第39話
ジェフさんが鍛冶を出来る街まで移動すると、彼とアマンダさんは武器作りに忙しくなった。どうやらアマンダさんが求めていた素材も、この街に到着するまでにグレンさんの協力もあって滞りなく手に入ったようだ。二人の方は今のところ順調の様子。次は、私達の魔法の方。
「やっぱりグレンさんの風は精度が違いますね。自分でもやってみようと思ったんですけど、難しくて……」
「お役に立てて何よりです」
最初は順調以上だった。私が魔法で作り出した光の粒子をグレンさんが風魔法で操り、移動させ、一か所に留める練習。風の魔族の魔法で弾かれて散ってしまえば意味が無いので、全体を覆うようにしながら。グレンさんは私の口頭での説明を聞いただけで、ものの数分で出来るようになってしまった。私が同じことをやろうと思うと運ぶ時点でもう半分くらいの光の粒子が散ってしまっていたのに。
つまり、彼の魔法精度には全く問題が無かった。ただ、失念していたのは私との魔力量の違いだ。
私達は色んな環境下で同じ練習を繰り返していたのだけど、一時間足らずで、グレンさんの魔力が尽きてしまった。
「今日はこの辺りにしましょう。ごめんなさい、グレンさんの負担の方が強かったですね」
「……面目ありません、あまり、魔力量が多くなく」
普段のグレンさんは戦闘中、攻撃や防御時の一瞬だけしか魔法を使用していない。しかし今回はずっと魔法を展開し続けなければならない為、消費量が今までの比較にならないのだ。私は人よりもずっと魔力量が多いので、その辺りに気付くのが遅かった。グレンさんの顔色がすっかり悪くて、申し訳ない。
「慣れればもう少し保つと思いますので、日を分けて、練習させて下さい」
「勿論です。二人の武器が完成するまで何度でもやりましょう」
でも今日は一刻も早く休んで下さい。
そう願うあまり、私は少し焦っていた。グレンさんを宿に促しながら、踵を返して一歩足を後ろに出したら、小石に躓いた。瞬時にグレンさんが反応して、傾いた私を引き寄せてくれる。お疲れのところ、重ね重ね申し訳ない……。
「大丈夫ですか」
「は、はい、ごめんなさいグレンさ――わひゃっ!?」
謝ろうとして顔を上げたところで、後ろから伸びてきた腕に強引に引っ張られてまた体勢が傾く。直後、私はイルゼちゃんの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「近いんだけど?」
頭上から不機嫌極まりない声が響いて、ぎょっとした。見上げたらイルゼちゃんは、どうしてか強くグレンさんを睨み付けている。
「い、イルゼちゃん、私が転びそうになっただけだから」
「分かってるよ」
そうは返ってくるのに、イルゼちゃんから怒りの気配が消えない。声も不機嫌のままだ。グレンさんは一瞬呆けていたけれど、ゆっくりと背筋を伸ばした後、小さく咳払いを一つ。
「……イルゼ様、私は今年で三十八になります。親と子ほど年の離れたお二人に、邪な想いを抱くことはありません。まして前の勇者様に、恐れ多いことです」
「よ、邪とか、そ、そんな風に、思ったわけじゃない、よね、イルゼちゃん!」
同意を求めて見上げる私の視線に応えてもくれない。眉を寄せて無言を貫く彼女。本当にもう、一体どうしたらいいの?
