四ノ二十八 戦慄、大蛇ミズチ
ここの莞軍は、ざっとみて二百人が馬場の入り口付近に陣取っていて、その向こうにはどれほどの広さかまるでわからないほどの広大な空間が暗闇のなかにひろがっていた。
サクミは刀を横に薙いだ。
ヴァイアンの持つ白刃から発した剣圧が空を走り、まるで強風が兵たちの間を吹き抜けたようだ。
斬烈閃であった。
人の肉体ではなく、心を斬った。心を斬られた兵たちは、気を失って倒れたり、意気消沈して茫然と立ち尽くしたり、とにかく皆、気力をなくして戦闘意欲をなくしてしまっているのである。
さらにニ度斬烈閃を放っておいて、ヴァイアンの脚を進めて、サクミは馬場へとむかった。
一歩踏みしめるたびに、かるいめまいがした。
ヴァイアンで精神を斬る斬烈閃を使うと、威力があがるぶんサクミの気力と体力に負担がかかる。撃ち過ぎれば昏倒するおそれもあった。このまま本丸に突入して敵を倒せない理由がそこにあった。
ちょっとおぼつかなげな足をさらに進めて、
「ああもう、よけないと本当に踏んづけちゃいますよ!」
サクミの忠告というより、ヴァイアンの巨大な足に圧倒されるように、敵の一軍がまろびよけていく。
不審なのは、上空の大蛇型慧煌獣である。
こうして兵たちを戦闘不能状態にしているのに、まるで攻撃してくる気配がない。
「ええい、情けない莞軍どもめ」
とアサシノはコクピットでののしりつつも、べつだん怒るでもなく、口もとに笑みさえ浮かべている。
地上では、アスハがはっとして何かに気がついたようだ。
「サクミ、早く馬場の向こう側へ行きなさい!」
サクミにその叫び声がとどいた瞬間であった。
大蛇の両側に浮かんでいた青白い水晶玉がきらりと光った。
と認識したときには、凄まじい衝撃とともにヴァイアンが大きくのけぞった。
倒れてしまえば、幾多の肉体をぺしゃんこにしてしまう大惨事である。
サクミは必死にこらえて、体勢を立て直した。
また水晶が光る。
こんどはヴァイアンを前のめりにして腕でガードして、防御した。
魔導力によるレーザービームであった。
アサシノの高笑いがあたりに響いた。
「よけられまい、よけられまい、ヴァイアン!」
その嘲弄するような声に、サクミはくちびるを噛んだ。
攻撃をよければ、足元の兵たちの命があやうい。
「なんてずるいっ」
「ずるかろうがなんだろうが、勝てばいいのさ」
さらに水晶からの攻撃がはなたれた。しかも、それは連続して発射されてくる。
サクミは腕を重ねて、ともかく防御してたえる。
地上では、アスハがひとり馬上で手綱をさばきつつ、
「あなたたち、はやく逃げなさい!はやく!」
意識がある者達は、まるでほうけたように、ゆっくりとではあったが、それでも大手門の方向へとふらふらと歩きはじめた。
だが、気絶している兵士も大勢いる。
これはまずい、いつまでふんばれるか、わからない、とサクミが焦慮した時であった。
視界に一条の赤い閃光が走った。
「あれは、シオンさん!?」
閃光にみえたのは、シオンの鷹型慧煌獣コウメイであった。
シオンはコウメイの背にまたがって、大蛇の目の前をいったりきたりしながら、爆弾を放り投げている。
爆弾は敵の巨大な顔にあたって小さな火花と爆煙をあげる。
まるで効き目はないようだが、敵をいらだたせるには充分であった。
「ええい、このカトンボ!」
アサシノは、反射的に光線の照準をコウメイにあわせて乱射しはじめた。コウメイは旋回してそれをよける。
その隙に、ヴァイアンは走って馬場のなかへと踏み入った。
ここは広い。
南北百メートル、東西に二百五十メートルほどの平地が広がっている。
ヴァイアンで戦うには、おあつらえむき、といったところだ。
もちろん、アスハはここで決戦におよぼうと、当初から計画していたからこちらに走ってきたわけであったが。
そのアスハは、まだ兵士たちのゆっくりと流れる人波にまぎれるようにして退避をうながしていて、その怒鳴り声に我にかえった気絶していた者達も、力なく立ち上がって、歩き始めた。
それに気づいたアサシノは、
「ちっ」
と舌打ちして、光線でコウメイを威嚇しつつも、大蛇の体をくねらせて、馬場の中央まで進んだヴァイアンに尻尾をたたきつけた。
サクミは攻撃をみきってよけたが、尻尾の連打はとまらない。
たてに振りおろされ、よこに薙ぎはらわれる尻尾を、ヴァイアンはしゃがみ、跳び、転がってよける。
よけるたびに、大地がひび割れ、えぐられ、平坦だった馬場が見る影もなく破壊されていくのだった。
せめてもの抵抗に、襲い来る尻尾をよけつつ刀をふるうサクミであったが、まるであたらない。たまにあたっても、その分厚い、頑強な装甲にはじかれてしまう。
「くっそう、この化け物め!」
サクミの罵声は、しかし尻尾が大地を破砕する轟音にかきけされてしまった。
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