退魔士姉妹と、最初の除霊
第1話 幼稚園児魔王は、美人退魔士姉妹の家に預けられています
神職である姫崎家。
東京都内某所に割と広めの敷地を有していて、正面の入り口には大きな赤い鳥居もある。
お参りに訪れる人々は鳥居をくぐって境内へと進むが、実際にそこに住んでいる姫崎の一族は裏口にある屋敷側の入り口を通って敷地へと足を踏み入れる。
その屋敷側の入り口に一台のタクシーが止まる。
ドアが開くけれど、そこから出てくる人影はあまりに小さい。ぴょん、と跳ねるように座席から飛び降りてきた。
「ありがとうございましたぁ」
タクシーのドアが閉まると、幼稚園の帽子を小さな手で押さえながら、ぺこりとお辞儀をする。
とても、礼儀正しい。
幼稚園の作業着がとても良く似合う、色白の肌に、赤いアイシャドウのような痣がある男の子――――姫崎 葉手州くんは、タクシーが去っていくのを見届ける。
そして、小さな体でタタタタ…と小走りで屋敷側の門へと駆け寄ると、少し背伸びをして……門に取り付けられているインターホンを、押した。
白い指は小さくて、細い。
「ただいまァ! 葉手州だよ」
『おかえりなさーい。今、開けますね』
「早く、早くぅ。幼稚園出るときから、トイレ、我慢、してるんだよぉ」
『あらあら、大変! ちょっと待ってて!』
インターホンごしに聞こえてくるのは、葉手州くんよりもずっと年上の落ち着いた女性の声。
まだ若いのに、落ち着いた雰囲気の声の主は、十秒後くらいには門へとやってきて中から鍵を開けてくれた。
「おかえりなさい、葉手州くん」
「うん、ただいま。友莉愛(ゆりあ)ちゃん。……トイレ、トイレぇ!」
現れたのは、姫崎 友莉愛。
この姫崎家の長女にして、神職を引き継いでいる現役の巫女。
18歳の高校3年生と聞いている。
葉手州くんが小さいということもあるけれど、背は同じ世代の女の子の中でも割と高い方。サラサラのまっすぐな黒髪がよく似合う、白い肌をした美しい女性だ。
何より、胸の存在感がとんでもない。
下から見上げる形になる葉手州くんは、まだ幼稚園児ではあるけれど。それを意識しないではいられないほどの、存在感。
「(……まるで風船が入ってるみたい。すっごい、ぶるんぶるん)」
トイレに向かって駆けていく葉手州くんの後ろを、「転ばないように、気を付けてぇ」と、ややのんびりとした口調で後を追う、友莉愛ちゃん。
薄手の白ニットに包まれたおっぱいが、大げさなほど揺れまくっている。
「(大人の女の人って、すげぇなぁ)」
興味津々の葉手州くん。
後ろを追いかけてくる友莉愛ちゃんの胸が気になって、チラチラと振り返りながら駆けていた。
そのまま、屋敷の玄関に飛び込んで、入り口近くのトイレへと駆けこもうとしたけれど。
ドシーン!
柔らかな何かにぶつかって、葉手州くんは弾き返される。
「コラッ! またお姉ちゃんのオッパイ、見てたでしょ! ……このエロガキッ!」
キンキンとした少女の声。
尻もちをついた葉手州くんが、痛めたお尻を押さえながら立ち上がる。
立ち上がっても、やっぱり背は小さいので、キンキン声の少女のほうを見上げなければならなかった。
「た……ただいま、芽愛(めあ)……」
「おかえりなさい! 葉手州っ! もう、ちゃんと前見てなさいよ。結構、痛かったわよ、今の!」
「ご、ごめんなさい」
ツインテールの長い黒髪をした、キンキン声の少女。
整った綺麗な顔立ちをしていて、姉の友莉愛ちゃんと同じような白い肌をした、女の子。まだ13歳の中学1年生で、姉の友莉愛ちゃんよりは背も低い。
服装も、中学校の制服を着ている。
それでも、幼稚園児の葉手州くんにとっては、巨大な存在だ。
屋敷の入り口に立っていた芽愛の身体の、どこにぶつかったのかはわからないけれど。
姉に比べたら、あまりに小さくて薄い胸を手で押さえているから……きっとこの辺に、葉手州くんの固い頭がぶつかったのだろうと、納得した。
きっと友莉愛ちゃんなら、ぼよん、と優しく弾かれただろう。
芽愛の胸は、気持ち膨らんでいる程度だから……僕もぶつかって跳ね返されて、尻もちついたんだ。
だから、芽愛のおっぱいが小さいのが悪い。
「だいたい、なんでお姉ちゃんは…友莉愛『ちゃん』なのに! 私は『芽愛』って呼び捨てにすんのよっ! 私もキミよりずっと年上なんだからね、エロガキッ!」
「……だ、だって……なんか……」
「なんか、何よ。私と友莉愛お姉ちゃんとで、何が違うのよ」
キンキンとした声で、指までさして葉手州くんに詰め寄ってくる。
うーん。何が違うって……。
その子供っぽい感じ。小さな子に対する接し方としては、キツい感じ。
なにより、抱擁感というか……柔らかさというか。
結局、おっぱいの大きさの差のように――――明らかに姉の友莉愛ちゃんと比べると、欠けているものが多いんだよなぁ。
頭の、幼稚園の帽子を小さな手で直しながら、葉手州くんはそう思っていた。
「(……ん? なんだろう。なんだか、今日は難しいこと、考えられるようになってる)」
頭の中で考えることは、いつもはもっとボンヤリとしたものだ。
好きなアニメのこと。
美味しいお菓子のこと。
大好きな友莉愛ちゃんのこと。
今日のご飯は何かな。
帰ったら、何をして遊ぼうかな。
幼稚園の先生が注意していたこと、何だっけ。
トイレにいかなきゃ。
いつもは、そんなことしか考えていないのに。
今日は「抱擁感」なんて……とても難しい、まるで大人が使うような言葉まで、頭の中に自然と思い浮かんでくる。
「それより、それより、トイレトイレ!」
「あ、そうそう。葉手州くん……トイレに行きたいのよ。通して頂戴、芽愛」
「あぁ、はいはい。またお漏らしちゃったら、大変だもんねぇ。小便小僧くん?」
「もぉ! オレはまだ幼稚園なんだから! 小さい子なんだから! 仕方ないだろ!」
「いいから、早く行きなさいよ……」
ようやく屋敷の入り口を通してくれた、芽愛の細い体の脇を通りぬけ、葉手州くんはトイレへと急いだ。
チュン、チュン、チュン。
屋敷を囲うように立ち並ぶ、大きな広葉樹。
枝葉の間から、雀たちの声が聞こえていた。
◇ ◇ ◇
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