第2話 告白大作戦

 雪斗と別れた空たちは屋上へ場所を移した。そして、空は彼らに応援の「事情」を説明した。

 まさか彼女の協力する件が告白の後押しだと思わなかった彼らは、驚いた後、飛鳥・望夢のぞむかいゆかりの順で不安を口にした。


「上手くいくか?」


「第一、告白の後押しなんてしたこともないしな」


「紫はあるでしょう? 望夢のこと」


 海が思い出した顔で紫を振り向くも、彼は苦笑交じりに首を捻る。


「うーん、まあ。でもあれは、何振り構ってられなかったっていうか、勢いだったから。ある意味」


「そっかー……」


 その場に不安な空気が漂うも、彼らの反応は当然だった。

 空自身、自ら言っておきながら具体的なプランは未だなかった。

 それでも、自分一人より彼らと一緒なら、何かいいアイデアが浮かぶんじゃないかと思った。何より、上手くいくのではと。


 迷惑をかけるのは承知で、空は想いを込め、彼らの前に深く頭を下げる。


「みんな巻き込んでごめんね! でも私は、白尾しらお君と相手の様子を見たことがあって、この恋は上手くいくと思うの! だから、諦めてほしくなくて……っ! こんなの、私の一方的なお節介だって解かってはいるんだけど、どうか、力を貸してください。お願いします!!」


「空、もういい。頭を上げろ。お前の気持ちは充分伝わったから」


 望夢のぞむの手が空の肩にそっと触れ、彼女の頭をあげさせる。

 呆れられただろうかと不安になる空が顔をあげてみると、そこには四人の笑顔があった。


「しょうがねー。空はお人好しだからな」


「空ちゃんに何かあったら力になるって、前に約束したからね」


「心配しなくたって、俺達はいつでも空ちゃんの味方だよ」


「空、お前が一生懸命になるのはいつだって他人の為だ。だから、俺達はお前を信じてる。もっと俺らのこと頼ればいいんだよ」


「飛鳥君、海君、ゆかり君、望夢君、ありがとう……!!」


 空は自分がどれほど良い仲間を持ったか知っているつもりだったが、より実感した今、どうしようもなく涙が込み上げそうになった。

 こうして、雪斗プラス、空達五人の告白大作戦が秘密裏に始動した。


 ***


 作戦一、告白する度胸をつける。


 これは、望夢のぞむと飛鳥の案だった。そして、そのために選んだ方法は、元々は海の祖父がしており、今は叔父が師範を務める空手道場への入門。


「海達から頼まれたからって、俺は手は抜かないぞ。覚悟はいいかい?」


 海からは全く想像がつかない、強面で屈強な叔父が、真っ直ぐ雪斗を射抜く。

 雪斗はグッと、あってないような腹筋に力を入れ、声を出す。


「はい……っ! よ、よろしくお願いします!」


「返事から駄目だ。もっと腹から大きな声で!! 押す!!」


「押すっ!!」


 厳しい道のりだが、告白当日までは通い続け、心身ともに鍛えて貰うことになった。



 作戦二、男らしいところを相手にみせる。


 作戦は実にシンプル。彼女がナンパされているところを、雪斗が颯爽と現れ助け出すというもの。

 これはゆかりかいの策。そして、紫の縁者に協力を仰いだ。


「――で、何で俺?」


 不思議そうな表情を浮かべる協力者は、紫の二番目の兄・久遠紺くおんこん。彼は、紫が『いずれ女に刺されて地獄行が決定している』と言うほどの女好き。例にもれず、軽く空も口説かれたことがあるほどだ。


「お前以外に適任はいない」


「たく、兄に向かって随分な言い方しやがって。いいか? 一個貸しだからな?」


 さらっと毒吐く弟に、紺は不服そうに眉を持ち上げながら微苦笑を浮かべる。だが、ゆかりの方が一枚上手だった。


「その貸し、この前、親父主催の見合いを断る隠蔽工作に協力した分でチャラね」


「なっ……! くっそー! かわいくねー!」


 

 何はともあれ作戦は開始された。

 雪斗は片思いの相手雅を指定の場所へ出かけようと誘い出す。少し遅れると伝え、待っている彼女の所へナンパ男に扮した紺を向かわせる。

 雅は長い黒髪をポニーテールにし、膝丈のワンピースにミュール姿だ。雪斗とのデートを意識しているのかもしれない。あの日、空が暁の店でみたときと変わらず、大人びていてとても綺麗だった。


「ねえ一人? 暇ならどっかで俺と飯でもどうかな?」


「いえ、待ち合わせてるので結構です」


「でも君、十分以上そこで待たされてない? こんなかわいい子を待たせるなんて、俺ならないけどな。絶対そいつより楽しませてあげる自信あるしさ。一緒に行こう?」


 嫌そうだったくせに女子高生相手に明らかノリノリな紺の様子に、我が兄ながら最高のクズぶりだと思うゆかり。そんな彼と共に、空達も遠くから見守る。

 そしてこのタイミングで雪斗の出番である。


白尾しらお君、頑張って」


「う、うん!」


 雪斗は空に応援され、顔に気合を込める。

 ――が、ここで想定外の事態が発生した。


「いてててててっ!!」


 突如上がった悲鳴の方へ全員が顔を向ければ、雅が紺の腕を後ろに締め上げていた。


 ……え?


