第11話
「――あ、あの、ヨルさん、皆も」
翌朝、第四の祠に向かって出発する時、私は皆を呼び止める。不思議そうな顔で振り返られるとそれだけで、続けると決めていた言葉を紡ぐことを躊躇った。そのせいで少々不自然な沈黙を落としてしまって皆を困らせてから、ようやく口を開く。
「勇者として、私、最後までちゃんとやります」
ヨルさんは唐突な話題に少し面食らった顔をしたものの、私の言葉を飲み込むと、静かに眉を下げた。
「本当に、それで良いんじゃな」
「……はい、逃げたって、仕方がないから」
理由はあまりに後ろ向きで、歴代の勇者とは全く心持ちは違うだろうし、彼らが抱いた覚悟なんて欠片も私は持てないと思う。こなせる役目だって最低限で、それ以外は、皆が居なければ立ち行かない。だからこそ私はヨルさんとイルゼちゃんだけじゃなくて、全員にも改めて伝えなければならないと思っていた。
「でも、戦うことはやっぱり、私には、出来ないので、あの……ごめんなさい、助けて、ください」
「ははは!」
私の言葉にダンさんが大きな声で笑う。ちょっとびっくりした。首を傾けた私に、ダンさんは何でも無いと言うように軽く首を振る。
「いや、嬢ちゃんにそう言われちゃ仕方ねえよな。魔王でも何でもサクッと倒してやるよ」
「ダン格好いい~! 私も露払い頑張っちゃうよー。それにまあ、この旅は私の使命でもあるから、気にしないでね」
二人にとっては全く脈絡の無い話だったのに、嫌な顔を少しもしないで、そう言ってくれた。サリアちゃんは使命の内と言うけれど、そんなわけがない。戦えない勇者の護衛や露払いなど、彼女の使命の内であったわけがない。ダンさんなんて特に、偶々街で出会って、使命なんか関係なく手を貸してくれている人。女と高齢者を厚意で守るつもりだっただけで、魔王を任されるつもりなど少しも無かったのだろうに、こんなにも情けない勇者を笑って受け止めてくれる。やっぱり本当の勇者は、私以外の皆だ。
俯きそうになった私の頭の上に、イルゼちゃんの手が優しく乗せられた。
「昨日も言ったでしょ、フィオナ、代われることは全部私がやってあげる。何にも心配は要らないからね」
もう一度顔を上げてヨルさんを見れば、彼はただ静かに頷いていた。その眉は垂れ下がり、安堵であるような、悲しみでもあるような、複雑な表情を浮かべる。心優しい人だから、私が務めを果たしても、務めから逃げ出しても、結局ヨルさんは悲しむのだろうと思う。出来ることがあるとは思わないけれど、この旅で私は可能な限り、ヨルさんに笑顔を向けていたいと思った。
決意新たに、と言うと大袈裟だけれど、そんな会話を交わしてから改めて向かった第四の祠は、滝の傍にあった。その場所に至るまでにも思ったが、今までの祠付近より、ずっと魔物の数が増えている。
「ヨル爺、祠の順番って意味あるの?」
剣に付着した魔の瘴気を払うように軽く振りながら、イルゼちゃんが振り返る。彼女も魔物の多さが気になったようだ。
「いいや、無い」
けれどヨルさんの回答は端的であっさりとしていた。ここまで明らかな違いがあるのにと、私も皆も驚いて振り返ったのだけど、ヨルさんはもう一度否定の意味で首を振る。
「祠の場所によって魔物の強さや多さが変わるのではない。魔王復活からの、時間の経過が問題じゃ」
「なるほどな、じゃあ封印が進むほど、必然的に難易度は上がっちまうわけだ」
今まで封印してきた祠の順序を逆にしたところで、掛かる時間が同じである以上、四つ目に訪れた祠は此処と同じような状況になるらしい。ならば、第五の祠はきっと更に数が多く、大神殿は魔王を考慮から除外したとしても、当然それを上回ることになるのだろう。
「じゃが、魔物の『強さ』はどうじゃ、そんなに強く感じるかのう」
「いや、数が多いだけ、かな。ちょっと身体も大きいけど」
「確かにそうかも~」
先程の話に不安な想いが強くなっていたけれど、言われてみれば、戦う皆の様子はいつもとあまり変わらない。数が多くて煩わしそうにはしていたが、どんなに身体の大きな魔物を相手にしても、一体一体に対して苦戦する顔はしていなかった。
「実際は、魔物も強くなっておる。しかし同時に、フィオナ殿も勇者の力に馴染み、加護が強まっておるんじゃよ」
「つまり俺らも強くなってるってことか?」
「その通り」
