第29話 火の封印を守る村 ガク

 封印地の東にある村の名はガクと言うそうだ。到着するとすぐに、管理者の方とお話しできることになった。グレンさんの一族の方々が既に話を付けていてくれたらしい。

「決して、解いてはならぬ封印と、代々伝え聞いておりましたが……」

 重苦しくそう告げたのは、村長にあたる、高齢の男性だった。村長一家が代々、封印地の管理者を務めてきたのだと言う。

「存じております。女神様もその危険性は触れておいででした。しかし、魔王を止める為には必要なことなのです」

 グレンさんが静かな声で、男性に話してくれる。私のような子供が話すよりはずっと信頼して頂けるだろう。お任せするのは申し訳ない気がしたけれど、そのままグレンさんが必要性を説いてくれるのを私達は黙って聞いていた。そして求められた時にだけ、私の持つ勇者の紋をお見せした。この紋は、本来であれば魔王封印が解ける千年に一度しか宿されることが無い。そのことだけは一般市民にも知れ渡っている為、特殊な事態が起こっているのだという証明には足るものだと思う。

 それを見てようやく、管理者さんは詳しいことを話してくれた。

「仰る通り、あの地には火属性の魔族が封じられております」

 その魔族はこの火山の地を中心に、広範囲に亘って人々の住処を焼き、人が立ち入ることの出来ない不毛で灼熱の大地にしてしまった。しかしそれは勇者が初めて魔王封印を成功させたよりも前のことだ。神々がその魔族の行いを憂い、神の石を使ってあの地に封印した。

 魔王封印と違ってその封印は恒久のものであり、外部から能動的に封印を解かない限りは解放されることは無い。きっと使用されている礎が人の魂と違って、消耗されることのないものだからだろう。

「それって、例えば魔物とかが解放しちゃうこと、無いの?」

 イルゼちゃんがそんな疑問を口にする。魔王が復活している期間ならば特に彼方此方に魔物が出没する。封印地も例外ではないだろう。そんな中、管理者さんが一人で守り通してきたことを疑問に思ったようだ。けれど管理者さんは迷わず首を振って懸念を否定した。

「魔物は知恵を持たないモノの為、そのようなことは出来ません。人であっても、侵入したところですぐに解くことは叶いません。封印の術を深く解析し、解呪方法を突き止めなければ」

 神が用いた術でなかったとしても、往々にして、術を『解く』というのは難しい。解析に時間が掛かることもあるけれど、基本的には術者の能力を上回る必要があるからだ。今回はその『術者』が『神』であることから、強引な解呪は不可能と思われる。その為、封印地を『立入禁止』として管理者を置いていると言っても、強固な警備などは特に敷かれておらず、定期的に様子を見に行って、変化が無いことを確認しているだけなのだそうだ。

 だから魔物や、部外者が万が一そこへ立ち入っても大丈夫――という点を理解したイルゼちゃんは、一拍置いてから改めて、首を傾けた。

「あれ? 私達って……どうなるの?」

 逆に不安になったような顔で此方を振り返るので、ちょっとだけ口元が緩む。私が事前に話していなかったことが悪いのだけど、その様子がどうしても可愛らしかったのだ。

「大丈夫、私が解呪できるよ」

 強引な形ではない解呪というのも存在する。術者、またはそれに等しい存在が、元より定めていた『鍵』を使って解呪するやり方だ。その場合は本来の術の力を上回る必要は無い。このような封印術には必ずその方法が存在する。そのような構成でなければ、術の強度が保てないのが理由だ。

 今回、私は勇者の紋を通して解呪の権利を付与されているし、女神様から与えられた知恵で、解呪方法を知っている。私がそう説明すると、みんな納得して頷いたのに、アマンダさんとグレンさんは、やや眉を顰めてしまった。

「つまり、解呪には必ずフィオナが必要なんだな」

「そ、そうなります。いえ、元々、皆さんだけを行かせようなんてつもりは」

「いいえ、私としては、正直それを選択肢として残しておきたかったのです。フィオナ様を失えば先に進めなくなりますから」

 まさかそんなことを考えられていたとは思わなかった。思わず言葉に詰まってしまうと、思案した顔をしながらグレンさんが言葉を続ける。

「私などで代わることは出来ないものですか?」

 グレンさん、本気で私を後ろに下げるつもりだ。慌てて首を振った。例え可能だとしても、みんなの後ろに隠れてこの務めを果たすことになったら、後悔が永遠に払拭されなくなってしまう。そして事実、この解呪に私は必須であり、他の方法を取ることは出来ない。

「すみません、あの、勇者の光が必要になりますので」

「……なるほど」

 つまり解呪の権限があるのは勇者の光だ。グレンさんが明らかに落胆の表情を浮かべた。心配してくださる気持ちはありがたいけれど、こればかりは引き下がれない。申し訳ない気持ちで少し肩を縮める。

「では、魔族の能力については、何か情報はありますか?」

 気を取り直したグレンさんが最も知りたかったことを管理者さんに問い掛ける。それに対し、管理者さんが明らかに表情を青ざめさせた。私達の間に緊張が走る。

「火属性の魔族は、当然ながら上級の魔物を遥かに上回る火力を持ち、その魔力量はおよそ無尽蔵だと伝えられております。しかし、何よりも恐ろしいのは――」

 正直、『無尽蔵の魔力』という情報の時点でかなり難しい相手だと思った。長期戦になれば間違いなく此方が負けるからだ。かつての神々や人類も魔族の『消耗』を狙ったことがあったものの、失敗に終わったことからこの情報が伝えられているのだろう。しかし、管理者さんは更なる脅威があるのだと言わんばかりに声を震わせる。私は恐怖に負けないようにぐっと身体に力を込めた。

