第30話
何だか、みんなの表情が硬い。でもとにかく今、私がしなきゃいけないことは魔族を再封印する仕組みを話すことだと思ったから、きちんと順を追って説明した。
女神様は、私達が失敗する可能性も当然、考慮されていた。もしも私達の失敗で魔族が解放されてしまったら、それだけでもこの世界に存在する多くの生命が危ぶまれる。だから、女神様は私の中に保険を掛けた。
「勇者の紋の中に、その術が入っています」
みんなは私の話を黙って聞いてくれている。だけどずっと表情が険しいままで、すごく怖い。何を怒られているのか分からないので、一言一言が全部怖い。だけどこれは大切な話なので、これ以上、黙っているわけにもいかなかった。
「私が命を落とした時に、神の石が傍にあれば発動するものです。石を利用し、その場で最も瘴気が強いものを巻き込んで、再封印を行います」
此処で言う『瘴気』は、人が持つような魔力とは全く違い、魔物、魔族、魔王などが有する特殊な気配のこと。だから不用意に人を巻き込むことは無い。普段、魔物と戦う時はやることがないくらいに余裕があるので、私が命を落とす可能性があるとすれば魔族と戦う時、または、大神殿へ戻って魔王の封印を解く時。当然、そこで魔王が出てくるのだから戦うことになる。現代の勇者様も居るし、解除直後だから魔族との戦闘よりは危険度は低いと思っているけれど、それでも魔王だ。一筋縄では行かないかもしれない。
つまり、今封印されている魔族と魔王。この解放を行う際に私が失敗すれば、何事も無かったかのように再封印される仕組みが女神様から用意されていた。魔王に関しては、正式な手順を取らない封印は、恒久のものとはならず、おそらく次代にも勇者の命が必要になる。だから、これは「以前と同じ形になる」というだけの保険だ。目的を果たすにはやはり、私は生きて魔王の再封印を完遂しなければならない。
「はあ、なるほど? それは賢い仕組みだなぁ、おい」
全てを説明したところで、アマンダさんがそう言った。口元は笑っているのに、目が全く笑っていない。
「えっと、その……お、怒って、ますか?」
「いいや。怒るのは多分これからだ。フィオナ、その術式が入った場合、あんたにどんな影響がある?」
私の肩が再び、ぴくりと震える。この話はしなくていいと思っていた。アマンダさんってどうしてこんなに鋭いんだろう。何処でそれに気付いたんだろう。思わず私は視線をアマンダさんから外してしまった。こんな反応をしてしまったらもう言い逃れられないと分かるのに。
「ええと、それは、その」
「あるんだよな?」
「……は、い」
強く詰め寄られ、逃げられないことを
「フィオナ……」
隣からイルゼちゃんが私を呼ぶ。反射的に顔を上げたら、心配と、悲しみを込めた目が私を見つめていて更に居た堪れなくなった。
「で、でも私が死んだ場合の、ことなので、その」
「教えて下さい、フィオナ様」
苦し紛れに言ってみるけれど、グレンさんにまで強く求められて、黙っている選択肢は無いのだと知った。だけど本当に、これは『保険』の話で、死んでしまった『後』のことなので、私自身あんまり深刻に捉えていなかったし、こんなにみんなから心配されるとは思っていなかった。
「は、発動時に、私の魂の一部を使います、ので、最悪の場合は魂が破壊されて、転生も叶いません。その場で消滅、します」
「何それ……」
イルゼちゃんの声が震えたから、ハッとして顔を上げる。今、私達の魂は繋がりが付与されている。私の魂だけの話じゃないように聞こえても仕方が無い。――と思ったのだけど、イルゼちゃんはそこを心配したわけじゃないんだって、気付けなかった。
「あ、でもイルゼちゃんの魂は関係なくて、多分、繋がりが消えるだけで」
「そんなことどうでもいいよ!」
大きな声で怒鳴られてしまってまた身体を縮める。この話し合いだけで私の身体、ちょっと小さくなったんじゃないかと思う。いくら怒っていてもイルゼちゃんが私をぶつようなことが無いのは分かっているものの、反射的に身を固くしてしまう。アマンダさんがちょっと苦笑交じりに「どうでも良くはないが」と言った。
「まあ、イルゼの発言は置いておくとして……、フィオナ、あんたはどうして何でもかんでも一人で背負う」
「いえ、だからこれは保険の話で……それに、魂の消滅も、『最悪の場合』です。私の魂は、元々かなり丈夫らしいので、消滅にまで至る可能性は低くって、だから」
「それでもだ」
語気を強められて、思わず口を噤む。これ以上ないくらい身体はもう縮んでいる為、縮めようと思ったけどもう小さくなれなかった。そんな私の様子を見たからか、次に続いたアマンダさんの声はいつもよりも優しかった。
「頼むから、あんたに掛かってる負担やリスクを、あたしらにも共有してくれ。あんたを犠牲にして、あたしらがこの旅を『善』だったと言えると思うのか」
