第4話

 次に立ち寄った街は幸い大きな街だった。此処ならば武器も豊富に置いてあるだろう。早速、武器屋と思われる看板を見付けてイルゼちゃんに声を掛けると、笑顔で頷いたイルゼちゃんが、どうしてか徐に私の手を握った。

「フィオナ、疲れてない?」

「え、うん、まだ平気」

「ならさ、一緒に選んでよ」

「へ?」

 お金なら皆でほぼ等分にして管理しているから、私が居なくても買い物は出来る。私が付いて行く、まして『一緒に選ぶ』利点など何も無いと思うのに、イルゼちゃんは『良いことを思い付いた』ような顔をしていた。

「フィオナが選んでくれたやつなら、大丈夫な気がする!」

「いや、でも私、剣のこととか何も」

「いいから、いいから」

 剣のことで私がイルゼちゃんより分かることなんて一つも無い。そもそもこの旅に出る前はイルゼちゃんの家に練習用として置かれている剣と、稽古場にある剣と、今イルゼちゃんが愛用している剣しか目にしたことも無かったのだから。

 しかし強引なイルゼちゃんを私が振り払うことなど出来るはずもなく、訳の分からないまま、一緒に武器屋に入る羽目になった。挙句の果てにイルゼちゃんは本当に、私が何となく選んだものを迷う様子無くそのまま購入してしまった。一応、イルゼちゃんが挙げていた候補の中から選んだつもりだったけれど、良し悪しは本当に全く分からない。

「よし、これでもう武器は完璧!」

「本当かよ……」

 上機嫌なイルゼちゃんの横で、ダンさんは苦笑いをしている。流石に不安になってこっそりとヨルさんに確認したところ、私が選んだ剣は今までイルゼちゃんが使用していたものと比べて重さは少し増すものの、材質が良く、丈夫な品であるらしい。だから前より良い剣であることは間違いないのだと聞いて、少しだけほっとした。ただ、それだけで劇的に変わるわけではないはずだ。イルゼちゃん以外はそう思っていて、正直私もそう思っていたのに、翌日以降のイルゼちゃんは目を見張るほどに剣の調子が良かった。

「最高。やっぱりフィオナが選んでくれたら全然違うね!」

「ど、どうかな、私、関係あるかな……」

 ちらちらと他の仲間を振り返りつつ相槌を打つ。皆は、何だか不思議そうな顔をして私とイルゼちゃんを見ている。どちらかというと、イルゼちゃんの方を。あの目は見覚えがあった。故郷でも何度か向けられていた目だ。

『どうしてイルゼは、そんなにフィオナに拘るの?』

 イルゼちゃんは子供の頃から幾度となく、大人達からそう問い掛けられていた。

 いつも守ってくれて、助けてくれて、優しくしてくれるイルゼちゃんに対して、『私が』懐くのは分かるけれど、『私に』イルゼちゃんがべったりであることが、誰の目から見ても奇妙に映るらしい。自然な疑問であるように思う。しかしそう問い掛けられる度にイルゼちゃんは何故かとても不機嫌になって、怒って、一層私の傍から離れなくなる。

 ただ本音を言えば、私も疑問に思わないわけではない。私は彼女に迷惑しか掛けていないのに、どうしていつも助けてくれて、優しく接し続けてくれるのだろうと思うことは何度もあった。私から問い掛けた時、他の人にするように怒られたことは一度も無かったものの、いつも悲しそうな顔をするから、最近は聞かないようにしているだけ。

 けれど今は村の中ではないのだから、そういうこと、きちんと仲間に伝えておかなければならなかった。

「――しんどくなったりしねえのかよ」

「はあ?」

 休息の為、ある街に立ち寄っていた時のこと。薬の買い出しを担当していた私が市場を通り掛かると、食材の買い出しを担当していたイルゼちゃんとダンさんが話しているところに遭遇してしまった。ダンさんは何も知らないから、純粋に、その疑問をイルゼちゃんに向けている。そして案の定イルゼちゃんの反応は不機嫌極まりなかった。普段からダンさんにはちょっと手厳しい面もあるせいか、ダンさんはあんまり気にしないでそのまま掘り下げていく。駄目だって。早く気付いて。そう思うのに、自分の話をしていると思うとすぐに身体が動かなくて、私は立ち尽くしてしまった。

