第19話

 一度、グレンさんと王都へと戻り、国王陛下に大神殿で起こった全てをご報告する。陛下は、封印が綻びつつあるという話には顔を真っ青にしていた。あれは王族と導き手の一族が力を合わせて守り続けていたものであるだけに、それがいつか無になるということは、簡単に受け止められるものではないのだろう。

「……其方が記憶を持ち転生したことも、神の思し召しだったのかもしれぬ」

 静かにそう言った王様は、私達の旅に対する全面支援を約束してくれた。戦力支援についてはグレンさんが「当てがある」という言い方で一旦保留の形に留めてくれたので、もしもの場合にも、円滑に話が進むだろう。謁見の場を出た後でお礼を言ったけれど、グレンさんは一緒に来られないことに負い目を感じているのか、何処か申し訳なさそうにしていた。

「それにしても、勇者の仲間って今いくつ? 戦えるの?」

「グレンさんに失礼だよ……大体、ヨルさんだってものすごく強かったじゃない」

 勇者の仲間の一人である彼を目の前にしていることを失念していたのか、イルゼちゃんは私の言葉を聞くと少しだけ焦った表情で目を瞬き、グレンさんを振り返った。

「あー、確かに。ヨル爺もグレンもめちゃくちゃ強いわ、ごめん、偏見だった」

「いいえ、確かにあの頃と比べて、腕が落ちた者も居るでしょう。今は平和ですし、私のように未だ鍛錬を続けているとは限りません」

 相変わらずグレンさんは怒りもしなければ笑いもせず、淡々とそう述べる。本当に気を悪くしていないらしい。心が広いと言うかなんと言うか。毎回ちょっと感心してしまう。

 閑話休題、勇者様のかつての仲間は、グレンさんを含めて三名。一人は男性で、当時は傭兵として働いていた人。彼は勇者様が紋章を賜る前から、元々、一緒に旅をしていたそうだ。もう一人は女性で、山奥の村で狩人として生計を立てていた人。その村が第三の祠の近くにあり、縁あってそこから同行したということだった。

「今は連絡を取っておりませんので、もしもこの地に居ないようでしたらご一報ください。居場所を調査いたします」

「はい、ありがとうございます」

 お二人が居ると思われる場所の詳細と地図、それからグレンさんと連絡を取る時の連絡先などを教えてもらう。今日の内に旅の支度を済ませてしまって、明日の早朝には出発したい。イルゼちゃんとその話をしていると、途切れたタイミングでグレンさんが再び口を挟んだ。

「護衛は付けますか?」

「いえ。今は勇者の紋もありますし、イルゼちゃんが居るので」

「任せてー。フィオナの護衛は前世からだし、慣れてるよ」

「あはは……」

 前世のことを言われてしまうと耳が痛い。だけどそんなイルゼちゃんが居て、今世は私も少し戦える。王都までの道のりと同じ要領で、問題ないと思えた。ただそれでもグレンさんは心配らしく、必要になったらいつでも連絡してほしいと念を押されてしまう。でも案じてくれる気持ちは素直に嬉しい。大人しく頷いておいた。

 そして翌日、私達は王都を出発する。故郷への手紙は私もイルゼちゃんも既に出した。イルゼちゃんと一緒に王都に居たこと。これからまた別の場所に向かうけれど、その先でも必ず手紙を出すという約束。前世のことや、魔王のことは伝えない。まして、これから魔族と戦うことになるなんて、言えるはずもない。

「それ、紋章を隠してるの?」

「あ、うん、そう」

 私の服は、昨日までのものと少し違って、ボタン付きのハイネックにしていた。昨日までは丸襟で、紋章が見えてしまっていたのだけど、今の時代は魔王が封印されていて勇者は居ないはずだから、無用な混乱を招かないように、と思ったのだ。そう伝えると、イルゼちゃんは納得したように頷いていた。

「じゃ、行こうか。此処から十日くらい掛かるんだよね?」

 最初に、女性が住むという山奥の村、ラカンを目指すことにしていた。直線距離ではそう遠くないのだけど、安全を考慮して、森や河を幾つか迂回することにしたら結構な道程になってしまった。だけど今回の旅は、前世と違って時間がある。安全が一番だ。イルゼちゃんもその考えには賛同してくれている。ただ、目的地が目的地なだけに、楽ばかりは出来ない。

「山奥か……私の体力が一番心配かも」

「あはは」

 平原を歩くだけでも、一日歩き詰めだったら夕方の早い時間にはもう歩けなくなってしまうことが多い。山を登るなんて、半日が限界だ。いや半日も持たないかもしれない。魔物と戦闘することになってしまえば更に体力が削られる。不安要素しかなかった。

「っていうかフィオナ、剣を二つ持つのは邪魔じゃない? 杖まであるのに」

 王都を出て歩き始めてすぐ、イルゼちゃんが私の腰を指差した。杖が一本と、短剣が二本。勇者の短剣があるなら元々持っていた短剣は使う予定が無い。けれど私がいつまでもそれをぶら下げているから、疑問に思ったらしい。もしくはその状態で歩いている私が頼りなく見えたのかも。

「少し邪魔なんだけど、でも、勇者の短剣の方は重さが無いから」

「ああ、そうだったね」

 前世の時も、重さを感じないと知っても大剣を抱える私をいつも心配していたイルゼちゃんだから、今回もちょっと忘れて心配してくれたみたい。本人もそれを思い出したのか、可笑しそうにしている。

「それに勇者の短剣は、いつか返すものだし、こっちも捨てたくなくて」

 女神様から貰ったこの短剣がずっと使えるものなら、元の短剣を不要と思えたかもしれない。けれどこれは、旅の目的が果たせた後にはもう私の手に残らない。その後、元の短剣はまた必要になるのだ。改めて買えばいいと言われればそれまでなのだけど、初めて自分のものとして手にした短剣だから、既に結構な愛着があった。しかし、改めて言葉にしてしまえば、下らない拘りだっただろうか。言いながら気恥ずかしくなってくる。でもイルゼちゃんはそんな考えを抱いた様子など無く、むしろ何処か嬉しそうに目尻を下げていた。

 前の旅とは違って私には『旅の後の未来』があって、その先を考えていること、嬉しく思ってくれているのかな。

「じゃあ今はそっちの短剣、私が持ってるよ」

「え、でも」

「私の方が体力はあるからさ、ちょっとでも楽なようにしときなって」

 イルゼちゃんに不要な負担を掛けることを避けたい気持ちもあったけれど、ついさっき抱いた不安を思い出す。体力の無い私が山を登るのだから、短剣が一つ減るだけでも大きく違うだろう。山の中腹でバテてしまう方が、よほど掛ける迷惑が大きそうだ。

「うーん、……じゃあ、うん、お願い」

 もしイルゼちゃんが負担に感じる様子があればまた戻してしまったらいい。そんな気持ちでお言葉に甘えて使わない方の短剣を預けると、イルゼちゃんはそれを、いつも長剣を差している左腰とは逆の、右腰の方へと取り付けた。その状態で少し身体を動かした後、何だか楽しそうに笑う。

「意外と良いね、左右の重みに良いバランスが出るよ」

「あはは」

 何だか気に入っちゃったらしい。私がいつかそれを返してもらう時、イルゼちゃんは別の短剣を購入しそうな気がした。

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