運命再会

 クリスマスの激務を乗り切った私は休日を死んだように眠り続けた。

一日の半分を睡眠に捧げて残りは食べることとテレビを観ることに捧げたまま大晦日に入った。

大晦日も店はそこそこ忙しく慌ただしい一日だったがクリスマスの激務に比べれば遥かに易しい。

今頃、貴志がいるスーパーは戦場と化していることを想像しながらお昼休憩に鮭弁当を食べた。

しきりにスマホ画面を覗いても貴志からの連絡はなかった。

貴志は次の休みが分かったら連絡すると言っていた。

連絡が来ると信じている一方で寂しさに襲われる。

明日は元日だ。貴志の勤務するスーパーは三が日は休みだ。私の勤務先は年末年始も営業している。シフトを見ると一月三日が休みになっていた。そのことを貴志に伝えてあるのに貴志から音沙汰がない。

仕事が忙しい。

分かっているつもりでも寂しかった。

せめて三日に会えるかどうかだけでも知りたい。

よく芸能人が多忙による破局と報道されることがあるけれど多忙な人は相手のことなど、どうでもよくなってしまうのだろうか。

それなら貴志も忙しさで私のことなんて忘れてしまっているのかもしれない。このまま連絡など来ないのかもしれない。

悶々としながらお風呂に入っているうちに大晦日が終わって年が明けていた。

なんだか悲しいかたちで新年を迎えてしまった。

全然ハッピーニューイヤーじゃない!

勢いよく湯船から立ち上がるとお湯がバシャッと音を鳴らして露出した肌からもくもくと湯気が上がる。そのまま体を洗って浴室を出た。

残業しているのかも…なんて考えながら明日の仕事に備えて眠りに就いた。

恋愛っていう仕事があればいいのに。

不器用な私が初めて経験する仕事と彼氏の両立は前途多難だ。器用にやれている人たちが羨ましい。

会えない寂しさをみんなどこで埋めているの?


 仕事で迎えた元日。

お昼休憩に入ると貴志からラインが来ていた。

光り輝くホーム画面の通知に目を凝らす。

 遅くなってごめん。一月三日休みなんだ⁉︎俺も休みだから会う⁉︎疲れているようなら落ち着いてからでも…

貴志のメッセージを読み上げた私はやったぁ!と頭の中で両手を上げてはしゃいだ。

会えることが嬉しいってこういうことなんだ。

いつでも会える脳内彼氏しか知らなかった私は初めて会えないことへの不安と会えることへの喜びを覚えた。

貴志のメッセージに、三日会いたい!と送って意味もなく巨大なハートを抱いた猫のスタンプも送ってみた。イベントから無料でもらったスタンプだった。

すると貴志からすぐにスタンプ一個の返信が来た。

さかなクンが両手を上げてギョギョと言っているスタンプだった。それから間髪を容れずに、あけおめ。と来た。

 明けましておめでとう^^

ピンク色に頬を染めた顔文字を入れて返すと貴志から正座してお辞儀するさかなクンの横におめでとうギョざいますと書かれたスタンプが送られてきた。

それから一言、早く会いたい。とメッセージが来た。

その文字たちを見ているとなんだか胸が熱くなった。彼も私を恋しく想っている。自分と同じ気持ちなんだ…。

今が冬であることを忘れるくらいに私の温度が上がっていくのが分かった。温かい。温かいよ、貴志。



 一月三日。

ついに貴志と会う日が来た。

朝から化粧をしてデート服に着替える。

花柄のセーターに赤いスカートを合わせて、去年の冬にセールで買ったオフホワイトのコートを羽織る。

今まで貴志と会う時は仕事とプライベートの兼用で使っているさくら色の鞄を持っていたが、今日は汚れるのが嫌で滅多に使わないようにしていた白い革製のショルダーバッグを肩に掛けた。

メイクはいつも通り、さくら色のアイシャドウと同色のリップで合わせた。この色が一番、私に似合っていてしっくりくる。下手な冒険は今すべきではない。

スマホ画面に映る時間を気にしながら慌ただしく準備をする。

寝る前に余裕を持った時間を計算してアラームを掛けた。朝は予定時刻よりも十分遅く起きたが余裕は充分にあった…はずだったのにメイクの時間がいつもの二倍かかってしまったことで室内を慌ただしく走り回っている。

余裕を持った朝を予定していたのに何故だ?

家の中が私の走り回る足音でバタバタ鳴っていた。

結局、家を出る予定時刻から五分遅れて家を出た。そのまま駅に向かって走る。息を切らしながら走る。

こんなに走るのは中学校の徒競走以来だ。…いや、嘘だ。寝坊して仕事に遅刻しそうになった時、何度かこうやって走っていた。息を切らしながら脇目も降らず、見た目とか格好なんてどうでもよくなって…ってデートでそれは最悪だ!

