第2話 除霊の依頼が来ました


 チュン、チュン! チュン!


 姫崎家の広大な庭を囲うように並んでいる広葉樹。

 そこから聞こえてくる雀たちの声が、今日はやけに元気いっぱい。少しうるさいくらいだ。


 チュンッ! チュンチュンッ!! チュ―――ンッ!!


 庭を箒で掃除していた妹・芽愛が小石を拾い、雀の声がするほうへと思いきり投げつける。


「うっさい! 黙れっ! 掃除のジャマ!」


 石に驚いて、バサバサバサ!と雀たちの集団が広葉樹から飛び立った。

 そんな中。

 1匹の雀だけは……枝葉の間から、じっと芽愛の様子を伺っている。


 一番声を荒げ、他の雀たちを追い払って、鋭い眼差しで姫崎家の屋敷を観察していたのも――――――この雀だった。


◇ ◇ ◇


「地縛霊?!」


 姫崎家の神聖なる神社の社殿。その中で、参拝者の皆さんがお守りやおみくじを買ったり、祈祷の申し込みをしたりするのが、社務所といわれる小さな事務所である。

 姉の友莉愛と妹の芽愛、そして引退した神主の父と元・巫女の母、そして友莉愛たちの母方の祖母たち姫崎一家が生活するのは、社務所に隣接している古い木造の屋敷のほう。

 その屋敷にまで聞こえるくらいの大きさで、葉手州くんの驚いた声が響き渡った。


「お化け?! お化け! ホントにいるの、地縛霊って。見たい見たい、見たい!」

「だめよ、葉手州くん。これは私たち姫崎の巫女たちのお仕事なの。夜に出かけることになるし、危ないことだってあるから、葉手州くんはお留守番なの」

「えぇ―――……そんなの、イヤダ」

「ダメよ。地縛霊の除霊なんて……しばらく無かったお仕事なんだから、きちんとお祓いしないと。そして、きちんとお代をいただかないといけないの。うちの神社への奉納金も減る一方だし……やりくり大変だって、お母さんも言ってたんだから。私たちも何とかして稼いで、家計を助けるの。だから、葉手州くんはお留守番、ね?」


 大きな胸と長いまっすぐな髪を揺らしながら、友莉愛ちゃんが葉手州くんの頭を撫でた。

 その風船のような胸を枕に、葉手州くんは腕に優しく抱かれている。


「(ぐひひひ、やっぱり友莉愛ちゃんの胸は柔らけぇ~。幼稚園児の特権だな、これ。……あれ? またトッケンなんて、難しい言葉を思い浮かべてるぞ。オレ。頭が良くなったのかな?)」


 ぐにぐに。

 幼稚園児の小さ目の頭を、友莉愛ちゃんの胸に押し当てながら、葉手州くんは正面に座っている「お客さん」と友莉愛ちゃんの話に耳を傾ける。


「それで……報酬は、どれくらいいただけるのですか?」

「いやいや。姫崎さんとこの美人巫女さんたちにお祓いをして頂けるんだったら……当然、お代は弾ませていただきます。なにしろ……アレがいると、うちの会社、仕事になりませんから」

「そうですよね。……あの。具体的には、どれくらいになりますか?」

「あぁ、えぇと。こんくらいで、いかがでしょうか?」


 依頼人の社長さんが、小さな紙きれにサラサラと数字を並べて、友莉愛ちゃんに手渡した。


「まぁ。こんなにっ。ありがとうございます!」

「いやいや。会社の損害を考えると、これくらい。なにせお宅で3件目です。除霊をお願いするの。今度こそ、成功してほしいと思っとるんですわ」

「大丈夫です。お任せください」


 受け取った紙切れを顔まで近づけて、友莉愛ちゃんは色白の頬を緩ませて微笑む。

 胸元から見上げている葉手州くん。

 その紙切れに書かれてある数字の、0の数を見て、驚いた。


「(すっげぇ。除霊って、そんなに儲かんのかよ)」


 ニコニコが止まらない様子の友莉愛ちゃんの横顔を見ながら、葉手州くんは頭の中にふつふつと悪い考えを思い浮かべ始めた。

 これを口にしたら、絶対に怒られる。

 特に、妹の芽愛に知られたら――――地獄行き決定になる。


「(興味あるなぁ。見てみたいなぁ。地縛霊、地縛霊。一体どんなのなんだ? モンスターみたいなものなのかなぁ)」


 どうにかして、その「除霊」とやらについていきたい。

 そのためにどうするといいのか、葉手州君は考え始めた。


 「モンスター」という言葉を思い浮かべると、なぜか胸が躍る。


 社務所の外からは、チュン、チュン、という雀の声が聞こえてきている。


◇ ◇ ◇

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