第38話 風の封印を守る村 ラーダ
風の魔族の封印地を守る村、ラーダまでは十日間ほどの道のりだった。前世と違い、今回の旅は急ぎではない。前世より少し魔物が多い以外の脅威はまだこの世界には迫っておらず、少しの自衛で人々は生きていける。だから私達も無理をせず、体調管理を重視してゆっくりと進んでいた。勿論、体力面で最も気を遣わせてしまっているのが私なのだけど。
「すぐに話を聞けるようです、参りましょう」
グレンさんが一族の方に状況を確認しに行く間、先に私達は宿へと荷物を置いて少し休んでいたのだけど、ものの十数分で彼は呼びに来てくれた。これだけ早く対応して下さっているところを見ると、前回同様、一族の方々が事前にしっかり交渉して下さっていたんだと思う。頭が下がる思いだ。
「――『守りの魔族』? そりゃ、なんとも平和な響きだなぁ」
管理者さんの説明で出てきた言葉に、最初に戸惑いを表したのはジェフさんだった。私も同じような戸惑いを胸に、皆と軽く顔を見合わせる。しかし管理者さんは私達の印象を打ち消すように重々しく首を振った。
「いえ、守り、と申しましても、危害を加えないということではなく、此方の攻撃がまるで効かないという話のようです」
言い伝えによれば、その魔族は常に風の魔法を纏い、触れるもの全てを弾いてしまうそうだ。そして勿論その風自体にも攻撃性があり、触れれば人の身は裂け、地面は抉れ、木々も建物もばらばらになる。
「本体は小さく脆い個体であると伝えられておりますが、その守りにより攻撃することが叶わず、奴が移動すれば一帯に居る全ての動植物が被害を受けるのだと」
「なるほど、全く平和的じゃないのは明らかだね」
本体の小ささ故に、動きはとても遅いらしい。それでも動くことは動くので、取り逃がしてしまえばいずれ被害は広がるだろう。最初の魔物ほどの好戦的な性格をしていないとは予想できるが、驚異的な存在であることは間違いない。
ただ、魔族が纏う風が完全に弾くのは『魔法』であって、物体ではないとのこと。だがその攻撃性故に人の身で触れるわけにはいかないし、生半可な武器は壊れてしまう。爆弾を打ち込んだとしてもおそらく風に当たって先に爆発してしまうだろう。
「相手は風だから、鎧で守ろうにも隙間から入ってくる、と。なるほど厄介だ」
アマンダさんはお手上げと言わんばかりに肩を竦めた。正直に言って、魔法でしか戦えない私には特に相性の悪い敵だ。魔法が駄目と言われた時点で、何の案も出てこない。
「打開策のような話は残っていないのですか?」
「申し訳ございません、それらしいことは、何も……」
グレンさんの問いに、管理者さんは難しい表情で首を振った。神々がどのように封印を行ったのかという話は、代を重ねる間に伝え漏れたのか、全く聞いていないそうだ。
その後も知る限りのことは教えてくれたものの、その場ではすぐに打開策らしいものは見付けられなかった。
これ以上、管理者さんに問い詰めても仕方が無いと思い、私達は丁寧に礼を述べた後、宿へと戻る。
「とりあえず、伝承自体はかなり昔のことだ。現在の武器や兵器で全く歯が立たないかどうかは、未知数だね」
魔族封印は一回目の魔王封印よりも前のことだから、数千年前だ。武器が通用しないと言っても、今のような頑丈な武器であったかは分からない。
「それに、当時のものでも金属が砕かれた話は無いようですね。岩などは砕かれていたようですが」
先程アマンダさんが鎧のことを話していたけれど、『隙間から入ってくる』せいで意味は無いとは言え、金属自体は貫通してこない可能性が高いと思われる。……これが何かの突破口になればいいんだけど、まだ何とも言えない。
「ううむ」
ジェフさんは徐に愛用の大剣を掲げ、それを見上げた。私の両隣に居るグレンさんとイルゼちゃんが、咄嗟に私を守るように動いたので驚く。ジェフさんが私を攻撃するわけが無いのに。臆病な私すら怯えなかったことに、そんなに警戒しないでほしい。なお、そんな二人にジェフさんが気付いた様子は無い。