「この魔族には、弱点である水属性の攻撃が一切、効かないのです!」

 恐怖を宿して震える管理者さんの声に、咄嗟に私の身体も震えてしまったのだけど、内容を反芻して、目を丸める。思わずイルゼちゃんを見上げれば、私と同じ顔をして此方を見下ろしていた。

「あー、誰か水属性、居たか?」

 アマンダさんの言葉に、その場が静まり返る。私達の中で、水属性の魔法を操る人は誰も居なかった。

 その後も管理者さんが持つ全ての伝承を聞かせてもらったけれど、火の魔族が持つ脅威はその魔力量と、火力と、水属性無効の性質だけ。頭に浮かんだ言葉は一旦飲み込んで、私達は管理者さんのお宅を辞去して別の休める場所へと移動した。

 この村に宿屋は無かったようだけれど、グレンさんの一族の方々が空き家を借りて整えて下さっていたらしい。火の魔族を攻略するまでは此処を拠点に出来る。何から何まで、本当にありがたい。

 そして改めて、全員で火の魔族攻略について話し合う。最初に口を開いたのは、ずっと我慢していたイルゼちゃんと私だった。

「正直、その三つだけなら、大丈夫かなって感じがするんだけど」

「うーん、私もそんな気がする……」

 アマンダさんが、私達の言葉に片眉を上げて首を傾げた。臆病な私までイルゼちゃんと一緒になって楽観的とも取れる発言をしたことが、意外だったんだと思う。

 まず、水属性がこの中に居ない以上、その難点はあって無いようなもの。あとは火力と魔力量。それだけでも脅威なのは間違いない。でも私の中では、印象が強すぎるのだ。前世でイルゼちゃんが、祠の最奥に居た火の魔物を、同属性の魔法で溶かした戦い。

 丁寧にそれを語れば、アマンダさん達は唖然としていた。勿論、アマンダさん達も同じように神殿で強大な火の魔物と戦った経緯はあるそうだけれど、勇者であるルードさんが水属性の魔法を扱えたことから、有利に戦えたらしい。あの時のイルゼちゃんみたいな戦い方はやっぱり無茶なんだなって、今更ながら感心する。

 だけどそれなら、あの時みたいに同属性で押す作戦はやっぱり無茶なのかな。少し不安になってイルゼちゃんを見上げると、どうしてかイルゼちゃんは、少し不機嫌な顔で目を細めていた。

「……へえ。勇者も、魔法剣士なんだ」

 そう呟くイルゼちゃんの声のトーンが、明らかに低い。どうしたんだろう。驚いてじっと見つめていたら気付いたイルゼちゃんが、目を緩めて微笑んだ。イルゼちゃんの向こう側に居たアマンダさんがちょっと呆れた顔をする。一体、何だったんだろう。

「あの時は魔物を目の前にして『勝てる』って思ったからやったんだけどさ、実際、火属性の魔法って攻撃力重視で、あんまり搦め手がないでしょ? 今回もその可能性高いんじゃないかって思うんだけど」

 まだ顔を見つめていた私の視線を遮るみたいに頭を撫でてきたイルゼちゃんが、そのまま考えを口にする。そして彼女の言葉は納得の出来るものだった。

 実際、火属性の魔法というのは地水火風の四属性の中では、最も攻撃力が高い。そしてその分、特殊な能力は持たない、いや、持たせられない。発動タイミングをずらす程度のことは出来るものの、結局、魔法が発動すれば攻撃をしてくるだけ。そんな特徴を持つ火属性に於いて、『水属性を無効化』する能力を付けていること事態が異例であり、そんな無茶を通しているのなら、幾ら魔物よりも上位の『魔族』という存在であっても、それ以上の特殊能力を可能性は限りなく高い。おそらく、対峙すれば火力のみの勝負となるだろう。

「なるほどね。その単純さは、最初の相手には最高かもしれないねぇ」

「だが油断は禁物だ。その『火力』がどれほどのものであるか、まるで分からない」

「ああ。だけどね、考えることが少ないに越したことはないだろ?」

 グレンさんの不安と懸念も、臆病な私だからこそよく分かる。けれど今回ばかりは私もアマンダさんの意見の方に近い。取るべき対策は火力のみ。そして此処を越えればもしかしたら、火力勝負は終わるかもしれないのだ。自分達の持つ火力で、この使命を越せるかどうか。この戦いでハッキリさせられる気がした。

「だが、もしあたしらが失敗すれば、その魔族を解放しちまうことになるんだよな」

 難しい表情で俯き、その可能性を口にするアマンダさんに、私の肩がぴくりと震える。イルゼちゃんがすぐに気付いて、顔を覗き込んでくる。アマンダさん達は気付いていない。

「失敗をする気は無いが、万が一に備えて村には避難準備をさせるべきかね?」

「そうだな、国王陛下にご連絡して、この村の避難先を」

「あ、あの、一応それは、大丈夫、です」

 話し合っているお二人を止めるように口を挟むと同時に、イルゼちゃんからの視線にも「大丈夫」と示すように軽く笑みを向けた。

「大丈夫とは?」

 不思議そうな顔でグレンさんが首を傾けるので、改めて二人に向き直って、話すべき内容を頭の中で整理する。

「ええと、失敗した場合……というか、私が死んだら、その場で魔族の再封印が発動することになってます」

「……は?」

 急に低い声でアマンダさんが反応した。あ、話しそびれていたこと、怒っているのかな……。思わず肩を縮めたら、身体が傾いてイルゼちゃんにぶつかる。謝るつもりで顔を上げると、イルゼちゃんの表情も凍り付いていた。

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