第3話 大逆転

「そういえば、告白する日いつか決めてなかったな」


 そう言ったのは、すっかり雪斗を応援する気になっている望夢のぞむ。他のメンバーもそれは同じで、雪斗を囲って思案する表情は真剣そのものだ。

 最初怯えきっていた雪斗も、今じゃ四人と普通に笑って話せるまでになった。

 会話の様子を見守る空は、自分のわがままから始まったにもかかわらず、いつのまにか強い連帯感ができあがっていることを喜んだ。



「あ、バレンタインは?」


「バレンタインですか……?」


 続いてゆかりが閃くと、雪斗がちょっと不安そうに聞き返す。

 確かに、もう直ぐバレンタインが三日後に迫っている。告白するなら絶好の機会ではある。

 空は笑顔で雪斗を振り向いた。


白尾しらお君、いいよ! バレンタインに告白しよう!」


「でもどうしたら……」


「あっ、一緒に、彼女のためにお菓子作る?」


 今度は空が閃いて、周りからおおっと歓声が上がる。

 これは女子であり、日頃からお菓子作りをする空ならではの発想だった。


「お菓子か」


「雅ちゃんって、甘いもの嫌いじゃないよね?」


 暁の店での様子だと問題ない気がしたが一応確認すると、雪斗はコクコクと頷く。


「大好きだよ!」


「なら良かった! もし手作りして渡したら喜んでくれそうな気がするんだけど、どうかな?」


「うん! 僕作るよ! でも、お菓子なんて作ったことなくて、小鳥遊たかなしさん教えてくれるかな?」


「もちろん!」


 空は照れくさそうに頼んでくる雪斗に頷いた。

 空としては最初からそのつもりだったのだ。

 四人も、二人の様子を笑顔で見守る。

 これで、最終作戦が決まった。


 作戦三、手作りお菓子でバレンタインに告白!


***


 お菓子作りの場所は、雪斗の家だと雅にバレる可能性があるため、空の家になった。


「初めまして、小鳥遊たかなしさんの同級生で白尾雪斗しらおゆきとです……!」


「おう。遠慮なく使え」


「頑張ってね。ふふ」


 雪斗が緊張の面持ちで挨拶をしたのは、若くも、空の養父であり黒髪の短髪に切れ長目の目をした仁倉暁にくらあかつきと、彼の学生時代からの親友で、金髪で日本人離れした容姿とスタイルを持つ西園寺苑さいおんじえん

 暁は空から事情を聞くと、迷わず家を使うことをOKしてくれた。

 苑は、ちょっと興味本位な部分がある様子だが、材料費を出してくれるというので、ここは甘えさせてもらった。


 何はともあれ、みんなに支えられて順調に準備は進んでいる。

 だからこそ、空はまったく予想していなかった。まさか、あんな展開になるなんて……。




 それはバレンタイン二日前。

 雪斗の告白により明らかになった衝撃的な出来事だった。


「雅ちゃん、引っ越すらしいんです」


「「「えっ!?」」」


 突然のことに、空達も驚きを隠せない。

 この世の終わりという顔をしている雪斗に、なるべく落ち着いた声音で問いかけてみる。


「どうして突然? しかも、こんな時期に……」


「……実は、雅ちゃんの両親は前々から喧嘩が絶えなくって、それで、よく家に来ていることも多かったんです。今回離婚が正式に決まって、雅ちゃんはお父さんに付いて行くみたいなんです」


「でも、母親の方と暮らせば引っ越さなくていいんじゃねーか? 母親はこっちの人間なんだろう?」


 話を聞いた飛鳥の率直な意見に、内心空達も頷いた。しかし、雪斗はそう言うと、首を竦め、更に表情を沈ませる。


「それが、雅ちゃんは頑なにおじさんに付いて行くって言っていて。しかも、聞いても理由を教えてくれないんです」


「そうか。色んな事情があるんだろうけどな。――ただ、お前はどうしたい?」


「え?」


「このまま、何も知らず、何もせずお前は諦められるのか? それでいいのか?」


 望夢のぞむが雪斗の両肩をグッと掴んで訊ねる。

 その目は強く雪斗を捉える。雪斗は動揺とともに瞳を揺らしながら、頭の中に大切な人の笑顔を思い浮かべた。その後、激しく頭を振った。


「嫌だ!! 諦めたくない!!」

 