なんで世界で一番、綺麗な状態を保つべき日に私はこんな必死になって真冬に汗を流しながら走っているんだ!

走ったことによって私の身体は代謝がよくなり熱を放とうとしている。その熱をオフホワイトのコートが閉じ込めていて私の身体は真冬なのにサウナ状態となっていた。その状態のまま走り続けると貴志を見つけた。

貴志も私を見つけて手を振っている。

走れ、走るんだ。走れ、里保!お前は今、セリヌンティウスの為に走るメロスと同じだ‼︎

頭の中でカルロスが私を慰めている。

うん、そうだね、カルロス。私、頑張って走る!

「はぁ、遅刻するかと思った…」

貴志の前で息を切らしながら呟いた。

「大丈夫?そんな急がなくても連絡くれればよかったのに…」

屈んで膝をさする私の背中を貴志がさする。

嗚呼、これじゃまるで介護されているおばあちゃんじゃないか。

私の理想とかけ離れたデートの待ち合わせとなってしまった。

そのまま貴志と映画館に向かった。

今日は最近、話題になっている邦画を見る予定だ。映画を観終わったら回転寿司に行く。それからお買い物をして、食事をして夜の二十一時には解散という健全なデートの予定だ。

デートはこれからだよ!まだまだ充分、挽回出来るよ‼︎

頭の中でカルロスが応援してくれていた。

ありがとう、カルロス。心強いよ。

カルロスはここ最近、私の脳内で誕生した喋る犬だ。

犬種はゴールデンレトリバー。毛感触が良く、日本語を喋れるほど頭も良く、心優しい。カルロスは私が貴志に会えなくて寂しい時、いつもそばに駆け寄って私を慰めてくれる。

嬉しい時は共に喜び、悲しい時や寂しい時は慰めてくれる。私の大切なバーチャルペットだ。

貴志と正式に交際後初のデートをカルロスのお陰で難なく過ごせた。

何か不安ごとが生まれても頭の中でカルロスが私に優しい言葉を掛けて応援してくれる。

私の人生にカルロスは必要不可欠となっていた。

犬を飼っている人が愛犬を家族と認識しているようにカルロスも私にとって家族なのだ。

「里保ちゃんに遅くなったけどクリスマスプレゼントを用意したんだ。」

買い物を終えて夜ご飯を食べに寄ったハンバーグ屋のオーダー待ち中に貴志がそう言って袋を出した。

受け取って中を開けるとグレープフルーツの香りがするハンドクリームとさくら色のパスケースが入っていた。

「初めて二人で居酒屋に行った時にグレープフルーツの匂いが好きって言ってたのを思い出したんだ。」

笑顔で伝える貴志の顔がキラキラしていて眩しい。

そんなこと覚えているなんて…この人は本当に私のことが好きなんだ…

「ありがとう。でも私、何にも用意してない…」

私も貴志の為に何か用意すれば良かった…魚グッズとか調べれば良かったのに…

嗚呼、また落ち込む。沈んでいく。

助けて、カルロス!

「なんで?俺があげたかったから用意したんだよ。見返りを求めたらプレゼントの意味がなくなっちゃうよ。」

悄気る私に貴志が笑みを浮かべた。

私の胸は熱くなってカルロスも涙を浮かべている。

好きだ。私は貴志が好きだ。

紛れもなく貴志に恋をしている。

こんな私をどう思う?ねぇ、カルロス!

問い掛ける私にカルロスが現れる。

黄金の毛を靡かせて優雅に尻尾を振りながら颯爽と歩み寄ってきた。

愛くるしい黒目の中には私が映っている。

「里保ちゃん、恋をすることは良いことなんだよ。貴志からもらったプレゼントを素直に喜んでみなよ‼︎」

心の中でカルロスが私の背中を押す。

ありがとう、カルロス。

私、カルロスがいつでも側にいるから何も恐くない。

カルロスのお陰で勇気が生まれる。

「嬉しい。好き。」

私が伝えると貴志も頬を緩めた。熱々の鉄板を持った店員が行き交う店内の片隅で幸福な空気が漂っていた。

私達、二人だけを包む幸福な空気。

いいえ、違う。正しくは二人と一匹だ。

私の中に常にカルロスがいるから側にいるのは貴志だけじゃない。

側から見れば二人だけだけど実際は違う。

カルロスがいる。誰の目にも見えない心優しいゴールデンレトリバーがいる。

それがどれほど痛々しいと言われても私はその痛みがないと生きていけないの。

だから私は今日もイタみをチャージする。

仕事人間が出勤前にエナジードリンクを飲むのと同じだ。

それが妄想に替わっただけだ。

エナジードリンクでエネルギーをチャージする会社員と同じように私は妄想でイタみをチャージする。

イタみチャージは私の生きる活力となり、日常生活を円滑にする。

だから私は365日、イタみチャージ!

これで幸せ、これで完了‼︎

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イタみチャージ! 水綺はく @mizuki_haku

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