第31話 火の封印地
魔族を
そうしてこの村に着いて四日目。封印術が完成したとのことで、決行は明日になった。みんなで一つの部屋で休む中でも、相変わらずイルゼちゃんの腕の中が私の寝る場所。今まではずっと男女で部屋を分けていた為、グレンさんとジェフさんの前で同じベッドに入ったのはこの村が初めてだったものの、二人はアマンダさんのようには反応しなかった。お二人があまりにあっさり受け止めたことに、逆にアマンダさんの方が落ち込んでいて、私はこっそり心の中で謝罪した。一番、真っ当な感性をしているのがアマンダさんだということは分かっているんです。ごめんなさい。イルゼちゃんが気にする様子は、当然のように全く無い。
「よし、じゃあ最終確認も終いだ。全員しっかり休んで、明日に備えよう」
魔族を滅するまでの段取りをしっかり確認して、全員、ベッドに入る。枕に頭を乗せた後、私は小さく息を吐いた。いよいよだと思えば、やっぱり緊張する。こういう時ばかりすぐに気付いてくれるイルゼちゃんが、身体を横たえる前に、私の頭を優しく撫でた。
「心配ないからね、フィオナは私が絶対に守るから」
「……うん」
相変わらず『甘やかそう』としている言葉に笑いながら、今だけはと少し『甘えて』頷く。イルゼちゃんの温かい手が頬を滑る心地良さに目を閉じると、イルゼちゃんの後ろの方でアマンダさんの咳払いが二つ響いた。
「オイオイ、あたしらを忘れるんじゃない。子供を守るのはあたしらの役目だぞ、なあ、グレン、ジェフ」
「当然だ」
「ああ、何より俺は、女子供を守れとリアにも言われている!」
アマンダさんの言葉に間髪入れずグレンさんとジェフさんが答える。守ってくれる人が多い。前世もそうだったけれど、戦える私になったのに守ってくれようとする気持ちが、何処かくすぐったく思う。
「そうだったな、身体張れよ、ジェフ」
「応、任せろ!」
イルゼちゃんが小さく「頼もしいね」と苦笑しながら呟いたから、私も少し笑う。消灯をする頃には、身体を横たえた瞬間よりずっと、私の中から緊張と恐怖は薄らいでいた。
翌朝、天候にも恵まれ、順調に火山の奥に向かって進んでいく。
「流石に火山までは変わらないねー、何か、懐かしい感じ」
山の形を眺めるイルゼちゃんが不意にそう言った。前世とは違う場所を進んではいるのだけど、見ている山自体は同じものなので、何処となくその形状や雰囲気は似ているのだ。山道ということで、体力的にも運動能力的にも不安がある私は足元ばかりを見ていたけれど、言われて改めて眺め、同じ思いを共有した。
「まあ、あたしらだって似たようなもんだな、十七年ぶりってわけだ」
アマンダさんの言葉に、そういう意味では私とイルゼちゃんの感覚も同じくらいだなと笑う。ただ、私達には流れた時間が千年追加され、その分の大きな変化が、私達の間隔を置き去りにして存在しているだけで。
「だが以前と比べれば熱気が少なく、随分と歩きやすくはある」
付近の魔物を警戒していたグレンさんも会話は聞こえていたようで、そう呟く。その言葉には、全員が一斉に感慨深く頷いた。火の魔物が溢れかえっていたこの地域は、本当に、嫌になるほど暑かった。
「フィオナも大丈夫そう?」
「うん、平気」
私達の前世が平和だった頃と比べれば魔物は多いのだけど、魔王が復活してから訪れた時と比べれば雲泥の差だ。熱気がマシな分、体力の心配が減って安堵していた。当時と違って今回は私も戦うのだから、到着時にへとへとになっているような事態は笑えない。
それでも私を気遣ってか、いつもよりもずっとゆっくりしたペースで進み、封印地に着いたのは昼を少し過ぎてからだった。祠と同様に、それは洞窟の奥に存在する。少し手前で昼休憩を取った後、グレンさんとジェフさんが先に入り、内部の状態を確認してくれた。
「フィオナ様が仰る通り、特殊な力によって守られていますので、中で激しい戦闘となったとしても、崩れることはなさそうです」
「他に魔物は?」
「二体ほど弱いのがおっただけだ! 片付けておいた!」
最初から全員で行った方が良いのではないかと思ったし、お二人が先に入ると言った時にもそれは伝えた。だけど、もし洞窟が入り組んでいたり、思いも寄らない罠があったりした場合、目的地に着く前に全員の体力が削られてしまう。体力に余裕があるグレンさんとジェフさんが先行することで、全員が余裕のある状態で目的地に辿り着きたいのだと説明された。これはグレンさんとアマンダさんの案だ。お二人は常に思慮深くて尊敬する。私だけだったら絶対に思い付かなくて、無為に体力を消耗したことだろう。
