四ノ二十六 サクミ対ナガト
町家の密集する細い路地の軒を、膝頭をかすめるようにしてヴァイアンが進む。
その鉄の足がふみしめるたびに響きわたる大地の震動に、なにごとかと住民たちが窓から顔をだして、目を丸くして巨人を見上げている。
なかには、
「いったいなにが起きているんです?」
無作法に姫にといかける長屋のおかみさんや老人もいた。
アスハはそれらにいちいち、
「あぶないので、家からでないでください」
ちょっと声をきびしくして答えるのであった。
少し大きめの商家のかどをまがると、そこは大通りであった。
幅はヴァイアンが三機ならんでも充分よゆうがあるくらいの道で、那城の大手門まで五百メートルほどもまっすぐのびている。
「まったく、城の正面にこんな大通りを作るなんて、戦国のならいを完全に無視しているわ。平和ボケ国家の象徴のひとつね」
いまさらながらアスハが非難する。
ヴァイアンが道の中ほどまででて、城の門をはるか眺めると、堀にかかる橋のたもとに、黒い鎧をまとった慧煌兵が泰然と立っている。
「ナガト……、さん」
サクミはコクピットで唇をかんだ。やはりでてきたか、という気がしていた。
そしてさらに、前方に百メートルくらいの感覚で、黒い光がまたたき、三機のアロサウルス型慧煌獣ザンリュウがあらわれた。
これは赤黒い色をしているので、血迅隊の機体ではなく、かねてからナガトたち漸の間者が使っていたものであろう。
黒い鎧武者の慧煌兵アイゼンのコクピットでは、ナガト・ダイモンが道のずっとさきに立つヴァイアンをにらみすえた。
「本当にあらわれるとは……、シヴァの読みどおり、か」
シヴァは、アスハたちは城を突破してくると予想していた。
――いくら大胆不敵にして傍若無人なアスハ姫といえども……。
さすがに敵兵の密集する城に突入してくるはずはないだろうと、ナガトは半信半疑であったが、シヴァは完全にアスハの行動心理を看破していたのだ。
「あの男の卓見、認めねばならんか」
そうして想念をうちきると、かなたにたつ標的に意識を集中させた。
「サクミ・サイゴウ。今日で終わらせてやる」
満月はすでに高く登り、まだらに浮かぶ雲の間から冷たい光を大地にそそぎ、暗闇にしずむ町のなかに、白銀の巨体を冴え冴えと浮かびあがらせていた。
トーマとヴァイアンは大通りの端に立って、発進の身構えをとった。
シオンの腕に抱かれるように馬にまたがるアスハは、城の大手門を細くとがった指で指さした。
「邪智暴虐の輩に鉄槌を与えん!いざ、進めっ!」
シオンがトーマの手綱を叩き、ヴァイアンが走り出す。
三機のザンリュウが、強大な口をひらき、けたたましく咆哮しながら、突進してくる。
サクミは宝刀白月を抜きながら、ふたりの乗るトーマを追い抜き、ザンリュウに迫る。
間合いに入った瞬間、サクミは刀を薙いだ。
一機目のザンリュウが首をはねられ、つんのめって大通りに倒れこむ。
さらに走り、次に迫る敵機を袈裟がけに斬り、その後ろから現れた三機目の恐竜型慧煌獣の首元に、切っ先を突き入れた。
黒と白銀のふたつの巨体が激突し、さらに刀は深くつきささり、背中に突き抜け、恐竜は倒れた。
ヴァイアンは足で敵をおさえるようにして、刀を引き抜く。
鉄と鉄がこすれ合う、嫌な音色が町にこだましていった。
ザンリュウ三機が黒い光になって消えていく。
背筋を伸ばし、ヴァイアンはナガトのアイゼンを視界にとらえた。
再び白銀の騎士は走り出す。
大手門までもう百五十メートル。
アイゼンが悠然と背中の長刀を引き抜き、八双に構える。
長い長い氷のような刃が、天蓋を刺すようにすっと伸びる。
ヴァイアンはその大長刀の間合いにどんどん近づく。
「サクミ・サイゴウッ!」ナガトが叫ぶ。
「ナガトおッ!」サクミが叫ぶ。
騎士が武者の間合いに入った。
刹那、アイゼンは大きく踏み込みつつ長刀を、闇をさくようにして上段から振り下ろした。
サクミは相手の右側面にすべり込むようにして、半円の残像を描く長大な白刃をかわす。
と同時に体をひねり、白月を横薙ぎに振った。
鉄を切り裂く鈍い感触がサクミの腕に伝わり、アイゼンの右腕を上腕から斬り落とした。
斬り落とされつつも、ナガトは体をねじり、左手でヴァイアンをつかもうとする。
それをサクミは肩からタックルして、黒い巨人を水掘のなかへと突き落とした。
凄まじい水しぶきを周囲にまきちらし、深い堀のなかへ、漆黒の巨人が沈む。
「さ、サク、ミ……っ」
ナガトの喉から絞り出されたような無念の叫声も、水面のしたへと吸い込まれていった。
荒げる気息をととのえつつ、サクミは沈んでいく哀れなその黒い姿を黙然とみつめた。
そのヴァイアンの足元を、トーマが駆け抜け橋をわたりつつ、閉じられた門扉を轟火弾を撃って破壊し、大手門へと突入していく。
サクミも馬蹄の響きを追って、門を押し開きつつ、かがんでくぐるのだった。
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