第44話 闇の封印を守る村 リーム

 私なりの防御魔法は、最低限の形にはなったと言ってもまだまだ開発中。ただ、アマンダさんが言って下さったように「第一関門は突破」した為、少し心にゆとりが出来た。私にも防御魔法が使えるんだって喜びも少しある。小さな頃から、使えないことをずっと悩んでいたから。

 そんな喜びを噛み締めつつ防御魔法の改善を続ける間にも、私達はゆっくり移動をして、闇の魔族が封印されている場所からほど近い村、リームに到着した。前の二つ同様、此処に管理者の方がいらっしゃるとのこと。今回は流石にすぐ攻略が出来ないかもしれないけれど、まずはとにかく情報を得たい。

「もしかしたら、全く別の魔法を開発する話になるかもしれないからなぁ」

 私の方を見て、アマンダさんがぽそりとそう呟く。確かに、闇属性ほど搦め手の多い魔法は他に無い。そんな闇の魔族を相手にするとなると、風の防御魔法が素直に役立つかは疑問だ。臆病な私の心にふつりと湧き上がる不安は、悲しいかな、見事に的中することになった。

「――人間を操る?」

「はい」

 アマンダさんの低い声に対し、神妙な顔で管理者の方が頷く。

 曰く、闇の魔族は直接攻撃を一切せず、人間を操り、他の人間を攻撃させる。そして操られた人間が殺されたとしても、次の人間を操るだけで、消滅させられるわけではないそうだ。

「そりゃあ、とんでもない相手だな……」

 額を押さえてアマンダさんが俯いた。私以外の皆は、並外れた戦闘技術を持っている。だけど今回はその全てが通用しないかもしれない。物理攻撃は、意味が無いのだ。少しの沈黙の後、グレンさんが小さく咳払いをした。

「封印させる際には、どのように捕らえたのでしょうか」

 一度は神々が封印に成功しているはず。風の魔族はその情報が伝えられず残っていなかったし、残っていたとしても行ったのが当時まだ世界に居た神々であることを考えると、参考に出来るか分からない。けれど、手掛かりの一つにでもなってくれたら。私もほんの一縷いちるの期待を込めて管理者の方の言葉を待った。

「魔族は、その場で『最も臆病な者』を選んで操るそうです。その為、狙われるだろう人物に神の力で罠を仕掛けていた、と聞いております」

「……最も臆病な者」

 アマンダさんが復唱すると同時に、全員の視線がそれとなく私の方へと集まった。私はどの視線にも応えることが出来ず、少し身を縮める。

「絶対、私、ですね……」

 こんなにも明確に私を言い表す言葉は他には無いと言えるほど、それは私の為の言葉だ。皆が視界の端で苦笑しているのが見えた。誰もフォローのしようが無かったことくらいは、私にも分かる。

「で、でも逆に言えば、勇者の光がある私の中になら、同じような罠を仕掛けられるかもしれません」

「待ってよ! それってフィオナが囮になるってことでしょ? そんな危ないことさせられないよ!」

 私の言葉にイルゼちゃんが酷く焦った様子で口を挟んだ。普段は皆の話し合いを飄々と聞いている彼女だから、ちょっと驚いた。でも今回は私が前に立つことになる。流石に黙っていられなかったらしい。見ればジェフさんも心配そうに眉を下げていて、グレンさんは難しい顔をしていた。

「イルゼ様の懸念は当然です。罠を仕掛けることに失敗すれば、操られるのはフィオナ様でしょう。あなたを攻撃することなど私達には出来ません。全滅必至です」

 グレンさんがそう言うと、イルゼちゃんが勢いよく頷いていた。私がその頷き方をしたら、首を痛めそう。

「いえ、その、全滅するなら私だけを殺――」

「フィオナ!!」

 言い掛けた言葉は、いつになく大きなイルゼちゃんの声にかき消された。怒鳴り声に、咄嗟に身を固めて黙り込む。いつもは私が怯える度に優しく抱き寄せてくれるイルゼちゃんが、私を、鋭い目で見つめていた。

「例えでも、絶対に、言わないで」

「……ごめんなさい」

 私が死ねば、魔族は自動で再封印される仕組みになっている。だから私がターゲットになるなら、操られるのは一人きり。次々に乗り移られて被害が拡大する、ということだけは発生し得ない。だから。……そう思ったんだけど、イルゼちゃんは、この話を聞くのはどうしても嫌みたいだった。それ以上イルゼちゃんは何も言わなくて、部屋に沈黙が落ちる。すると唐突にアマンダさんが私とイルゼちゃんの頭をがしがしと、ちょっと乱暴に撫でた。

