第2話「最終回」「ほうき星」
『……ええ、そうです。近年の尋常ではない数多の巨大な流星群は、地球周辺の環境が大きく変わってしまったことを明確に示しています』
モニターから映し出される頭が散らかったおっさんは、威張り腐った芸人の司会に向かって自信ありげにいう。
十数年前の新型ウイルスのときもそうだった。テレビのワイドショーは、どいつもこいつも同じような顔の自称専門家を番組に呼んで、とりあえず人を煽っておけば
『……という研究結果が出ています。つまり、来週の頭に地球に向かってくる”ほうき星”が肉眼で確認できるとき。このときが地球の終末、を意味するといっても過言ではないです』
「おい、ちゃんと2カメで映せよ。クサレ専門家のお尊顔はカメラいっぱいに撮るんだ。人間の顔のアップは不安を掻き立てるからな」
インカムでカメラマンに指示を飛ばすと、すぐに2カメ担当が向きを変えた。デジタル時計をちらりと見ると、まだ7分以上尺が余っている。もう少ししゃべり続けてもらおう。ADになんかあったらよろしく、とだけ伝えて俺は席を立ち上がり、給湯室のコーヒーマシンからエスプレッソを注ぐ。
は~あ。なんでこんなことやってんだろ。
俺は地方テレビ局の夕方ニュース番組のディレクターをやっている。ガキの頃に夢見てた『みんなを感動させられる番組を作る』というのはもう無理そうだ。全国のキー局のADの話が上がったのが四十代前半か。結局、目先の地方局のディレクターっていう立場の年収に目が眩んで、自分が本当にしたかったことができてない。数字が出ないと即刻お払い箱の世界だから、仕方なく”黄金のルール”に
俺は人生を振り返るような人間じゃなかった。だけど天寿を全うできないと知ったら、誰だってこんな風にセンセーショナルな気分に陥るものさ。
数年以内に地球が滅亡するかもしれない、といった突拍子もない話が世界中で持ち上げられたのは記憶に新しい。2012年のマヤ文明の予言がどうたらこうたら~ではなく、ちゃんと天文学の研究分野からの発表だった。なんでも今までは木星がそのデカい体積から出る強い重力で、太陽系内の惑星に落ちるであろう隕石を引っ張っていたらしい。だけど十年前くらいかな。木星に巨大な隕石(地球の数十倍)が吸い寄せられて木星が大きく欠けてしまったらしい。すると重力が不安定になって隕石を吸い寄せることが難しくなったんだと。つまり地球の防御壁だった木星が力を発揮できなくなったから、次にデカい隕石が来ると地球はかなりまずい、という話だった。
それで最近はデカい隕石が数個、地球をかするくらいで済んでいたが、今回の
「俺は最期まで仕事してるんだろうな……」
熱いエスプレッソを口にふくんで飲み干した後、ボソッと口から出た。しかしこれはある種、幸運なのかもしれない。両親はもう死んだし仲の良い親戚もいない。かといって俺に家族もいないから、最後まで一緒にいてくれるのは仕事だろう。
「なーに言ってるんですか先輩!これが終わったらもう仕事はないじゃないですか!」
若いADが軽快に話しかけてきた。そう、今日でこのニュース番組は最終回を迎える。テレビ局で働いてる人間は多い(人間をやめた奴も多くいるが)。最期の時を家族と過ごさせてやろうという方針は当然のことだ。
「で、先輩は最期の一週間、何して過ごすんですか?」
彼はどかっと俺の隣の椅子に腰かけた。彼の屈託のない笑顔がまぶしい。
「そうだなあ……とりあえず余っている食料を全力で料理して使い切ろうかな」
俺は自虐風に答える。
「あはは!先輩らしいですね!」
「お前は何する予定なんだよ」
「今週の金曜までは彼女と過ごして、そこからは実家に帰ろうかなと」
「いいじゃないか。俺が聞いた中で一番理想的な過ごし方だったわ」
いつもより強めに紙コップを握りつぶして、オペレーション室のゴミ箱に投げ捨てた。若いADがナイッシュー!と茶化す。これくらい当然と俺が言う。
するとふと、彼が真剣な顔になって俺に問いかけてきた。
「先輩、自分がやり残したことって何かあったりします?」
「もう地球があぶねえって言われてからずっと考えてるけどよ、何も思いつかないんだわ。ダメな人生だったってことかもしれないな」
投げやりに、自虐風に言った。
「じゃあ1つ僕から提案してもいいですか?」
「提案?」
「”地球の最終回”って面白くないですか?」
地球の最終回。言葉の響きはすごく面白い。
「僕もね、やり残したこと考えたんですよ。すると案外なにも浮かばなくて」
ははっと放送中のモニターを眺めながら彼は笑った。
「じゃあ滅亡まで何がしたいかって考えると、結局彼女と家族と一緒にいようかなって考えに落ち着くんですよね」
「……なにが言いたい」
急にこちらへ振り返り、若いADはよくぞ聞いてくれましたって顔で指をパチンと鳴らした。
「で、僕は考えたんです。今からでも僕は地球史に残るような人生と作品を残せないかなって。そこで考えついたのが”地球の最終回”です。地球にやってくるほうき星が地球にぶつかって、その地球が爆発する瞬間までカメラを回して記録したら、それは地球史に傷跡を残せたって言えるんじゃないかな、と」
「……カメラなんかでいくら記録しても最後には溶けて無くなるから意味ないんじゃねーの?」
俺は呆れて彼に言った。
「そんなことわからないじゃないですか!地球が滅んだ後にカメラが残ってるかどうかなんて。俗にいう悪魔の証明ってやつですよ」
にひひ、といたずらっ子のような顔で彼は笑った。
「でも僕は家族のところへ向かわなければなりません。だからこの大きな仕事を誰かにやってほしいと思って」
「俺にここでお天気中継よろしく『ほうき星中継』を当日やれと?」
「そういうことです」
にやりと笑った彼は直後、噴き出した。俺もつられて噴き出した。ひとしきり笑った後、若いADはこう言った。
「僕がそれを天国で必ず見ます。強引にでも神様にも見させてやりますよ!」
「考えておくよ」
そう言いつつも内心はもう決まっていた。ほうき星って通常のテレビカメラで撮れるんだっけか。あとで機材室に行って金環日食に使った天体観測用のカメラを出しておくとするか。
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