私は自分の持つ勇者の剣に目を落とす。私が使っていないせいもあるだろうけれど、ずっと新品のような美しさのまま、王様から手渡された時から少しも変わらない姿。しかし目に見えないところで、剣が齎す効果は強まっているのだそうだ。
「じゃあ、数にだけ気を付けてればいいね。ダン、そっち四体居る」
「おお、よし、引き受けた」
そう言って四体の魔物に向かうダンさんを横目に、イルゼちゃんは正面から来た大きな魔物へと距離を詰めた。
ヨルさんの言った通り、祠の最奥に至ってもイルゼちゃん達に苦戦する様子は少しも無かった。数が多くて時間は掛かっていたけれど、私の方に来る魔物はヨルさんが難なく魔法で払ってくれて、ダンさんとサリアちゃんは沢山の魔物を前にしても時々雑談しながら戦っていて、イルゼちゃんもあっさりと祠の主を圧倒した。むしろイルゼちゃんはいつもより早かったかもしれない。
「ぎゃー! イルゼ、手伝ってくれるのは良いけどそれ超こわい!」
「当てるわけないでしょうが」
一番の大物を倒した後もまだ多くの魔物が残っていた為、イルゼちゃんはダンさんとサリアちゃんを助けるように戻って戦っていた。ただ、幾つか落とした雷魔法が二人に近くて、サリアちゃんが怯えていた。
「いや俺は『当たってもいいや』という気配を感じたんだが」
「ダンは当たっても良いでしょ」
「良くねえよ」
私が苦笑いを浮かべながら三人を見ている横で、ヨルさんは喜劇でも眺めているように緊張感なく楽しそうに笑っていた。魔物の巣窟である祠に居るのだとはとても思えない。そんな皆の手前、一人だけ怯えているわけにもいかなくて。魔物の雄叫びが聞こえたり、大きな音が響いたりする度に口から出そうになる悲鳴を必死に飲み込んでいた。
そして無事に魔物達を追い払った後、イルゼちゃんが呼んでくれるのに応じて祭壇へと歩み寄る。
「また倒れちゃっても私が抱き止めて宿まで運ぶから。心配ないからね」
「あ、あはは」
出来たら倒れたくないのだけど、イルゼちゃんは真剣な顔でそう言うと、いつでも駆け寄れると言わんばかりの体勢で数歩離れた場所で待機してくれている。安心できるかと言われればやや不安が残るものの、それを理由に此処で時間を費やしても仕方がない。前三回と同じく、私はヨルさんに教えられるままに封印の呪文を唱えた。
強い光が溢れる中、私はいつも通り目を強く瞑っていたが、もしかしたらイルゼちゃんは眩しくとも懸命に私の姿を見つめてくれているのかもしれない。そう思うと、少しだけ嬉しくて、可笑しくて、封印の儀式を行う中で初めてちょっとだけ口元に笑みを浮かべた。
目を開けた頃には、祭壇は無事に美しい姿に変わっている。封印完了だ。ほんの少しの倦怠感はあるけれど、ゆっくり瞬きを繰り返しても眩暈は無く、前回のように倒れてしまうことは無さそうだ。私は一つ、息を吐く。
「……フィオナ?」
何処か不安そうな声が背中に掛かったから、私は笑顔で皆を振り返った。
「大丈夫だよ」
私の言葉にイルゼちゃんは安心した顔で笑ったものの、結局は傍に駆け寄ってきて、支えるように身体に腕を回してくれる。立っているのは全然辛くなかったのだけど、イルゼちゃんの体温が傍にあることに安心できて嬉しかったから、振り解くことはしなかった。
「まあまあ、そう心配なさるなイルゼ殿。勇者の加護が増していることから考えて、フィオナ殿には勇者の力がちゃんと馴染んでおる。もう倒れはせんじゃろう」
しっかり寄り添ったまま歩こうとしているイルゼちゃんを見兼ねたようにそう言ったヨルさんを、イルゼちゃんは少し訝しげに振り返る。
「本当に?」
「うむ。伝承から言っても勇者は大体、第三の祠あたりで皆、体調を崩すのじゃよ。通例じゃ」
「……それを早く言え!」
今すぐにでも殴り掛かりそうなほどの剣幕でイルゼちゃんが叫んだ。それでもイルゼちゃんは私の身体を支えていたいのか離れることは無く、ヨルさんをぎろりと強く睨み付けるだけ。ヨルさんはまるでそれを見越していたかのように穏やかに笑っている。
でもヨルさん、私もそれは先に聞いておきたかったかな。特に倒れるより前に。心の準備とか……私にさせたら何日待っても終わらないかもしれないけれど。そんなことを思って、そっと小さく溜息を零した。
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