第9話 しかし、魔王は幼稚園児だ


 理由はわからないが、前世の記憶が蘇っている。

 それが一時的なものなのか、永遠にこのままであるのかはわからないが、身長100cmの幼稚園児の身体に魔王ハデスの魂が宿っている状態だ。

 眼光こそ鋭いけれど、短い手足、低い身長、愛らしいスベスベの白肌にぷにぷにの細腕。ツンツンの柔らかな髪質の黒髪に、牙のような八重歯と赤いアイシャドウのような痣が特徴的な、5歳児の姿。

 小さな肩には、可愛らしいスズメまで乗せている。


 こんな子どもに睨まれたところで、地縛霊はひるむ様子はない。当然だ。

 舐められてもしかたがない。


 葉手州くんはポケットに手を入れたまま、地上から数cm浮き上がって状況を把握してみた。


「(……魔力が戻ってきている。『あの時』のように、とまではいかないが……確実に、魔力がみなぎってきている感覚がある。これならば、『術』を使うこともできそうだ。……ククク、ンガハハハ! いいぞいいぞ! 『あの時』では成しえなかった『世界征服』を、この新たな世界と新たな体で、やってやろうではないか!)」


 周辺のあらゆる情報を見抜くことができるスキル、【プロビデンスの目】を発動してみる。

 すぐに、葉手州くんの頭の中には多くの情報が入ってくる。


『姫崎友莉愛(ひめさき・ゆりあ) 女 18歳

  レベル5

  職業 高校3年生・退魔士見習い

  HP   8/22

  MP   6/12

  攻撃力   4

  守備力   3

  魔力   10

  ちから   3

  素早さ  12

  体力    8

  賢さ   20

  運の良さ  5

  魅力   22

  習得スキル【唱え言葉 LV2】【破魔の札 LV2】【癒しのオーラ LV3】』


『姫崎芽愛(ひめさき・めあ) 女 13歳

  レベル3

  職業 中学1年生・退魔士見習い

  HP  10/18

  MP  16/28

  攻撃力   2

  守備力   2

  魔力   35

  ちから   2

  素早さ  10

  体力    5

  賢さ   15

  運の良さ  5

  魅力   16

  習得スキル【唱え言葉 LV1】【破魔の札 LV1】【扉の番人 LV1】』


『地縛霊A

  レベル 5

  HP 32/60

  MP 21/40

  攻撃力 18※

  守備力 10※

  魔力  60※

  状態  【攻撃力強化※】【守備力強化※】【魔力強化※】

  習得スキル【通常攻撃 LV4】【触手 LV5】【衝撃波 LV4】』


 この場にいる者たちのステータスが、明らかになる。

 姫崎姉妹の数値と地縛霊の数値を比べると、やはりこの姉妹では倒せる相手ではないことがわかる。

 けれど、腕組みした葉手州くんは呆れ顔で地縛霊を見下した。


「……『あっちの世界』のゴーストのほうが、よっぽど強いじゃねぇか。思った以上に……ザコだな、コイツ。ちゃちゃっと、やっつけてやろうか?」

「その前に――――ハデス様。ステータスを見て気になることが、幾つかございます。お気づきになられましたか?」

「ん? うーん。なんだろう。……友莉愛ちゃんの【魅力】は、やっぱりなかなかのモンだな……というくらいかな。LV5で【魅力22】は……やっぱり、こう、良いよねぇ……♥ ぐひひ」


 物陰からその友莉愛ちゃんが、葉手州くんと雀を観察していることに気づきもせず。

 葉手州くんは、鼻の下を伸ばして妄想にニヤニヤしている。


「いえ。それではございません」

「……じゃあ何だよ。芽愛はやっぱり薄っぺらいから、【魅力16】だってことか? まぁ、顔はなかなか可愛いから、LV3の割には高い方だがな。まぁ、2人ともサキュバスちゃんたちのボインボインには負けてるけどなぁ。……ニンゲンの中では、良いかなぁ♥」

「いや……だからそれじゃなくて」


 頬が緩みっぱなしのスケベ幼稚園児は、地縛霊を前にしても顔のニヤニヤがとまらない。

 その肩の上で、雀――――魔鳥カイムが首筋を叩いた。


「この【地縛霊】というヤツの【攻撃力】【守備力】【魔力】は、【強化】されております。――――おそらく、何らかの魔術によって、です」

「ふぅん。ということは……」

「コイツを【強化】した者がいる、ということです。しかも、【魔術】を使って、でございます」

「なるほど。【魔術】を使える者が、我らの他にもこの世界にいる、ということだな」

「左様でございます」


 魔鳥カイムが、雀の姿で目を光らせる。

 といっても、愛らしい小さな体なので迫力は全然無いのだが。


「それから……この芽愛(めあ)という娘、でございます」

「おお。この薄っぺらいヤツ」

「…………まぁ……この子どもでございます。……【扉の番人】などというスキル、この魔鳥カイムの知識にはございません。……このようなスキル、【ルカディア】にはおそらく存在しないのでは……と思われます」


 瓦礫の上に、白導衣姿で横たわっている―――気絶した姫崎芽愛を、2人で見下ろした。

 色白の細くて長い手足。ツインテールの可愛らしい黒髪。

 顎が小さくて、まつ毛が長い……こうやって気絶していたら、とても可愛らしい美少女なのだが、起きている状態で一度機嫌を損ねたら、あのキンキン声でまくし立ててくる、13歳・中学1年生の爆弾のような子ども。


「(【魔力】の値が高いのも気になるな……。何者なんだ、コイツ)」


 胸は小さいくせに、魔力が高いなんて。

 生意気なヤツだ、と葉手州くんは内心思っていた。


 そんな思考を遮るかのように、少し離れたところにいた【地縛霊A】が魔王ハデスへ戦いを挑んでくる。


 ガアアアアッ!


 咆哮を上げたかと思うと、姉妹の【破魔】の札によって崩れてきている体で、葉手州くんへと殴りかかってくる。


「おっそーい」


 その攻撃を、ひょい、と軽々しい足取りでよける。

 もともと身長100cm程度の5歳児の身体なので、小さくて狙いにくい。


 おまけに、葉手州くんは蘇った【魔力】で様々なスキルを使用中だ。

 【プロビデンスの目】を持つ者には、それらが全て見えている。


『葉手州くんが、スキル【空中浮遊 LV5】を発動』

『葉手州くんが、スキル【高速移動 LV5】を発動』

『葉手州くんが、スキル【肉体強化 LV5】を発動』


「おいッ! ちょっと待てぇ!」


 空中にフワフワと浮き上がった葉手州くんは、その短い手で【プロビデンスの目】の内容を解説してくれた魔鳥カイムを指さした。


「なんでLV5! どうしてLV5! オレのレベルは45だったはずだぞ! スキルのレベルも、最低でも40はあったじゃねーかっ! どういうコトだあああぁ!」

「あー……えーっと……ハデス様は……現在、5歳児のお姿ですので……。やっぱり、レベルも5歳児になっているようでして……」

「なんじゃそりゃあああっ!!」


 地上から3mくらい浮き上がったままで、葉手州くんが絶叫している。


 その様子を、物陰から友莉愛ちゃんが目をまん丸に見開いて観察していた。


◇ ◇ ◇


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