「今の剣だと心許ないが、……新しいもんを打つかぁ」
しばらく大剣の刃や柄を見つめた後、彼はそう言った。グレンさんが彼の表情を窺うように眉を顰める。
「何か手があるのか?」
「要は、武器が折れなきゃ良いんだろう?」
「お前は相変わらずバカだな! 武器が折れんでも、ジェフが先にひしゃげるだろ!」
普段通りの手厳しいアマンダさんの指摘に、ジェフさんも普段通りにガハハと豪快に笑った。
「俺が届く必要はねぇさ。適当に武器ぶん回して風を乱しゃあ、アマンダが届くだろうが!」
ガハハと続く笑い声に、皆がきょとんとした顔をする。私はすぐに意味が分からなかったのに、アマンダさんは一秒後には口角を上げてにやりと笑っていた。
「流石バカは無茶な案を出してくれるね。風の隙間を縫う矢を、あたしに射れってことか。ああ、悪くない。面白いじゃないか」
瞳を輝かせてそう言ったアマンダさんに、鳥肌が立つ。
本当に、無茶な案だと思う。なのに、彼女は少しも怯えていない。むしろ、ワクワクしているみたいにも見える。強い人って、どうして皆こんなにも勇敢なんだろう。
「だが、流石に魔法の風を読み切る無茶は難しい。何とかならないかね?」
魔法関連ということもあって、アマンダさんは私とグレンさんに問い掛けた。彼らの作戦を前提として、防御壁となる風に何かアプローチが出来ないか。
「風は魔法を吸収するのではなくて、弾くんですよね……」
ぽつりと自分の口から言葉が零れると、皆が私を見つめた。この時、二つのことが頭に思い浮かぶ。一つは、魔族攻略とは話が逸れるので飲み込んで、もう一つ。
「光魔法を工夫して、風を微かに光らせることは出来るかもしれません。グレンさんに少し手伝って頂ければ」
「私、ですか」
戸惑う声を漏らして目を瞬いたグレンさんに、私ははっきりと頷く。
「グレンさんは普段、自分の身体に風を纏いますよね。しかも攻撃や防御の際だけ、限定的に。それはかなり精度の高い魔法技術です。それを応用し、サポートして頂ければ」
光魔法は私しか扱えないものなので、これはグレンさんと私が連携して行う必要がある。鈍くさい私との共同作業なんて不安しかないと思うけれど、グレンさんは「私でお手伝いできることなら喜んで」と言って頭を下げてくれた。
「じゃあ作戦はそれで決まりだ。グレンとフィオナはその連携を練習でもしておいてくれ。おいジェフ、あたしの弓も作れるか? 金属を含んだ複合弓で、今よりずっと重いものが良い。限界までな」
「専門じゃねえが、経験はある。だが新しくしたいってことは、今の弓じゃあ射れない
「ああ、流石にそれはあたしが作るさ。本体だけ頼む」
「応、それなら任せとけ」
ジェフさんとアマンダさんが新しい武器を製作し、私とグレンさんが魔法の練習を終えるまでは準備期間となった。それぞれ細かい予定を立てる為に思考を巡らせ始めたところで、ぼんやり話を聞いていたイルゼちゃんがハッとした顔をした。
「待って。私のやることないじゃん」
「……あんたは前に大活躍したろ。今回は大人しくしとけ」
「えっ、嫌なんだけど!?」
何がそんなに嫌なのか私には少しも分からない。いつも誰よりも頑張ってくれているし、アマンダさんが言うように前回は彼女が火の魔族の気を引いてくれていなければ勝てなかった。アマンダさんはイルゼちゃんを見て、ちょっと面倒臭そうな顔になっている。その隣で、ジェフさんがまた豪快に笑った。
「風で色々ぶっ飛んでくるかもしれん、今度こそイルゼがフィオナを守ってやりゃいいだろう?」
考えていなかったけれど、確かに。風の魔族は岩を砕いて地面を抉ると言っていたし、木々があればそれも折れて吹き荒れる可能性がある。前の炎同様、みんなには避けることが出来ても私には小さな枝の一本も咄嗟には防げないだろう。勝手に少し落ち込んだところで、イルゼちゃんが私の頭を撫でた。
「うん、そっか。そういうことなら、まあいいや」
納得したみたい。しかしアマンダさんは、ちょっとだけ面倒くさい顔を深めていた。
「あー、そうだジェフ。武器を作る環境に何処か当てはあるのか? 鍛冶場が要るだろう」
