絡み合って、抱き合って

 あなたと抱擁した。

「ギュッてして」

 そう言ってねだられたから。わたしからはそんなふうにいう勇気がないから。いつもあなたを待ってる。

「わたし、人と付き合えないと思うんだ」

「へえ、どうして?」

 あなたは地下鉄を待つ列で話した。あなたの冷たい手を握っていた。あなたがわたしの手を触れて、「あったかいね」なんて笑うから。

「わたしはわたしのことが好きじゃないもの。わたしに好意を向けられるのが、申し訳なくなるの。だから両想いだとしても駄目。向いてないの」

「友達は大丈夫なの?」

 あなたは少し俯いた。横顔は髪に隠された。

 駅のアナウンスが聞こえた。地下鉄がホームに停まって、ぞろぞろと人が溢れてくる。

 人の流れが落ち着いたところで、わたしたちは地下鉄に乗り込んだ。部活の後、遅い時間になってしまった。乗客が多い。空いている席はないようだった。私たちは車両の隅に立って終着駅を待つ。

「君のいうところの友達がわたしにはわからないけど、わたしは友達っていたことがないから」

 ──わからないな。

 平然と放った一言にガツンと頭を殴られた。わたしの心はピアノ線でスパンと真っ二つに裂けた。

 わたしは思い違いをしていたのだ。わたしはあなたの友達ですらなかったのだ。

 あなたの冷たい手が離れた。

「こっちはもうポカポカだから」

 わたしの反対側へ回って、あなたは再び手を繋ぐ。指が絡む。まだ冷たかったのに、そんなことを言う。わたしはさっきまでより控えめに、あなたがわたしの手を掴むのに任せる。わたしからはあなたに触れられない。勇気とかそんなことじゃない。わたしはあなたに口を塞がれたのだ。

 わたしではあなたを救えない。とうの昔にわかっていたことだ。でも、そんなのってあんまりじゃないか。

 終点についた。

「またね」

「また明日」

 離れた手はまだ冷たかった。

 *

「ギュッてして」

 わたしはあなたを腕の中に包み込む。あなたの腕がわたしの背に触れる。わたしのこころは蔓に絡めとられていく。

 あなたにとってのわたしが、ただの人間の概念じゃなくなればいいのに。せめて友達に。

 あなたのことなんて好きにならなければよかった。

 わたしはあなたに触れる権利がない。なぜならあなたのことが好きだから。

 わたしはあなたと抱き合いながら、あなたと指を絡ませながら、そんなことを考えているのだ。

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百合短編集 青蒔 @akemikotaro

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