第4話 【唱え言葉】では、除霊できませんでした


「祓え給い、清め給え、神かむながら守り給い、幸さきわえ給え―――」


 白くて長い美脚を、躍らせて。

 サラサラのまっすぐな長い黒髪を舞わせながら、姉の友莉愛が神聖な【唱え言葉】で周囲を浄化していく。


 手には榊(さかき)の葉を持ち、神聖な言葉に霊力をこめて「アレ」に唱えることで、成仏できずに現世に居残ってしまった魂を、浄化させる。


 「アレ」は……完全に人の姿をしていた。


 依頼主の会社の建物の中を、フラフラと漂うように歩いている。

 全身はどこか霞がかっていて透けている。


 茶色い、古いスーツを身にまとった中年男性のような容姿だけど、その顔は腐敗し、醜く歪んでいる。

 その顔を見ただけで、「アレ」が人ならざる者。

 死者であることは――――明らかだ。


 そう、これが今回の除霊対象の姿。


「(やっべぇ……。あれが地縛霊ってヤツかぁ。初めて見た)」


 建物の中に侵入し、姉妹の気配を探って暗い会社の廊下を進んできた葉手州くん。真っ暗な中、非常灯の緑色の光だけが廊下の足元を照らしていた。

 幼稚園児にとっては、とても怖い薄暗い廊下を進むと、友莉愛ちゃんの【唱え言葉】が聞こえてきた。


 声がする部屋を覗いてみると、「アレ」に対峙している友莉愛ちゃんと、少し後ろのほうで【お札】を手にして構えている芽愛がいた。


 除霊を始めている姉妹の凛とした姿を、葉手州くんは顔を紅潮させて物陰から見つめている。


「お姉ちゃんっ! コイツ、【唱え言葉】じゃ成仏しないみたいだよっ」

「……そうみたいね。優しく導いてあげようとしてるのに、言うこと聞かないんだから」

「こうなったら、力づく、だね。……まるで幼稚園児を相手にしてるみたい」

「ふふっ。誰のことかしらね」


 友莉愛ちゃんは、榊の枝葉を腰の留め具に下げて、代わりに数枚の【お札】を手にした。

 それを妹の芽愛と同じように構える。


「言うこときかない子には――――お仕置きしますよっ。【破魔】の札―――ッ!」


 友莉愛ちゃんが左右の手に持っていた【破魔】の札を、「アレ」に向けて投げつけた。

 それは、羽のある紙飛行機のようにまっすぐに「アレ」へと飛んでいく。


 そして【破魔】の札が、「アレ」へと触れた途端。


 ボンッ!!


 鈍い爆発音がして、【破魔】の札が弾け飛ぶ。

 部屋に整然と並んでいた机がビリビリと振動し、上にあった紙や冊子が吹き飛んだ。


「うわァッ!」


 驚いた、葉手州くんの声。

 その声に驚いた姉妹が、葉手州くんが隠れていたほうを振り返った。


「葉手州くんっ?!」

「あ―――も―――ッ! 結局、車から降りちゃってるじゃないっ! 何やってんのよ、パパっ!」


 駆け寄ってくる姉妹に、葉手州くんはすぐに首根っこを捕まれる。


「どうして降りたの?! ここは危ないの。来ちゃダメでしょ」

 珍しく、友莉愛ちゃんが凛とした眉を怒らせている。


「だって……地縛霊、見たかったんだもん」

「ダメッ! 霊なんて、危険なヤツもいるの! 幼稚園児がここにいちゃ、ダメだってば! ……お姉ちゃん、私、葉手州くんを車に乗せてくる」

「うん……そうね」


 葉手州くんの小さな体を抱き上げて、胸にその体を抱きしめたまま。

 妹の芽愛が、とりあえず出口へと向かおうとした。


 その後ろで。


 バサ……バサバサ……。


 散乱した紙をまき散らしながら、ゆっくりと起き上がる茶色いスーツ姿。


 顔の半分がボタボタと溶け落ち、片腕の骨が折れて変な角度になったままの……「アレ」が、のっそりと立ち上がってきた。


 そして、真っ赤に充血した目を怒りに震わせ。

 白導衣姿の、2人の美少女と。

 小さな体の赤いアイシャドウのような痣が特徴的な、幼稚園児を睨みつけている。


「……もしかして、コイツ、強い……?」


 芽愛が、緊張した声色で呟く。

 姉の友莉愛は何も言わず、【破魔】の札を構えた。


 芽愛の胸に抱きしめられている葉手州くんは、遠くの方で「どこに行ったの~?」と叫ぶパパの声が聞こえたような気がしていた。


◇ ◇ ◇


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