「村でも危なっかしかったんだろうけど、今は魔物の巣窟にまで行くんだぜ。イルゼが一人で守り切るなんてのは無理じゃねえのか? 何でそんな背負い込んでんだか知らねえが、もっと――」

「うるさいな! 黙れよ!」

 道行く人も振り返るような大きな声でイルゼちゃんが怒鳴る。ダンさんはようやく彼女の怒りに気付いて、面食らった様子で口を噤んだ。

「フィオナは私の重荷でも迷惑でもない! 勝手なことを言うな!」

「い、いや、俺は」

「私がフィオナの傍に居るのに理由なんか要らないし、誰にも関係ない。何があっても私はフィオナを守るって決めてる。ずっと、あの子が生まれた時から」

 そう言うと、イルゼちゃんは呆然としているダンさんを置き去りにして立ち去ってしまった。その背を強引に追うような様子無く、ただ見送っていたダンさんは、困り果てた様子で頭をがしがしと掻いた。

「なんつーか、刷り込みじゃねえのかそれは……」

 言い得て妙だと思った。勿論、イルゼちゃんに言えば再び激昂させる言葉だと思うけれど。

「あ、あの」

「うお! あ、あー、悪い、聞いてたか」

「ごめんなさい」

 立ち聞きしてしまった申し訳なさから肩を縮めて謝ると、ダンさんは少し慌てて手を振った。

「いやー、謝るのはこっちだ、嬢ちゃんをばかにしようと思ったわけじゃねえんだよ」

 分かっていた。ダンさんが言わんとしていたのは、今まで疑問を向けてきた人達と似ているようでまるで違うことだ。彼は、イルゼちゃんが私を守ろうとすることや、私に拘ること自体に異論を唱えようとしていたわけではなかった。

「もっと皆を頼っていいって、言おうとしてくれたんですよね」

「あー、まあ、言い方はこそばゆいが、そういうことだな」

 居心地悪そうに鼻を擦っている様子が体躯に似合わずちょっと可愛らしくて、私は少し笑う。

「嬢ちゃんが戦えねえのはもう分かってるし、三か月って期限まであるんだ、いきなり勇敢になるなんて誰だって無理な話だろ。それなら方法なんか一つじゃねえか」

 私が勇者であることも覆せないのだから、私からイルゼちゃんを取り上げようなんて、この事態であればするはずもないのだ。いつもイルゼちゃんが言っている通り、『力を合わせて結果的に勝てばいい』ということを、ダンさんはイルゼちゃんにも伝えようとしていた。イルゼちゃんがあんまりも、戦う役目と私を守る役目を、一人で背負おうとしているから。

「……俺、言い方悪かったか?」

 肩を落としてそう呟くダンさんに、私は首を振る。村でも散々言われたせいもあって、イルゼちゃんは早とちりをしてしまったのだと思う。あの質問に怒りやすいということを説明した上で、事前に説明できていなかったことを私は謝った。すると、ダンさんは少し眉を下げて、首を傾ける。

「それこそ嬢ちゃんが謝ることじゃねえよ」

 ダンさんは優しいからそう言ってくれるけれど、どうだろう。やっぱり私が、もっと気を付けていれば良かったように思う。だって私のことなのだから。後でちゃんと私からイルゼちゃんに説明して、誤解は解かないといけない。

「――ダン!」

「げっ戻ってきた」

「あ」

 そう思ったのも束の間、説明する言葉を考える暇も無く、鬼の形相でイルゼちゃんが戻ってきた。ああ、そうだった、あの質問をされて怒った時のイルゼちゃんは必ず私の傍から離れなくなる。つまり今、私を探して歩き回っていたのだ。