「それは俺の方が手配できるだろう。少し移動は必要になるが」
話題を変えたアマンダさんに、グレンさんがジェフさんより先に答えた。封印地に向かうのは諸々の準備が終わってからになる為、少し長く滞在できて、且つ、武器を作れる環境のある街へと移動しなければならない。アマンダさんは頷き、「ジェフの街まで戻るよりはマシだ」と言った。確かにそれは嫌だなと、此処まで来た道程を思い返しながら私も小さく頷く。
「魔法の方はどのように進めましょうか?」
「ええと、まず私が魔法で細かい光の粒子を出すところから始まるので、ちょっと時間を下さい」
「分かりました、いつでもお声掛け下さい」
言葉にすれば一層、私がまず頑張らなくてはという思いが強くなる。私が出来ないと、進まないんだから。意気込んでいる間もさっきに引き続きまだイルゼちゃんは私の頭を撫でている。顔を上げたら、何処か嬉しそうに微笑んだ。
「フィオナは今から練習しに行くの?」
「うん」
移動は明日からと決まった為、此処で一旦解散。当然、私は早く魔法の練習をしなくては。
「じゃー私も付いて行く」
「え、でも」
「護衛が要るでしょ? 私も素振りしてるからさ」
「そっか、うん、ありがとう」
此処に居ても手持ち無沙汰だっていうのもあるんだろう。元々、イルゼちゃんはじっとしているのが嫌いな人だから。
「おいグレン、ちょっとあたしの方を手伝え、幾つか手に入れたい素材があってね、相談に乗ってくれ」
「分かった」
私達が部屋を出る寸前、アマンダさんはそう言ってグレンさんを引き止める。ジェフさんは、既にテーブルの上に紙を広げて新しい武器について考えを書き出していた。
「何か、グレンの言葉遣いって面白いよねー。間違えたりしないのかな」
「あはは」
私とイルゼちゃんに話す時のグレンさんは必ず丁寧な敬語で、一人称も『私』である一方、アマンダさんとジェフさんに話す時は敬語を全く使用せず、一人称は『俺』に変わる。切り替えに失敗するところを今まで一度も見ていない。「間違った時にどんな顔をするのか見てみたい」と言うイルゼちゃんを、意地悪だなぁって思ったけれど、私も少しだけ興味があるのは否定できない。そんな他愛のない話をしながら私達は村の外に広がる平原へと移動した。万が一にでも魔法が村へ入り込むことが無いように、少し距離を取る。
「何かさー、懐かしいね」
魔法練習を始めようとしたところで、私から数メートル離れた場所で剣を抜いたイルゼちゃんが言った。振り向いたら、視線だけを私に向けたイルゼちゃんが、目尻を緩める。
「小さい頃からさ、よくこうやって、私が素振りしてる横で、フィオナは魔法の練習してたでしょ?」
「ふふ、そうだね」
故郷の村を出る前までずっと繰り返してきたから、実際は懐かしいと言うほど遠いことじゃない。なのに、彼女がそれを懐かしいと言うのも分かる気がした。色々ありすぎて、ただただ平和に村でイルゼちゃんと過ごした日々が、随分もう前のことであるように思う。そして記憶を辿った私は、更にずっとずっと昔のことを思い起こした。
「……もっと前」
「ん?」
「前世の時は、私はただイルゼちゃんの稽古を見てるだけだったけど」
あの頃の私は本当に何も出来なかった。魔法の素養は、もしかしたらあったのかもしれない。だけど興味を示した覚えが無い。今の私よりも輪をかけて怖がりで、控え目であったことも理由だろう。けれど、何より、……いつも考えが甘かった。何も出来ない自分を悲しみ、焦る気持ちは確かにあったのに、今みたいな危機感はほとんど抱いていなかったのだから。
だからこそ、まだまだ足りないとしても。今の自分には意味がある。……少なくともそう信じていたい。
「今みたいにイルゼちゃんと並んでる方が、ずっと嬉しい」
私の言葉に、イルゼちゃんは少し目を丸めてから、「そっか」と言って、ふわりと優しい笑みを向けてくれた。
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