第1話

「……‼︎」

 どこからか聞こえてくるその音に意識が呼び覚まされる。

 それに反応しようと、俺は何かしらの行動を取ろうとした。だが、まだ身体にこびり付く倦怠感のせいで、思うように上手く出来なかった。

「お……、……ック‼︎」

 だんだんとその音は鮮明になり、それが声であると気づく。多少のエコーがかかったようではあったが、声の調子や口調からその主が誰なのかが分かるようになってきた。

「おい、ジャック。もう朝だから起きろって‼︎」

「んあぁ……、もう少し寝させてくれ……」

 面倒そうに唸って、俺——ジャックはベッドに潜り込む。

「ダメだって!起きないと学校に遅れるってば‼︎」

 そう言って、俺を起こしにきた金髪の青年は布団を剥がしとった。

「ちょ、何すんだよ!ライア!」

「何すんだよ、じゃないよ‼︎もう七時半なんだから起きるのが当たり前でしょ!」

 声を上げて、この家の同居人——ライアはまだ寝ぼけている俺を突く。荒げた言い方といい、眉間にシワが寄っていることといい、どうやら彼は今、少しばかり怒っている様子だった。

 それから逃げるように、俺は目線を壁に掛けてある時計に目線を移す。もう時刻は七時半を数分越えていた。

 はぁ、と怠そうにため息をつく。まだ寝ていたい気持ちを押し殺して俺はベッドから降り、支度を始めることにした。


 服掛けにある制服を羽織り、カバンに図書館で借りてきた少女漫画雑誌を仕舞う。昨日のうちに今日の用意の準備は済ませていたので、そこまで時間はかからなかった。

「先に下に行っとけよ。待ったって何もないだろ」

「まあそうだけど、一人で先に降りてもね。どうせ君はすぐに支度を終わらせるし、一緒に降りようかなって思って」

「すぐ下だろうよ」

 そう言って俺は自室の扉を閉め、一階のリビングに向かう。それにライアは肩を並べてついてきた。

「そうかもしれないけど、この少しの時間で同居人同士の絆を深め合うのもいいと思ってね」

「絆を深め合うって、もう一緒に過ごして十数年だぞ。今更しなくてもいいだろ」

「いやいや、大事だよ。それくらい一緒に過ごしてきたからってお互いの性格や好き嫌いは全部知ってるわけじゃないだろ?単純なのからだと、僕の好きな料理とか。絶対知らないと思うな」

「んなもん簡単だよ。どうせ、商店街の『アラシュ亭』にある、肉厚で有名なトオナ産の鶏を使った唐揚げ定食だろ。もうちょっと細かく言うなら、これに加えて、トマトサラダと焼きプリンがお前の好物だよな、確か」

「え……、何で知ってるの?」

 驚きと疑問を顔に浮かべてライアは呟く。

「何でって、だってお前が外食誘う時、大体行き先がアラシュ亭だし、そこに行ってお前が注文するのはいつも今言ったメニューだし。逆に分からん方が不思議よ」

 そう返答して俺はリビングのドアを潜った。


 炊きたて焼きたての白米に秋刀魚などを始めとした今日の朝食たちがまず、部屋に入ったばかりの俺の目を奪う。そして、彼らから漂ってくる食欲を促すような匂いに誘われて、一直線に俺は食卓についた。

「お、ジャック坊。もう来てたんかいな」

 そんな俺の様子に気付いたのか、キッチンの奥から誰かが話しかけてくる。名前を呼ばれた反射で、俺は声のする方向へ振り向いた。

「バルカさん。おはようございます」

「ああ、おはようさん」

 その先にいたエプロン姿の一人の大男——バルカは低く図太い声で挨拶を返しながらこちらへ近づき、両手に持っていた茶碗を卓上に置く。その中身は、豆腐とワカメの味噌汁だった。

「へぇ、今日の朝食は郷土料理ですか」

 遅れて部屋に入ってきたライアは今置かれた汁物を見て、興味気味な声を漏らす。

「まあな。確かニチモト地方の郷土料理だったはずだ。けど、家にあった食材だけで作ったから本場っぽくないだろうし、味もあまり期待しないでくれよ」

「いやいや、バルカさんの作ったものは本当に何でも美味しいですよ。ね、ジャック」

「はい、そうですよ」と、俺もライアに続いて賛同の意を表した。

「ガハハハハ‼︎ありがとよ、お前さん達。そう言ってもらえるとこれからも頑張らんとな」

 嬉しそうに活気よく笑いながらバルカは俺とライアの頭を強く撫でる。力任せなところがあってか少しばかり痛かったが、それを越える程の喜悦さが俺達の心中を満たした。

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