「あんたまさかフィオナにまで馬鹿なこと言ったんじゃ――」

「待って待って、イルゼちゃん、誤解!」

 ダンさんに掴み掛かる勢いで迫ったイルゼちゃんの前に私が立つと、大人しく足を止めてくれたものの、不満そうな表情で私とダンさんを見比べている。

「違うの、私さっきの話、聞こえてて」

「なっ、……ダン! やっぱりあんたが下らないこと言うから」

「イルゼちゃん、お願い、待って」

 誤解のままで更にダンさんに噛み付こうとしているイルゼちゃんを私は懸命に引き止める。私がしがみ付いているから乱暴に動けないようだけれど、多分触れていなかったら今頃もう殴り掛かっていたと思う。これ以上は誤解が長引かないようにと、慌てて言葉を続けた。

「さっきダンさんは、私を守るのを手伝うよって言おうとしてくれたの。私とイルゼちゃんを引き離そうって話じゃなかったんだよ」

「え、……え?」

 再び私とダンさんを見比べたイルゼちゃんの表情は少し呆けていた。ダンさんは繰り返しイルゼちゃんに怒鳴られてしまったせいで、すっかり眉を下げて、ハの字にしてしまっている。誤解でここまで怒られ続けて、あまりに可哀相だ。すぐに止められなかったことを本当に申し訳なく思った。

「な、そ、そういうことなら、そうと、……いや、私が、最後まで聞かなかった。ごめん」

 文句を続けそうになったイルゼちゃんは、途中で飲み込んだ。記憶を辿り、ダンさんは悪くなかったと考え改めたのだろう。こうやって真摯に自分の非を認めることが出来る彼女はやっぱり、私よりずっと心が綺麗で、勇敢な人だ。

「あー、いや、俺ももっと端的に言えば良かった、回りくどかったよな。まあ、そういうことだから、一人で頑張りすぎるなよ」

「……うん、ありがとう」

 イルゼちゃんが照れ臭そうに視線を彷徨わせたのを見て、私はほっと息を吐く。私が弱いせいで、とんだひと悶着だった。重ね重ね申し訳なく思いながらも、それを告げたらきっとイルゼちゃんは悲しむのだろうと思うと、口にすることは出来なかった。

「不思議な関係って感じだけど、でもま、二人が幸せそうだからいいんじゃないかなー」

 夕食の場で、不意にサリアちゃんがそう言った。宿で調理場が借りられたから、久しぶりに料理をして、それを食べたイルゼちゃんが「フィオナの手料理が世界一おいしい!」と熱弁していた直後のことだった。私とイルゼちゃんが揃って首を傾けると、その様子を見たサリアちゃんはにこにこと笑う。

「ううん、何でもないよ。フィオナちゃんの料理は本当においしいなってこと~」

「でしょ!」

 よく分からないけど私が褒められてイルゼちゃんは嬉しいらしい。私よりも嬉しそうにしていた。鈍くさい私だけど、料理は得意な方だ。料理上手な勇者がなんだっていう話だから、今となっては公言するのがむしろ恥ずかしいのだけど。

「本当に美味いな。是非とも俺の嫁に――いや、怖すぎる姑が付くみたいだな、俺のような小さな男には無理があった」

 言葉途中でイルゼちゃんに睨まれたらしいダンさんは、早口でそう言うと私達から目を逸らす。

「ダン殿が小さいならギガントゴーレムでも連れてくるつもりかのう」

「いや~そういう意味じゃないでしょー」

 横でヨルさんとサリアちゃんが笑いながら小さく会話をしている。ギガントゴーレムは二足歩行の中では最大級の魔物、だったと思う。せめて人間にしてほしかった。

「フィオナの料理で元気いっぱいだからね、明日もどんな魔物が来たって、絶対負けないよ」

 単なる家庭料理にそんな効力は無いと思うけれど、イルゼちゃんが言うと本当にそんな気がしてしまう。戦えないからせめて、こんなことくらいは頑張って、戦ってくれる皆の応援が出来たらいいな。勇者がサポート役の雑用係をしているって、歴代でも本当に私だけなのだろう。改めて考えると溜息が零れそうなことは、考えないように心の奥にそっとしまい込んだ。

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