「はいはい、どっちも言いたいことは分かるが落ち着け。今すぐに向かうわけじゃないんだ。安全、確実、犠牲無しの策をこれから練るぞ」

 そういえば、此処は未だ管理者さんのお家だった。心配そうな顔で管理者さんが此方を見つめているのに気付いて、申し訳なさで更に身を縮める。グレンさんとアマンダさんが上手く説明してくれてその場は収まったけれど、今後は気を付けよう。千年どころじゃないほど長い年月、代々この封印を守り続けてきた管理者の方々を、必要以上に不安にさせるべきじゃない。

 辞去した私達は一先ず宿に戻る。

 今回も村自体があまり大きくない為に宿屋が無かった為、空き家をグレンさんの一族の方々が整えてくれていて、それを一時の宿にすることになっていた。

「さてと。まず、フィオナ」

「は、はい」

 皆でテーブルを囲んですぐ、アマンダさんが私を呼ぶから身を固めた。だけど予想とは裏腹に、聞こえてきたのはアマンダさんの笑い声だった。

「別に怒っちゃいないから顔を上げろ」

 柔らかな笑い声に釣られて素直に顔を上げれば、本当に、アマンダさんは怒った顔じゃなかった。ほっとして少し私の気が緩んだことも表情で分かったのか、一層可笑しそうに目を細めている。

「この旅は、お前が死んだら終わりだ。ルードを蘇らせることも出来なければ、封印の仕組みも変えられないまま、いつか人類は魔王に滅ぼされるだろう。そんなことはフィオナが一番よく分かってるな?」

「わ、分かってます、私も死にたくはありません」

「よし、よく言った。それでいい」

 瞬間、アマンダさんも、ジェフさんもグレンさんも何処か表情を緩めたのが分かった。

「つまり自分が犠牲になればいいと思ったわけじゃなく、万が一の場合、全滅するよりはいい、ただそう言いたかっただけだな?」

「はい、その通りです……」

 アマンダさんの言葉に、ようやく理解した。イルゼちゃんを怒らせてしまったのは、私が死ぬ未来を言葉にしようとしたせいじゃなくて。私が、自分の命を軽んじていると感じさせてしまったからだって。

「イルゼも分かったな?」

「うん……ごめん。焦って、怒鳴った」

 酷く申し訳なさそうな顔でイルゼちゃんが私を見つめ、私の手を握ってくれた。だけど明らかに、私の言い方が悪かったせいだ。首を振り、言い方を間違えたことを私も謝罪した。

「あたしらが目指すのは安全、確実、犠牲無しだ。相違ないよな」

 私も当然頷いたし、皆も力強く頷いた。この旅は、私達後悔を払拭して、善だと胸を張る為の旅だと思ってる。だから、私や他の誰かが犠牲になって終わりなんて、前世の繰り返しを求める気は全く無かった。

「よし、じゃあ改めて策を練るぞ。おいグレン、仕切れ」

「この流れでお前が仕切るんじゃないのか……まあいい」

 唐突に役目を押し付けられたグレンさんが眉を寄せる。でも普段からこうした話し合いを仕切るのはグレンさんであることが多いから、「まあいい」と言うのだろう。そのまま彼は情報を整理するように、一度、管理者さんの言葉を簡潔に繰り返した。

 まず『最も臆病な者』が選ばれるという点から、間違いなく私が標的となるだろう。それはもう、満場一致の意見だった。

「フィオナのビビり気質は類まれな才能だからな。驚いていることに驚くくらい些細なことでも怯えてる」

 アマンダさんの容赦ない描写に、訂正の言葉は無い。私だけじゃなく、他の誰からも。

 そして他の皆はむしろ普通の人よりも肝が据わっている人達だから、これに関しては比べるべくもない。

「だが実際、狙い先が確定している方がやり易いのは事実だ。問題はそのフィオナをどう安全に守るか、ってことだな」

 罠を張ったと言う当時の話をもう少しだけ掘り下げてグレンさんが聞いていたけれど、捕らえる為の罠をそのまま封印に直結させていたらしく、捕らえた後に何かしたという話は残っていないとのことだった。

