で、私は何度か頷いた。
「まあ、反省と分析はまた後にするとして。それよりどうするんだ、この剣」
「あはは、どうしようね?」
イルゼちゃんは笑いながら、折れた剣先を拾ってまとめて鞘に納めているけれど、この剣はもう使えない。予備の剣も持ち歩いていないし、明日からは魔法と、私が預けている短剣しか、イルゼちゃんの戦う手段が無いことになる。
「一旦、宿に戻るか。グレンも含めて相談しよう」
こんなところで立ち話しても仕方がない。アマンダさんの言葉に私達も同意して、揃って宿に帰った。
ジェフさんだけじゃなくて私達も部屋に入ってきたことで、グレンさんはまず驚いた顔をして、でも何かあったんだって察してすぐにこちらに向き直ってくれた。そしてイルゼちゃんの剣が折れてしまったことに、私達以上に難しい顔を見せる。
「とりあえずジェフの説教は後日にするとして、だ。優先はイルゼの剣を直す、もしくは新調することなんだが」
「だからもうジェフのことは怒らないでいいってば!」
「あー分かった、分かった」
結局、アマンダさんからすると、ジェフさんが悪いという認識は変わらないらしい。繰り返し抗議するイルゼちゃんの言葉も、簡単にあしらわれて話が進んだ。
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