第8話 魔王様、降臨!


 細く華奢なお腹を両手で押さえて、こみ上げる嘔吐感に苦しんでいた友莉愛は、激痛の中うっすらと目を開いていった。

 目の前には、白目を剥いて気絶している妹・芽愛のツインテールの黒髪が広がっている。


「……い、いけない……ッ……。……お、起きなきゃ……」


 ヨロヨロと上体を起こしてみる。

 薄暗い会社の建物内には、外の街灯の明かりが差し込んでいる。

 うっすらとした明かりの中、友莉愛はまつ毛の長い目であたりを見渡してみた。


「……葉手州くん……?」


 痛みで霞んでしまう友莉愛の目に映るのは、気絶して倒れ込んでいる妹の芽愛。

 その奥には、茶色の古びたスーツ姿の、大きな体の地縛霊。

 そして。

 地縛霊たちから自分たち姉妹を守ろうとしているのか、仁王立ちをして勇ましく地縛霊と対峙している、小さな幼稚園児の男の子の背中が、見えていた。


「……葉手州くん―――――逃げ……?」


 床の上に這いつくばって悶えているから、友莉愛の目の前には葉手州くんの小さな足元が見えている。

 その、可愛らしいミニサイズのスニーカーを履いた足が、少しずつ浮き上がっていくのがハッキリと見えた。


「……え?」


◇ ◇ ◇


 雀が――――いつの間にか葉手州くんの頭上を、グルグルと旋回している。

 姫崎の屋敷にいたときにも、雀が近くにいたような気がしていたけれど。今の葉手州くんには、その雀が一体何なのか……感知することができていた。


「―――――久しぶりだな……『魔鳥 カイム』。……また会えて嬉しいぞ」


 特徴的な、目の周りの真っ赤なアイシャドウ。

 いつもよりも醜悪そうで、ずる賢そうで、八重歯も大きい、まさに『魔王』の表情をした葉手州くんが話しかけるのは、頭上を飛び回っている一匹の雀。


 その雀が、パタパタと羽音をたてて葉手州くんの小さな肩に降り立った。


「お久しぶりでございます。―――魔王ハデス様」

「本当に、本当に、久しぶりだ。……オレ様のこと、よく覚えていてくれたな。ありがとう」

「当然でございます。実に……『あの時』から、5年もの間……お待ち申し上げておりました。……またお会いできたこと、大変嬉しく思います。―――生まれ変わり……新たなる肉体になろうとも、我ら魔王軍がこのように集えたことは……まさに奇跡。運命でございます」


 早口でそう言いながら、雀の姿をした「魔鳥 カイム」は、羽根を目にあててオイオイと涙を流した。


 たしかに我らは死んだ。

 『あの時』、勇者アランの一行により魔王軍は討伐され、魔王ハデスとその腹心・魔鳥カイムは――――その命を落としたのだ。


「(生まれ変わった……。やはり、オレたちは死んだのだ。そして……オレはニンゲンに生まれ変わり、幼稚園児になるまで育った。カイムは雀として生まれ変わって、オレを探して追いかけてきた、ということか)」


 魔鳥カイムの話を簡潔にまとめると、そういうことだ。


「……色々、聞きたいことが山ほどある。だが、まずは、コイツを倒したいなァ。体も小さいし、5歳児だし、幼稚園児だし……」

「……私も、情けないくらい小さな雀の姿になっておりますが……」


 魔王ハデスと、魔鳥カイム。

 お互いに生まれ変わって手に入れた、自分の身体を改めて眺めてみた。


 そして、2人で視線を合わせてニヤリとする。


「――――こんな小物、魔王の敵ではないな」

「左様でございます。豊穣の地・ルカディアを支配せんと――――ニンゲンどもを恐怖のドン底に叩き落した――――魔王ハデス様にとって、あのような小物……敵ではございません」

「ンガハハハハッ! そうだよな、そうだよなッ!」


 ギラギラとした目で、目の前の地縛霊を見上げて。

 魔王ハデスは小さな体を思いきり、ふんぞり返らせ、地縛霊を見下そうとする。


 身長100cmくらいの小さな体じゃ到底「見下ろす」なんて、できてはいないけれど。


 今の葉手州くんには、負ける気なんて全く無い。


◇ ◇ ◇



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