「今回は封印じゃなく、滅するんだろう?」

「はい。つまり、勇者の光で捕らえた後、光魔法で滅することになるかと思います」

 ジェフさんの言葉に私が答える。管理者さんに伝わっている話を聞く限り、闇の魔族は大気のようなもので目に見えない。だから入り込んでくると分かっていても入り込む前に滅するのはまず不可能だ。入り込んだ瞬間に確実に捕らえ、罠に掛かっている状態で攻撃する必要がある。

「捕らえる方は、フィオナが出来そうなのかい?」

「……現段階では正直、難しいです」

 心苦しいけれど此処で見栄を張っても仕方がない。私は首を横に振った。

 私が今、自由に扱うことのできる勇者の光は『浄化』のみで、それ以外は全て女神様から教わった通りの呪文を唱えているだけに過ぎない。罠を張ると言うのはかなりの応用になる。

「あの、ところで、グレンさんの一族が持つ特殊な魔法は、神の魔法だと思うのですが」

「は? そうなのか?」

 少し話は変わるので、何故この話をするのかを説明しなきゃいけないかもしれないと思ったけれど、私の発言が想像以上に皆にとって衝撃だったらしく、全員が一斉にグレンさんを凝視した。でも、当の本人は誰よりも戸惑った様子で目を瞬いていた。

「……そのような話は、初耳です。一族に代々伝わる術、ということしか」

 もしかしたらご存じかもしれないと思っていた為、伝わっていないということが意外で、私も少し自信が無くなってきた。

 でも考えるほど、一族の方々が扱う術は特殊なものが多い。

 勇者の紋の確認や、魔物や魔族の消滅の確認も出来るし、封印の術もある。魔族や魔王ほど強大な存在を永遠に止められる術ではないものの、仕組み自体はとても似ているように思えた。

「属性も、明らかに特殊です。私達が知る基本の六属性や、雷属性でもありません。今の封印を守る為に、神々から与えられているものではないかと思ったのですが……」

 私の考えにグレンさんも「なるほど」と呟く。だけどまだ明らかに表情は困惑していた。本当に同意してくれたのか、私が立てた仮説を頭ごなしに否定できなかっただけなのか、その表情だけでは判別が付かない。

 これだけ偉そうに話してしまって、全く違ったらどうしようかな……。続けるべき言葉を口に出来ないでいると、アマンダさんが私へと視線を戻す。

「今その話をしたってことは、何か関係あるのか?」

「はい、……あ、いえ、ただの想像、なのですが」

 不安になってしまっていた為に言葉が曖昧になる。アマンダさんはやや呆れたような顔で「良いから話してみろ」と言った。促してもらえないと喋れないのも、小さな子供みたいで恥ずかしい。慌てて、続きを口にする。

「その、根本が勇者の光と同じであるなら、罠を張るという術の『構成』が、グレンさんや一族の方々には出来るのでは無いかと、思って」

 言いながら、真顔で皆が此方を見つめるのが怖くなってきて尻すぼみになる。よく考えたらこれは、自分が出来ない責任から逃げているようにも聞こえる。

「あの……す、すみません、あくまでも想像です、決して、グレンさんに押し付けようと思ったわけでは」

 グレンさんは私の言葉に一瞬ハッとした顔をして、皆の顔を見てから、少し私の方に頭を下げた。

「いえ、失礼しました。お手伝いができるならそれに勝る喜びはありません。術を構成する方に、意識が向いてしまいました」

 気を遣われたわけではなく、本音だと、思う。つまり考える為にグレンさんは黙り込んだだけで、今の私の話に否定的な想いがあったわけではないらしい。

「つまり私どもが普段使っている要領で術を構成し、それをフィオナ様へお教えすれば、勇者の光を用いてその術が発動できる可能性があるのですね」

 私は二度頷いて肯定する。半端に止めてしまった説明だったけれど、グレンさんは理解してくれていたようだ。きちんと伝わったことに安堵し、縮めていた身体を正常な形に戻す。

「うーむ。まずは簡単なもんで試してみたらどうだぁ?」

「そうだな。偶には良いこと言うじゃないかジェフ」

 偶にかどうかはさておき。確かにそれが一番いい。何度も言うがグレンさん一族の魔法が神の魔法かどうかがまず分からないので、難しい術の構成をしてから「やっぱり使えませんでした」となってしまえばあまりにも無駄だ。まずは互換性を明確にするべく、グレンさんが知る中で最も初歩と思える一族の術を私が教えてもらい、使ってみる話になった。

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