「……すみません」
アマンダさんの言う通りだ。他の誰かが同じ立場だったら、私は嫌だし、それを『善』だとは言えないと思う。結局私はいつだって、独り善がりで、自分のことばかりを考えている。
俯いたら、アマンダさんが手を伸ばして私の頭をわしわしと撫でてくれた。どういう意味なのかよく分からない。イルゼちゃんが腕を回して、肩を引き寄せてくれたのも、温かくてホッとしたけれど、やっぱり、どうしてなのか分からなかった。
少し静かになった部屋の中、グレンさんが小さな咳払いを一つ。
「私としてはまだ懸念があります。その仕組みがあったとしても、魔族を取り逃してしまう場合や、戦火が近隣に及ぶ可能性は考えられませんか?」
話を元に戻してくれようとしたらしい。応じて、私は少し顔を上げる。さっきアマンダさんが撫でたから髪が大いに乱れているのだけど、何故かそれは今イルゼちゃんが丁寧に手櫛で直してくれていた。目が合うとイルゼちゃんは普段通り柔らかく笑ってくれて、さっきまで力が入っていた私の肩が、緩んでいく。
「……そう、ですね。確かに、可能性がゼロではないです」
封印地は、大神殿や封印の祠同様、特殊な術で守られている空間だ。その場で戦う限りは、外部への影響はほぼ考えられない。ただ、魔族が外に出ることを防ぐ仕組みであるわけじゃない。
「つまり私達を殺すより先に、『出ること』を魔族が優先しちゃえば不味いんだね」
「うん」
失念していたけれど、それは結構、危ういことであるように思えた。魔物と違って、魔族には知恵がある。人間に負けると思ってはいないだろうが、危機を感じた時点で、逃げようとする可能性は大いにある。
「ではそれには、私の命を使いましょう」
「おい、グレン?」
アマンダさんが眉を寄せたけれど、グレンさんは彼女の発言を止めるように手で制して、私の方を真っ直ぐ見つめる。もしかして、口にしないだけでグレンさんもちょっと怒っていたのかな。そう思うくらい、視線が鋭かった。
「我が一族は封印術に長けております。術式の構築には一族の者も手伝わせますが、私の命を『鍵』として、私が解呪するか、私を殺さない限り解けない封印で、空間を塞ぐのです」
「待ってください、その封印は、……グレンさんも出られないものですよね?」
「はい」
魔族を留めるほどの術としたいなら、それ相応の魔力と、『代償』が必要になる。封印を解く鍵である自分自身も中に封じることで解呪のリスクを跳ね上げる。その分、封印の力は強くなる。術の構成によっては他の皆は外に出られるかもしれない。だけど、グレンさんだけは、自分の意志で解呪するか、魔族に殺されてしまうまで解放されない。つまり、危険を感じても咄嗟に外へ逃れるという手が取れなくなるのだ。
私は簡単に同意を示すことが出来なかった。そのような封印を施して魔族を足止めする必要があるのは分かるけれど、他にも封印の力を上げる方法はないかを考えようとした。でも、皆が動く方が早かった。
「それじゃあ、お前が死んだら解ける。リスクは一緒だろ。……全員の命は使えないのか?」
「アマンダさん!」
「いいじゃん、それ。みんなで命懸けてる感じするね」
「ちょ、ちょっと、イルゼちゃんまで」
上手く構成すれば、命を懸ける人数が増えるだけ、封印の力を強めることは可能のはず。だけど全員が一定範囲から逃れられない縛りを付けた上で戦うということは、その範囲を上回るような高位の範囲魔法を使われてしまったら、抗う術が無くなってしまう。
「皆で戦うんだよ、フィオナ。背負うものは、皆で分けたいよ」
「でも……」
「なあに、全員が生きて、魔族をやっつけちまえばどうってことないわ!」
ずっと心配そうな顔で成り行きを見守ってくれていたジェフさんも、そう言っていつものように豪快に笑った。
「そういうことだ。フィオナ、あんたの言い分もそうだったろ?」
「そ、そうです、けど」
「決まりだ。おいグレン、何とかしろ」
もう決まってしまったらしい。グレンさんは眉を寄せたものの、全員の命を懸ける提案に対して不満があったというより、「何とかしろ」という無茶な丸投げに対して思うところがあるような顔だ。私以外の全員がこの案を推している。
「分かった。フィオナ様を除いて――」
「い、いえ、それだと、私も含めて頂かないと、私だけ残されてしまったら」
案についてはもう仕方が無いものの、この一点だけは譲れない。慌てて口を挟んだらアマンダさんは明らかに嫌そうな顔をした。だけど言い分は理解してくれたらしい。少しの沈黙の後で「仕方ない」と言って、結局、五人全員が死ぬか、残った人間が全員で解呪しないと解けない、そんな封印を施した状態で、魔族と戦うことに決まった。
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