「しつこいわね! 今日は大事な日なんだから、邪魔するなら手加減しないわよ!」


「す、すみません!」


 全員、何が起こったか分らない表情で立ち尽くす。

 すると、雪斗がこのタイミングで雅が護身術を習っていたことがあることを思い出し、話を聞いた全員が青ざめた。


「警察に突き出したっていいんだから!」


「やっ、それだけはマジで、止めてください……っ!」


 これはマズい。みんなで顔を見合わせると、ゆかりが偶然を装って駆け出した。


「兄貴!! ちょっと、何やってんだよ!?」


「紫……」


「この人、貴方のお兄さん?」


 雅の紺を見る目がそれはそれは冷ややかで、紫は思わず苦笑する。


「うん。ウチの馬鹿兄貴が本当にごめんね……っ!! 俺からきつく言っておくから、警察だけは勘弁してもらえないかな!? お詫びと言っちゃなんだけど、これあげるから」


 そう言ってゆかりがズボンのポケットから取り出したのは、映画館のチケットだった。もしもの時のために用意しておいた。因みに、しっかり恋愛モノ。


「これは?」


「知り合いから貰ったんだけど、俺行く相手いなくってさ。見たところ、君デートっぽいし、よかったら」


「で、デートってわけじゃっ! でも……ありがとう」


 そう口にしながら、雅はどこか気恥ずかしそうに顔を赤く染め乙女モード全開でとてもかわいかった。

 これはイケるんじゃないか? と、作戦が失敗し肩を落とす雪斗以外は思った。


白尾しらお、今だ! 行け!」


 好機を逃がさないよう、望夢のぞむが強く雪斗の背中を押す。雪斗は弾かれるように勢いよく飛び出し、そのまま雅の元へ駆けつけた。


「み、雅ちゃん!!」


「雪斗!!」


 彼女は、嫌な思いをしたことなど微塵もかんじさせない弾ける笑顔で、遅れて来た雪斗を出迎える。


「遅くなってごめんね! 何かあった? 大丈夫!?」


「全然、何も。それよりさ、これ貰ったから、一緒に映画観に行こうよ」


 チケットを顔の前でちらつかせほんのり紅い顔で笑う雅。彼女につられ、自然と雪斗の表情がほぐれていく。

 とてもいい雰囲気だ。

 そのまま、二人は映画館の方向へ歩いて行く。ふと見れば、雅が雪斗の腕に軽く腕を絡ませていて、その光景は後ろからみれば普通に学生のカップルだった。


「あいつら、付き合ってないんだよな? 白尾しらおが鈍感なだけじゃねえか、あれ」


「私はだから、上手くいくと思ってるんだけどね」


 微笑ましい二人を見送りながら、望夢のぞむと空はそんな会話をしていた。




 それから暫く、二月。世の中はバレンタインムードになりつつあった。

 立ち並ぶどこの店でも、バレンタインのお菓子や、かわいいラッピング類、お菓子の作り方や、告白や感謝の想いを伝える方法が載った本など、何かしら関連のモノがやたらと目に付く。

 その街中を歩くうちの一組、空と望夢のぞむも、話題は自然とそちらへ。


「望夢君は、甘いものって平気?」


「得意ってわけじゃないけけど、嫌いじゃねーよ。それに、空がくれるのなら何だって嬉しい」


「それなら良かった。あの、こないだのことなんだけどね……」


 空が笑顔から一転、硬い表情になると、望夢のぞむが不思議そうにこちらを見返す。


「どうした。こないだって?」


「うん。白尾しらお君と保健室で会ったとき、本当は何でもなくなかったんだよね……?」


「え、あーあれは、まあ、その……俺の一方的な嫉妬ってやつ。……悪い」


 望夢のぞむが苦笑交じりに気まずそうに謝るので、空は望夢の手を握って首を横へ振った。


「ち、違うの。えっと、上手く言えなくてごめんなさい。望夢くんは全然悪くなくて、だから謝って欲しいわけでもないの。そうではなくて、嬉しくて!」


「嬉しい?」


 意外な反応に驚いている望夢のそむに、空は小さく笑みを浮かべながら言葉を重ねる。


「望夢君のことはもちろん信じているし、私も望夢君から離れる気はないけど……、ときどき、望夢君が他の子に告白される度、どうしても他の女の子達と比べたりして不安になってしまうの。どうしようもないことだって、頭では解ってるんだけどね。だから、望夢君がヤキモチを妬いてくれたのが、すごく嬉しくって……!」


「空……」


「とにかくただそれがね、伝えたくて! あと、嫌な思いをさせてごめんね。似ている分、白尾くん気持ちが誰よりもわかって、つい力が入っちゃって!」


「お前こそ謝る必要ないって。……そっか。不安にさせてたのに気付かなくってごめん。でも、俺の気持ちは揺るがないから。信じていて欲しい。言ってなかったかもしれないけど、俺、誰かを好きになるの空が初めてなんだからな」


「えっ。それって、初恋!?」


 今度は空が驚く番で、望夢のぞむはふっと可笑しそうに笑いながら、空の小さな両手を握り返す。

 こちらをじっと見つめる瞳は強くて熱い。

 視線を逸らせなくなった空は懸命に望夢の視線を受け止める。


「前に言ったろう? 安梨沙に何度告られても、それまでは恋愛に興味なくて断っていたって。――だから、ちゃんと真剣に、空だけ見てるから。俺は、空がいいし、空じゃないと無理。これからもずっと一緒に居てほしい」


望夢のぞむ君……ありがとう。本当に嬉しい。望夢君のこと大好きだよ」


 空が見つめ返す瞳から涙を零しながら言うと、望夢のぞむは手の甲でその涙を拭ってやりながら、彼女をまた一点に見て微笑む。


「俺も。空が大好き」


 二人は一度無言で微笑み合うと、通りを抜け、街中のライトアップを背にそっと唇を重ねた。


 


 





 


 


 






 

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