情報共有を終えて、ようやく全員揃って中へと入り込んで行く。お二人が予想した通り少し入り組んでいたけれど、先に入ってくれたお陰で道も迷うことが無い。最奥に入り込めば、広い空間に出た。天井もかなり高い。道中が緩やかな下り坂だったから、既に私達が居る場所が結構深いようだ。
「フィオナ、大丈夫?」
立ち止まって天井を見上げていたら、イルゼちゃんが傍に来て私の背に腕を回す。その腕の温もりを感じると、反射的に私の身体は安心して緩んだ。
「うん」
いつの間にかみんなの視線が集まっていた。解呪は私がやらなきゃいけないんだから、私がぼんやりしていたら全員が止まってしまうのは仕方が無い。奥にある祭壇の方へとみんなと一緒に歩み寄る。石碑の中央に、琥珀色の美しい石が埋め込まれていた。
「これが神の石?」
「うん、そうみたいだね」
イルゼちゃんが石を指差して私を振り返る横で、グレンさんは身を乗り出すようにしてそれを注意深く確認している。
「破壊して取り出すことも出来ない仕組みのようですね」
曰く、グレンさんには術式を大まかに解析することや、魔力の流れを読むことが出来るらしい。一族に代々受け継がれる術の一環だそうで、封印術に長けているのもその一つなのだろう。
「なるほど、やはり解呪ありきってわけだ」
最初からそういう話だったのに、グレンさんとアマンダさんはまだ諦めていなかったのか。軽く落胆している様子に、何と言えばいいか分からなくて苦笑を零した。
「さて、耐火装備はしているが、どの程度、凌げるかねぇ」
両の手を強く叩いて、空気を変えるようにアマンダさんが呟く。空間に響いた音が、私達に気合を入れてくれているような気がした。自然と背筋が伸びる。
「とにかくフィオナとイルゼは詠唱に集中、あたしらは弾避けだ。頭の悪い作戦だが、シンプルでいい」
「ははは! そうだな、俺は考えるのが苦手だからそっちが嬉しい!」
ジェフさんが胸を張ってそう言うのを、みんながちょっと苦笑いで受け止める。私はゆっくりと深呼吸した。みんなのお陰で、不安と緊張は、ずっと和らいでいる。
「では、封印を解きます。良いですか?」
「応!」
「やってくれ」
「いつでも問題ありません」
イルゼちゃんだけは何も言わず、ただ、柔らかく私の背に触れて、目を合わせて微笑んでくれた。みんなが居てくれる。きっと大丈夫。喉元のボタンを外して、勇者の紋を晒す。隠したままでも良かったのかもしれないけれど、力が解放される時に服がどうなるかちょっと分からないので、念の為、開けておいた。
唱える解呪の言葉は、神の言葉だ。私達が普段扱うものじゃない。それでも意味が何となく分かるのは、今の私には女神様の知恵が与えられているからなのだろう。前世では、ヨルさんに教えてもらって唱えた言葉の意味は一つも分からなかった。喉元が熱くなる。直接、私から紋は見えないけれど、光っているようだ。次第に私の周りが明るくなっていく。
「――
最後の言葉を呟くと同時に勇者の紋が更に強く輝き、石碑は砂となって崩れた。石碑があった場所の空間がぐにゃりと歪み、そこから真っ赤な身体を持つ、人型に近い魔族が現れる。ただそこに居るだけなのに、威圧されて、私の身体が竦んだ。
手足と頭部からは炎がめらめらと立ち上っているが、当然、熱くはないのだろう。深紅の瞳が私を見据えて、口元がにたりと笑みの形を作った。
「ふむ。魔王様の気配が無いな……まさか、魔王様の解放を前に、俺が解放されるとは思わなかった」
魔王であれば、魔族封印の術を解析して解呪することは不可能ではないだろう。あれは神々が姿を失ってしまうほどに力を注がなければ封印が出来なかった存在だ。魔族封印に込められた魔力を上回れる可能性は高い。この魔族も、どうやらそれを待っていたらしい。
「まあ、何でもよい。お前らが俺を解放したか。……何を望む?」
魔族は五人全員を舐めるように見つめた後、私で視線を止めた。勇者の紋を持っているとは言え、魔族が存在していた時代には無かったものだから、知っているわけがない。ならこの魔族は、別の理由で、私が解呪をしたことが分かるのだろうか。思わず後退りそうになるのをぐっと堪えることに必死で、言葉が出てこない。グレンさんとイルゼちゃんが、私の前に出てくれた。
「お前に望むことなど何も無い。俺達はただ、お前を滅する為に解放した」
「ふ」
グレンさんの言葉に、魔族は口元を歪め、小さな息を零す。それが笑いであると分かったのは、この広い空間に強く鳴り響くほどの笑い声が、魔族から零れた後だった。
「ふははは! ならば話は早い。俺はお前達を焼き、再びこの地を俺だけの火の海にしよう!」
魔族の身体に纏わり付いていた炎が巨大化し、まるで生き物のように動き始めた。
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