「じゃあ、行くしかねえな」


「はい!!」


 雪斗は、望夢のぞむに頷いた。もう、瞳は揺れていなかった。

 望夢がそっと腕を話した直後、雪斗はわき目もふらず、真っ直ぐに走って行く。

 行先はたった一つだった。




「雅ちゃん……っ!!」


「雪斗」


 雅の家を訪れると、家の前には大きな引っ越し業者のトラックが停まっており、積み荷作業をしているところだった。

 突き付けられる現実に苦しくなるも、雪斗は冷静さを欠かないよう自分へ言い聞かせる。一方、雅は戸惑いつつも、息を切らす雪斗を心配し、家から用意してきたお茶を差し出す。


「はいこれ飲んで。それにしても、どうしたの?」


「……でよ」


「え?」


 雪斗は雅がくれたお茶を一気飲みした。

 空になったグラスを返し彼女がそれを受け取ると、彼女の肩を掴んで真剣に訴えた。


「雅ちゃん、お願いだから行かないで! 引っ越したりしないで!!」


「雪斗……っ。でも、もう決めたのよ」


 普段とどこか違う雪斗の雰囲気に圧倒されながらも、雅も何かを耐える表情で彼の腕を払う。

 それでも、雪斗は必死に粘った。家の中へ戻ろうとする雅の腕を引き掴む。


「待って! じゃあ、理由を教えて! どうして相談もなく決めたの? お家の事情はもちろんあるだろうけど、どんなことも、今までは僕に話してくれたでしょう!?」


 てっきり、雅は怒ると思った。勝手なことを言うなと。

 しかし、こちらに振り返った雅は、見たこともない辛そうな顔で泣いていた。


「み、雅ちゃん?」


「振られたの……。ずっと好きだった人に、彼女が居たの!! 二人が一緒にいるところなんて見たくないから、もう、この町にもいたくないの!!」


「え……」


「もういい?」


 最後は背中を向けて言う彼女に、雪斗はこれ以上言葉を掛けることが出来なかった。


***


 バレンタインが明日に迫った翌日、空達は青ざめた雪斗から一連の話を聞かされた。

 衝撃だった。どう見てもあの二人は想い合っているはずなのに、彼女には別に想う相手がいたなんて。

 空はどうしても納得がいかなかったが、雪斗の瞳には以前のような力が籠っていなかった。


「もう、いいです。こんな僕にしては充分頑張ったと思うので。小鳥遊さん、みんな、これまで本当にありがとうございました」


白尾しらお君……っ」


 完全に諦めた様子の雪斗を、空はなんて励ませばいいか分からなかった。



 そして、悩ましい思いを抱えたまま迎えた放課後のこと。

 ふらっと立ち寄った店でバレンタインのラッピング商品を選んでいた空が横をみると、偶然チョコレートのコーナに立ちすくむ雅の姿を見付けた。


「あっ」


 つい口を吐いて出たとき、声に反応した彼女が顔をこちらへ向けた。

 それでも向こうは空を知らない筈だったのだが、空にみせた反応は予想外だった。


「あなた、雪斗の……っ」


「え?」


 彼女の表情は強張っていた。拳を作り、目には怒りの感情さえ覗く。

 どうして? この態度の理由を、空は必死に考えた。そして、一つの答えに辿り着く。


 ――もしかして……。


 瞬間、空は雅の腕を掴み取った。


「雅さん、私と白尾しらお君は、貴方が思うような関係じゃないです!」


「え?」


「あのっ、お願いです! ちょっと、待っていてください! ここを動かないで! お願いします!」


 そう言うと、空はお店を慌てて飛び出した。


「え、ちょっと!?」


 雅が呼び止める声にも振り返らず、空は走った。彼の元へ。




「――白尾君!!」


 学校へ戻ると、未だ雪斗は校舎に残っていた。


小鳥遊たかなしさん? ど、どうしたの……?」

 

 ちょうど玄関で履き替えようとするところを見て、空は飛びこむ勢いで彼の腕を掴んだ。困惑している雪斗や周りが驚いている様子にも目もくれず、空はすでに体力の限界を超えた、カラカラの声で訴えた。


