四ノ二十二 アスハ、走る

「まったく、よりにもよって血迅のバンが出張って来ようとは」

 那城天守閣にからみついているミズチのコクピットで、アサシノは、いまいましそうにひとりつぶやいた。

「ほかに手のあいている天星衆はおらなんだのか」

 モニターに拡大表示されたウインドウにはバン・グンジのフドウとヴァイアンが激突する様子が映しだされている。

「まあよい。お手並みを拝見といこうか。せいぜい足元をすくわれんようにな、バン殿」

 その言葉には、あんな下劣な人間は倒されてしまえばいい、というくらいの酷烈な感情がにじんでいた


 アスハ率いる脱出組の一団は、大胆にも講堂側面の扉をぶちやぶって一直線に建物内を横ぎって反対側へつっきり、西門の正面に躍り出た。

 そこにいた兵たちは、講堂からとつぜん飛び出した一団に、一瞬驚いたものの、そのまま見送ってなにもしようとしてこない。

 ――やはり、伏兵がひそんでいるようね。

 アスハは考えをめぐらした。

 敵は大仰な妨害行動はとらずに、伏勢のいる方向へとアスハたちを誘導するつもりなのだろう。

 ヒヨリはどんどん先行して、建物の影や草木の間に隠れ潜んでいる兵士たちを見つけては、短刀を振り回したり、ライマルで威嚇したり、爆弾を投げたりして、追い散らしていた。

 ちなみに爆弾は、爆弾ネズミ捜索に火薬を用意したときに、ついでにもらってあったもののようで、そのうちのいくらかはシオンにもわけてあって、戦闘で使用することになっていた。

 ただ、その爆弾は殺傷能力は低く、せいぜい相手にやけどを負わせる程度の威力しかなく、ほとんど目くらまし程度にしかつかえない。

 しかし脱出行はまったく順調で、この調子なら、アスハがこちらに加わる必要はなかったかもしれない。

 ――ヒヨリ、うまくやってるようね。

 彼女を追ってトーマを疾駆させる……、ということができないのがもどかしい。

 後ろには三十人以上の生徒たちが追走してきている。

 彼らには、安全地帯である豪興寺ごうきょうじのある道雲山どううんざんのふもとまで、ちょうど十キロの道のりを駆け続けてもらわなくてはいけない。

 が、まだ学問所から一キロにも達していない地点であったが、想定外な、計画を瓦解させるほどの伏兵がひそんでいた。

 前方に黒い光がまたたき、十数メートルはあろうかという巨大な影が道をふさいだ。

 血迅けつじん隊のアロサウルス型慧煌獣ザンリュウであった。

「しまった!?」

 アスハは歯ぎしりした。

 敵が伏兵に慧煌獣をもちいることまでは考慮にいれていなかった。

 手綱をひいてトーマを、薙刀をかいこんで走るタザキ先生の横へ並走させた。

「先生、この先の指揮はお願いいたします」

「え、姫様はどうなさいますので?」

「私は離脱してあの慧煌獣の目をひきます。他の生徒たちよりも私を捕まえたほうが相手にとっては手柄になりますし」

「しかしそれでは、姫様おひとりが危険にさらされます。どうぞご無理はなさいませんように」

「私が囮になるのは、最初からの決定事項でしたでしょう」

「それはそうですが」

「人間相手なら、ヒヨリとユウリンがいれば問題ないでしょう。私はあの慧煌獣をおびき寄せます。迷っているゆとりなどはないのです」

 それでもタザキ先生はつかのま逡巡するようすであったが、

「わかりました」とうなずいた。「あとはおまかせください」

「お願いいたします」

 アスハはトーマの速度をあげてヒヨリを追い抜きざま、

「あとはたのんだわよ!」

 声をかけると、馬頭の二本ツノの間から、小さな轟火弾ごうかだんを発射した。

 光の小型弾丸は恐竜の顔面めがけて飛んでいき、眉間にあたって破裂した。

 ザンリュウはアスハをにらむように赤い目を光らせて、顔を向けた。

 目を走らせると恐竜の脇に寺があるのがみてとれた。

 躊躇なくトーマを境内に走り込ませる。

 ザンリュウは彼女をおって、巨体をくねらせた。

 その足もとを、生徒たちは懸命に走り抜ける。

 アスハはトーマで境内をくるりと一周して、向かってくるザンリュウとむきあった。

 ここでトーマを巨大化させて戦えば、確実に周囲の建物に被害がおよぶ。

「ええい、いたしかたなしっ」

 手綱をたたくと、トーマが意気を荒げたように棹立ちになり、そして恐竜型慧煌獣へむけて突き進んでいった。

 ザンリュウはアスハをとらえるべく、噛みついてとらえようとしたが、その巨大な口の脇をすりぬけて、トーマは境内を走り出、今来た道を学問所へ向けて戻り始めた。

 生徒たちと駆けてきた時から気づいていたが、道にはひとけがまるでない。幸いと思えるが、しかしこれは、莞軍が市民に屋内待機を強制しているのであろう。

 その静まりかえった道を、アスハは、トーマをひたすらに疾駆させる。

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