第21話(完)

 二人の身体から溢れた光は霧が広がるように勢いよく噴き出し、『記録』の役目を負うはずのヨルムントとサリアも思わず目を閉じて顔を守るように両腕で覆った。光と共に吹き荒れた強い風に、ダンすらも煽られて一歩後退する。

 風が止み、目を開けていられない程の光が消えた後、三人が顔を上げればそこはまるで違う場所に飛ばされてしまったかのように変化していた。封印を成した祠が姿を変えるところを五度も見た彼らですら驚くほどの変化だ。崩れてしまっていた柱はしっかりと天井を支え、幾つも穴が開いていた天井はもう、見上げても空が見えない。床には一つの小石も無く、魔物らの爪痕など一切残されていなかった。大神殿はあたかも、中央に立つ少女二人の石像の為に今建てられたかのような美しい姿となっていた。

 ダンはゆっくりとその神殿の奥へと足を進め、少女らの像を見上げる。それが、つい先程まで言葉を話し、表情を変え、確かに生きていた二人の少女であるのだと、彼には信じることが出来ない。

「あーあ……」

 気の抜けた声を漏らすと、彼は手にしていた斧を足元へと放り、その場に座り込む。斧が転がった先に出来た小さな傷跡が、この大神殿の最初の傷だ。神聖な空気だけが漂う大神殿の美しさは、間違いなく勇者の旅が無事に終わり、魔王が再び封印されたことを示しているのに、残された三人が万歳をしてこの結末を喜ぶことは無かった。

「こんな振られ方があるかよ」

 俯く彼は目を押さえている。涙を流しているのかどうかは、傍から見るだけでは分からない。ただその大きな肩は、少しだけ震えていた。

 サリアも彼の隣へと歩き、そこから二人の石像を見つめて目を細める。表情を歪めるでもなく、声を震わせるでもなく、ただ静かに彼女の頬には涙が伝い落ちた。

「ダンの失恋も、歴史に残してあげるよ」

「やめてくれ」

 二人の頼りない後姿を眺めるヨルムントは、立っていた場所から動こうとはしない。だが彼の視線も真っ直ぐに、少女らの像へと向けられている。

「このような結果も、歴史には無い。まさか勇者の剣が、『道連れ』を認めるなどと」

 誰に伝えようとするでもなく、ヨルムントはそう呟く。フィオナがイルゼを呼んだ時点では、勇者の願いとは無関係に、結局はフィオナだけが石像となるのではないかと彼は思っていた。だが二人は一つの石となり、『二人が望んだ』形となった。勇者の剣が彼女の決断を、この結末を認めたのだ。いや、認めたのは神であったのかもしれない。何にせよ、二人は封印の礎となった。封印は一切の綻び無く成功した。この大神殿の美しさが全てを物語っている。

「じいちゃん、また、二人に会いに来ても良いのかな」

 ヨルムントを振り返り、涙を拭うことなくサリアが問い掛ける。孫娘が悲しみに暮れている姿に、ヨルムントは眉を下げながら、何度か頷いた。

「うむ、我が一族はこの神殿の管理も任されておる。何度でも、会いに来よう」

 特に封印直後は綻びや異変が無いことを出来る限り確認しておかなければならない。ヨルムントの代は勿論、少なくともサリアの代までは、理由が無くとも定期的に通う必要があるだろう。千年が近付けば魔王復活の可能性がある為、一族すらも立ち入りは禁じられてしまうが、それは二人の代には関係の無いこと。「二人に会いたい」と願う、サリアの健気な願いの妨げになることは無い。

「もう行こう、わしらにはまだ、やらねばならぬことがある」

 ヨルムントやサリアは、まず、国王へこの旅の顛末を伝える義務がある。当然、一族の村へも同じく報告が必要だ。そして勇者の家族へも、全てを伝えなければならない。今回はもう一人の犠牲者が居る。ヨルムントは静かに溜息を零した。役目は本当に『善』だったのだろうか。家族らから『悪』と罵られる可能性を思いながら、それでも、これが彼の使命だった。避けることの出来ない、勇者の旅の結末だったのだ。

「俺も、まあ、残った魔物の片付けくらいは手伝えるよな、あー、しばらくブラブラと旅でもするかね」

 立ち上がったダンの目に、涙は無かった。この場所では、勇者の作った光の陣があった影響で弱った魔物達が消えたが、他の場所はそうはいかない。魔王を失ったことで力は弱まっているだろうが、数が集まってしまえば女子供では対抗できないだろう。国からも討伐の兵が出されるとヨルムントは話すが、お人好しのダンは「それならいいか」と遊び回る気にはならないらしい。何より彼も、心の整理を付ける為の手段として、何か、役目が欲しかったのかもしれない。

 三人は、来た時とは全く違う感触がする床を踏み締めながら歩く。そして大神殿の入り口から、もう一度、少女らを振り返った。当然それに動きは無い。もう彼女達は、生きていない。

「寂しくて悲しいけど、でも、……二人が一緒で、なんか、それは嬉しかったな」

 サリアの言葉に、ヨルムントとダンは何も答えなかった。肯定であったのか、否定であったのか、どちらとも選べなかったのかは、本人らが語らない為に分からない。だがサリアがそれを気にした様子は無かった。

「ばいばい、またね」

 少女らはもう生きてはいないから、もしかしたらこんな言葉も届かない。だが、二つの魂は確かにこの場所にある。魔王が封印され、この世界が平和に保たれている限りは間違いなく、この場所にあるのだ。

 これから少女らは千年の夢を見る。ほとんど人の訪れることが無い大神殿の奥で、ただ、二人きりで。

 導き手の一族がその後に語り継いだ彼女らの物語は、他の勇者らのそれとは全く色の違うものであり、一族の中でもフィオナは特に印象深い勇者となった。少女であった点ではない。臆病であった点ではない。戦えなかったという点でもない。彼女達は『二人の勇者』であったのだと、そう語り継がれるようになったのだ。語り継ぐ中で情報が間違ってしまったのか、フィオナが頼りなかったせいで誰かが脚色してしまったのか、それとも、結末を元にそうであったと解釈した者が居たのか、理由は分からない。ただ確かであるのは、後世で語られる物語の中でも二人が引き離されることは無かったということだ。

 そうして次の命もきっと、二人が二人で、願ったままに。

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