「○○町のスマイルってお店へ行って! 早く! 勘違いしていたの。雅さんは、私と雪斗君が付き合っているって。どこかで一緒に居るところを見たんだと思う。私も否定したけど、駄目なんだよ。白尾しらお君が言わなきゃ、行かなきゃ!!」


小鳥遊たかなしさん……」


「大丈夫だから、雅さんは白尾君のこと待っているから……っ、走って!!」


「……っ、解かった!!」


 返事をするよりも早く、雪斗は走り出していた。


 遠くなっていく背中を見つめながら、空はその場にへたり込む。すると、こちらに向かって駆けて来る足音が近づいてきた。


「空!!」


 思った通り、足音は望夢たちだった。


望夢のぞむ君、みんな!」


「おい、大丈夫か? 今、白尾しらおが走って行くのが見えたけど、何かあったのか?」


 空に手を貸して立ち上がらせながら訊ねる望夢のぞむに、空は満面の笑みで微笑んだ。


「大丈夫。もう、心配ないの」


***


 バレンタイン当日。


小鳥遊たかなしさん、高羽たかばね君、みんな、本当にありがとうございました!」


 空達にお礼を言いに来た雪斗の表情は、期待通り晴れやかだった。


「良かったね!」


「うん! 本当に、みんなのおかげだよ!」


 雪斗は自分のことのように喜ぶ空に、満面の笑みを浮かべる。

 そんな彼の肩を叩きながら、同じく喜ぶ望夢のぞむ、紫、飛鳥、海が囲む。


「良かったな」


「まさか、彼女が、空ちゃんを白尾しろおの彼女だと勘違いしていたなんてね」


「何が起こるかわからねえもんだよな」


「でも、一件落着で、本当に良かったね」


 雪斗はあの後、空の言った店へ行きちゃんと雅と合流した。雅もやはり待っていた。

 そして、空との誤解を解き、彼女を安心させると、とうとう想いを告げたのである。結果、予定よりは一日早いが、二人は晴れて恋人同士になった。

 作戦が功を奏したかは分からないが、目的は達成である。


小鳥遊たかなしさん、付き合えることにはなったけど、僕改めて作ったお菓子を渡して雅ちゃんに気持ちを伝えて来るよ」


「うん。それがいいよ」


 空は笑顔で雪斗を送り出した。

 雪斗の背中は出会った当初とは違って背筋がピンと伸びていた。自信と歓びに溢れているのを感じ嬉しかった。



「何はともあれ、本当に良かったな」


「そうだね、雅さんも残ることになったしね」


 放課後、望夢のぞむと一緒に帰りながら、空は安堵の笑みを浮かべる。


 そう、雅の転校は取りやめになった。雅の引っ越す元々の理由は、雪斗に振られたと勘違いして自棄をおこしていたからだったので、両親と改めて話し合った結果、彼女は母親と暮らすことに決まった。雪斗と雅はこれからも一緒に居られるのだ。


 全てが丸く収まり、空自身晴れやかな気持ちで歩くなか、ちらと隣を見上げる。

 望夢のぞむも同じようなすっきりとした表情をしている。


「望夢君」


「どうした?」


 不思議そうにする望夢に、空は鞄から取り出した青い包装にリボンが結ばれた箱を差し出す。


「今日は、バレンタインデーだよ」


「そういえばそうだな。ありとうな、空」


 望夢のぞむは一瞬面喰った顔になるも、嬉しそうに受け取って、眺める。きっと、彼も雪斗のことで一生懸命になるうちに、今日という日を忘れていたのだろう。

 彼の人柄に微笑ましく思う反面、それは自分が巻き込んだせいだと反省した。


「……望夢君、ちょっと屈んでくれる?」


「どうかしたのか?」


 望夢が何も解っていない様子で言う通りに屈んだ瞬間、空は彼の頬に口づけた。

 今は、恥ずかしさよりも、想いが名一杯伝わればいいと思った。


「空!?」


 案の定固まるほど驚いている望夢に、空は笑顔でしっかりと見つめながら云うのだった。


「望夢君、大好きだよ。これからも、ずっと一緒に居てね」




END


 


 



 

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Paradiseーバレンタインー 香澄るか @rukasum1

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