「私が、こ、怖がりなので、怖がると思ったんだと、思います、驚かせてごめんなさい、グレンさん」
イルゼちゃんの腕に閉じ込められたままで、一生懸命に弁明してみる。彼女の本当の気持ちは、黙っちゃっているから分からないけど、私のことを心配して駆け付けてくれたことだけは確かだから。私の言葉に、グレンさんは目を少し緩めて、優しい表情をした。
「いいえ。私の方こそ、そうですね、咄嗟のことでフィオナ様を驚かせました。気を付けましょう」
グレンさんが気を付けなければならないことは何も無いんだけど――と思うものの、結局、イルゼちゃんは私を抱き締めて黙り込んだまま、その後一切、口を利いてくれなかった。グレンさんが促してくれて、三人で一緒に宿へと戻る。その道中も、イルゼちゃんは私をグレンさんから遠ざけるように、私達の間に入って歩く。だから、グレンさんは助けてくれたんだよ、イルゼちゃん……。分かっていないはずがないのに、眉を寄せたままのイルゼちゃんを見たら、何も言葉が出てこなかった。
「私は少し、ジェフ達の様子を見て参ります」
「あ……はい。でも、グレンさんも今日は早めに休んで下さいね」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
口元に柔らかな笑みを浮かべて頭を下げた後、グレンさんが部屋を出て行く。最近はよく笑う、というか、多分、彼の表情の小さな変化を私が見慣れてきたんだと思う。さて、今、部屋にはイルゼちゃんと私だけしか居ない。でもイルゼちゃんはまだ不機嫌な顔で黙り込んでいる。どうしたらいいのかなって悩みながらも、私はベッドに腰掛けるイルゼちゃんの方へと、歩み寄った。
* * *
「ははは、そりゃ災難だったな」
グレンから先程起こったことを語り聞かされたアマンダは、そう言って笑った。丁度ジェフと休憩をしていたところだったので、同じく話を聞いていたジェフも同様にして笑っているが、被害に遭った当の本人は難しい顔を崩さない。
「イルゼ様は俺を信頼してくれていないのだろうか……」
落ち込んでいたらしい。
アマンダはやや項垂れているグレンを見て、苦笑を零す。
「フィオナに関しては余裕が無いんだよあいつは。その面では望み薄だな。それ以外はちゃんと信頼してくれているさ」
戦闘中などにフィオナから離れて最前線で戦っているのがそれを表しているとアマンダは思う。稽古中も同様だ。彼女を宿に残し、アマンダ達に任せた上で、傍を離れている。もしもイルゼとフィオナの二人きりでの旅だったなら、イルゼはきっとフィオナを残して宿を出るようなことは一切無いだろう。そう語り、グレンを軽く励ましてやったアマンダは、窓の外を眺める。宿で休む二人を眺めようとでもするように。当然、窓から二人の姿は窺えない。
「……フィオナは随分とあの子を完璧に見ているようだけど、あたしから見ればあの子の方が余程危ういよ」
「イルゼ様か?」
「ああ」
顔を上げ、軽く首を傾けるグレンに対し、今度はアマンダの方が眉を顰め、険しい表情を浮かべていた。
「イルゼ自身も言っていただろ、自分の憎しみは魔王を解放すると」
彼女の負の感情は大き過ぎた。アマンダやジェフやグレンも、自らの内に抱えられる限界ぎりぎりの大きな負の感情でもって勇者ルードの最期を見た。しかし、それでも魔王は封印を解いていない。つまりイルゼのそれは、彼ら三人分よりも遥かに大きかったと、女神が言うのだ。何か違いがあるのだろう。それはおそらく単純な『悲しみの大きさ』ではないとアマンダは感じている。もしかしたら、イルゼが勇者の加護を誰よりも強く受けていたことにも関わるのかもしれない。事実は、女神またはフィオナしか知らぬことだ。しかし具体的な原因が何であれ、アマンダは大きな不安を静かに抱いていた。
「この旅が『勇者に関わる者の後悔を晴らす為』の旅とするなら、イルゼを連れて行くことに何の文句も無い。だが、『勇者の生贄システムを壊すこと』を主目的とするなら、あの子は連れて行くべきじゃない。イルゼをあの神殿へ入れることはリスクだ」
はっきりとそう言い放ったアマンダに、ジェフとグレンは目を見張る。そしてジェフは何処か悲しそうに太い眉を垂れ下げた。
「そうは言ってもなぁ……あいつはあんなに強いんだ。戦力としたら心強いことこの上ないだろう?」
彼が悲しい顔を見せたのはそんな理由ではないだろう。毎日のように彼女の稽古に付き合い、誰よりも間近に、強くなろうと
「分かってる。今更イルゼを置いて行こうなんてつもりは、あたしにだって全く無いよ」
それは当然アマンダの本心だ。彼女だって、勿論グレンだって。イルゼの努力を、フィオナを守りたいと願っている気持ちを、無下にしようというつもりがあるはずがない。
「あたしが言いたいのは、あたしらが気を付けてやらなきゃいけないって話さ。大神殿……、いや、それに至るまでも。要注意だ」
「分かった。覚えておこう」
神妙に頷いたグレン、そしてアマンダを見比べて、同じく神妙な顔をしているジェフだったが、結局彼は、大きく首を傾けた。
「うむ、よく分からんが、リアに、身体を張れって言われて来た! 俺はイルゼとフィオナを絶対に守るぞ!」
「ハハハ。そうだね、あんたはそれでいいよ、ジェフ」
彼には上手く伝わらなかったようだが、アマンダはそれを笑い飛ばした。
あの子らを守る。ただそれだけを使命として、余計なことを一切考えない彼だからこそ救えることもあるだろう。イルゼとフィオナは、十七年前の彼らよりも更に幼い。重たすぎる使命がそんな彼女らを圧し潰すことが無いようにと、大人達は改めて気合いを入れ直していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます