第6話
「なんかフィオナちゃんのお陰で、外での軽食がちょっと楽しみなんだよね~」
村を出発する前に準備してきた食事を皆に手渡している時、受け取ったサリアちゃんがいつもの笑顔を浮かべながらそう言った。私が首を傾けていると、皆より一回り大きい包みを開けながらダンさんも笑う。
「ああ、同感だ、サンドイッチなんてのは腹持ちしねえもんだと思ってたが、美味い上にボリュームもあって最高だな! やっぱり嫁に――おっと何でもない」
「ダンって懲りないね~」
またイルゼちゃんに睨まれたらしい。私からイルゼちゃんの顔は見えなかったけれど、ダンさんは高速でイルゼちゃんから目を逸らしていた。ただの冗談なのだからそんなに睨まなくてもいいのに。
昔から、特にサンドイッチは何度も稽古場に差し入れとして持ち込んだ。勿論イルゼちゃん用だったけれど、一度「いいなぁ」と言ったイルゼちゃんのお兄さん達にも持って行くようになって、それからは三人分。そういうのもイルゼちゃんに誤解を与えてしまったのかもしれないけれど。とにかく、身体を動かす三人にエネルギーになるお昼ご飯をと思って色々考えていたから、ダンさんほど身体の大きな人に作った経験は無かったものの、何とか満足できるものが作れているようで安心した。
こうして移動中に持ち運ぶことになるから、常温で日持ちするものという限定的な材料にはなるが、工夫を凝らして出来るだけ美味しく食べられるように考えている。食事はいつでも嬉しいものである方がきっと、元気が出ると思う。少なくともイルゼちゃんは先程のような戸惑った顔はしていなくて、嬉しそうに頬張ってくれていた。
「イルゼちゃん、足りてる?」
「んー、もう半切れ欲しいかな」
「うん、沢山食べてね」
言葉に応じてサンドイッチの籠を差し出すと、イルゼちゃんが半切れを取り出す。二十センチくらいの大きなサンドイッチと、その半分のサイズをいくつか作っていた。沢山食べる人は、一つのサイズが大きい方が満足感があるって喜んでくれるけれど、それでは私やヨルさんだと食べ切れない。食べたい人が食べたいだけ、食べられない人は少しだけ、と選べるように日々考えている。これだけしか、皆の為には何も出来ない勇者だから。尚、少し作り過ぎてしまっても余ったものはダンさんに渡しておくと移動中にいつの間にか平らげてくれているので、大変助かっている。イルゼちゃんはそんな彼のことを「残飯処理係」と揶揄するのだけど、助かっているから悪く言うのは止めてあげてほしい。ダンさんが気にする様子は無いとはいえども。
「あ」
「うん?」
昼食を終えて、食休みにそれぞれ休憩している時。私の声に反応してイルゼちゃんが顔を上げる。イルゼちゃんは
「巻き直すの? 私がやってもいい?」
ちょっと弾んでいる私の声が可笑しかったのか、イルゼちゃんはふっと笑うと目尻を下げ、「いいよ」と言って手を差し出してくれた。
子供の頃から時々こうやって、巻くのを手伝わせてもらっている。何が楽しいのかと問われてもよく分からないけれど、私はこの作業がとても好きだ。最初は全然上手に巻けなくて時間が掛かってしまって、稽古に遅れさせてしまったことすらあるのに、それでも私が「巻きたい」と言うとイルゼちゃんは必ずそれを許してくれた。
最初は下手だったけれど、今は綺麗に出来るようになったと思う。力加減に気を付けながら丁寧に巻き付けていく。強過ぎてしまうと動かし難くて、弱過ぎるとすぐに籠手の中で崩れてしまうから、私も真剣だ。今は稽古とは違って、外で魔物と戦っている。万が一のことがあってはいけない。
そうして真剣に巻いていると、横からサリアちゃんがくすくすと笑った。私は手元に集中していたので顔を上げなかったけれど、イルゼちゃんが怪訝に顔を上げた気配がした。
「めちゃご機嫌じゃん。フィオナちゃんに手を握ってもらって嬉しいのかなー」
「サリアうるさい、そんなこと言ってないでしょ!」
「イルゼちゃん、動かないで、上手に出来ないから」
怒鳴る振動で手が揺れてしまったから、思ったところに巻けなくて慌てて注意する。イルゼちゃんはすぐに「ごめん」と弱々しく言って大人しくしてくれたのに、サリアちゃんは言葉を止めてくれない。
「お、これで長引いたねぇ~」
「だから!」
「イルゼちゃん……」
「あ、う、うん」
その後もサリアちゃんとダンさんは揶揄っていたようだけれど、私が二度も注意したことを気にしてくれたようで、イルゼちゃんは巻いている間、何を言われても沈黙を続けて大人しくしていてくれた。二人を睨んではいたようだったが、少なくとも動くようなことは無かった。
「よし、上手に出来たと思う! どうかな?」
「完璧だよ。ありがとう」
手を握ったり開いたりして状態を確かめたイルゼちゃんが頷いてくれて、ほっとして笑う。イルゼちゃんだから私に甘い採点をしてくれている可能性もあるとは思うものの、流石に戦いに関することはいい加減にしないと思う。……どうだろう、後でちょっと動きは見ておいた方が良いかもしれない。そんなことを考えてまだイルゼちゃんの手元ばかり見ていたら、イルゼちゃんはアームカバーも籠手も着けないままで、徐に私を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。突然のことに、私は大きく体勢を崩して彼女の方に凭れ掛かってしまう。
「え、何、どうしたの?」
「んー」
「わー、イルゼが甘えてるー」
甘えてくるなんてこと、今までにあっただろうか。私はサリアちゃんの言葉に目を丸める。でもいつもなら「サリアうるさい」って言うイルゼちゃんが何も言わなくて、妙に大人しい。
「イルゼちゃん? 本当に甘えてるの?」
「……んー、そう」
まさかと思って問い掛けたら何と肯定した。即座に「素直ー」と揶揄っているサリアちゃんにも今回ばかりは反応しない。驚きはしたものの、迷惑になんて思うはずがない。
「珍しいね」
大きな犬が擦り寄ってきているみたいでちょっと可愛い、と思ったけれど、そんなことを言えば拗ねさせてしまいそうだから飲み込んで、私もイルゼちゃんを抱き返してその背中を撫でた。
「フィオナ、あのさ」
「うん?」
「さっきの、もう一回聞きたいな」
「……さっきの?」
何の話だろう。私は「さっき」と思しきことをゆっくり思い返そうとするけれど、何にも思い至らない。ただただ首を傾けて沈黙してしまう。するとそんな
「イルゼちゃんがいつも一番、格好良いよ」
顔を上げたイルゼちゃんは、ふにゃりと頬を緩めて笑った。正解だったようだ。こんな気持ちは私にとっては当たり前で、こんな言葉なら毎日だって言うのに。けれどそう告げればイルゼちゃんは「毎日は流石に恥ずかしい」と眉を下げていた。いつだってそう思っていること、伝えるのは凄く難しいことなのだと思った。
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