第3話「ラジコンカー」「プテラノドン」

 ラジコンカー、もといラジコン(Radio Control)の始まりは19世紀末。当時アメリカであの『電流戦争』を制した、テスラコイルの発明者であるニコラ・テスラがラジコンによって船を動かした記録が初出だとされている。すぐに軍事用に応用され、無人戦車や無線艦となって戦場を荒らした。戦後、その技術は民間にも普及し、幅広い世代で楽しまれるものになっていく。

 

 2050年末、そんなラジコンカー界隈は一つの問題にぶち当たっていた。


 技術進化の停滞である。


 タイヤに車体の重量、形状からモーターの馬力まで、カスタムできないところがないとされていたラジコンカー。しかしながら、路面の材質が決まっている中だと、タイヤ形状は必然的に最善が浮かび上がってくるし、それはずっと変わらない。他の箇所も同様の理由によって、大会が最盛期を迎えていた2030年頃から、その限界は顔をのぞかせていた。

 AIを組み込んだ自動走行運転技術の発展、ガソリンを使わない完全電気自動車や水素自動車、地面に触れずに滑らかな走行を可能にする浮遊型自動車など、街中の車はまだまだ進化を続けていた。

 しかし、それは実際に人が乗るからであって、玩具となれば話は変わってくる。どんな製品にも共通して言えることだが、。スマートフォンにパソコン、20世紀後半から21世紀初頭の多くの技術はここに力が注がれてきたといっても過言ではない。物好きがホンモノの車の技術を十分の一スケールのラジコンに応用しようにも、あまりにもスケールが違いすぎて匙を投げた。そういう次元に突入したのだ。


 この佳境に一石を投じたのがバイオミメティクスだった。


 バイオミメティクスとは『生物模倣技術』と訳され、要は実際の生物が環境を生き抜いている技術を人間が使ってやろう、という研究分野だ。例を挙げると、キツツキの頭の構造を模倣した人間用ヘルメットがある。キツツキといえば、とてつもないスピードで木にくちばしを叩きつけて穴を開けるイメージがあると思う。では、なぜ彼らは脳震盪のうしんとうを起こさないのか。それは舌の形状が特殊で非常に長く、頭蓋骨を囲むように舌が巻かれており、それがクッションになって脳震盪を防いでいるわけだ。これを応用し、強い衝撃でも頭が響かないようにされたヘルメットが開発されており、現場の方々の安全をより強く守っている。


 2050年代に突入した頃、バイオミメティクスの研究対象は消えていった絶滅動物にも及んでいた。アンキロサウルスなどの鎧竜種の外皮は戦車などの装甲車へ、T-REXなどが持つ強靭なあごの形状はゴミ処理施設などの粉砕機に模倣された。

 では、プテラノドンのような翼竜種はどうか。あの独特な頭部は美しい流線形を描いており、飛行の際に風の抵抗を受け流すのに最適な形状をしている。翼もシンプルだけど無駄のない形状、翼内の骨まで軽く、滑空に関してはベストな生物だった。


 そんな世間のバイオミメティクスの流行と、プテラノドンの研究結果を見たラジコンカー界隈物好きがあることを思いつく。


「これ、ラジコンカーに応用できるのは?」


 彼にはそこそこなお金と行動力があった。すぐに3Dプリンターでプテラノドンの頭部を模倣したボンネットを出力。鋭い先端をもった、滑らかな流線形のラジコンカーが誕生した。実際に走らせてみると、これがなんと驚異的なスピードを記録した。同じサーキットで世界記録を出した車体と同様のモーターを使っているのにも関わらず、大差をつけてゴールテープを破ったのだ。

 

 界隈には激震が走り、皆すぐさまプテラノドンの形状をしたボンネットを研究し始めた。今まではホンモノの車の後を追う形で発展してきたラジコンカーだったが、ここにきて新たな路線を開拓した。


 無論、皆が一様にその形状を真似し始めるということは、どこかしらで差をつけなければ勝てないわけだ。ここで界隈の物好きが思いつく。


「プテラノドンの骨の構造ってシャーシ(車体の骨組み)の材質に使えるのでは?」


 彼にはそこそこなお金と行動力があった。すぐにシャーシを製造している会社に『出資するからぜひ作ってみてほしい』と提案してみた。するとプロジェクトが立ち上がり、プテラノドンの骨を模倣した超軽量シャーシを開発された。早速走らせてみると、これがまた他のプテラノドン型車体よりも大きく差をつけた。


 製品化して発売すると、もちろん界隈では売れに売れた。今までの軽量化といえば、車体内部の骨や外装を削って細くする個人努力、モーターやタイヤのホイールをできるだけ軽くする企業努力で成り立っていた。他社もその技術を用いて開発を進めたので『軽量化戦争』が勃発。ラジコンカーの性能は大いに進展した。


 スピードを極めると、だんだん今までのコースじゃ物足りなくなってくる。そうういった声に対応し、大会では高低差がつけられた部門も作られた。すると軽量化した車体はどうなるか。その軽さのおかげで、浮き上がって車体が倒れるのが頻発したのだ。もちろん重りをつけるなり、プテラノドンの骨シャーシを用いなければ良い話だったのだが、ここで界隈の物好きが思いつく。


「高低差を利用して滑空したら速いのでは?」


 プテラノドンはいくら軽いといっても十数キロはあったらしく、飛行というよりは崖などから滑空することが多かったとの研究結果が出ている。物好きが早速車体に取り付けようと、プテラノドンと同じ形状の翼の開発と制御を試みようとしたとき、彼の友人が一言。




「それもう飛行機じゃね?」

 

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