四ノ十 激闘!?南空寺!

「じゃあ今度はあの大きなお寺に行ってみましょうか?」

 ほんの思いつきを口にしたように、サクミがつぶやいた。

南空寺なんくうじ?」

 マコモが、狐姿のままで答えた。要領のいいマコモは、サクミとのひと月ばかりのつきあいで、彼女のあいまいな表現をさっする能力を、すでに身につけているようだ。

「そうそこ。あそこ五重の塔があったでしょう。あんなのを爆発で破壊したら、市民のみんなの精神的ダメージはそうとう大きいと思うの」

「ダメージがなにかはわからないけど、たぶんそうだね」

 そんな会話のあと、数キロ歩いてサクミとマコモは南空寺の境内に入っていった。

 すると、たちまち、

「おお、サクミ様」

「サクミ様、今日はどのようなご用事で?」

「サクミ様、ご見学でしたら、拙僧がご案内いたしましょう」

 たちまち数人の僧侶が駆け寄ってきて、口々に言うのだった。

「いえ、様は、やめてください」

「では、サクミ殿、庫堂にてお茶でもご用意いたしましょう」

 南空寺は、以前、サクミとナガトが初めて出会った場所で、その時ナガトは寺僧たちを人質にとって、サクミをおびきよせようとしていた。そうして、サクミはナガトを撃退したのだが、そのおかげで寺の者達からはまるで英雄視されていた。

 先日、アスハ姫といっしょに所用でここに訪れたのだが、みながサクミに対して下へも置かぬ態度でせっするものだから、アスハの嫉視にさらされて困惑してしまったものであった。

「もうしわけないのですが、ちょっとお寺のなかを探させてください」

「なにか失せ物でも?」

「ええ、そんなものです」

「でしたら、僧どもが総出でおさがしいたしますぞ」

「いえいえ、そんなたいそうなものではありませんので」

 アスハからは、目立たないように捜索せよと内命が出ているので、いささか困ったが、

「あ、そうだ、もし妙な……、煌獣のネズミをみつけましたら、さわらずに私たちに教えてください」

「はあ、ネズミですか?」

「はい、ネズミです」

 妙なものを捜索しているものだと、その僧はいぶかしんでいたが、かまわずにサクミとマコモは境内のすみまでそそくさとやってきた。

 と、とうとつにマコモが、

「あ、いる、確実に寺の敷地内に爆弾ネズミがいるよ」

「え、ほんと!?」

「おお、すげえ、おいらの鼻、思っていたより使えるわ、これ」

 子狐マコモは自分で自分の鼻の性能に満悦になって、地面の臭いをかぎながら歩き出した。

「でも、正確な場所までは……、遠いなあ」

 サクミはマコモの集中の邪魔をしないように、黙って後に続いた。彼のふわふわの尻尾が右に左に揺れていて、妙にかわいい。

 すると、五重の塔のほうから、

「おお、ネズミだ!」

「サクミ殿のさがしているネズミじゃないのか!?」

 そんな大声が風に乗って聞こえてきた。

 そちらを見ると、

「おい、つかまえろ!」

 などと、数人の僧が腰をかがめてネズミを追いかけまわしている。

「ああ、つかまえちゃダメ!」

 叫んでサクミが走り寄ると、今度は、ほかの僧が出てきて竹ぼうきでネズミを叩こうとしてふりあげた。

「たたいちゃダメ!」

 走るサクミの前にネズミが近づく。ヘッドスライディングして、つかもうとするが、煌獣ネズミは、彼女の手から腕、腕から頭、頭から背中へと走り抜け、お尻と太ももをつたって逃げていく。

 マコモが口でくわえようとするのを、さらに避けてネズミは疾走する。

 そこへ、

「おやまあ」

 などと小柄な影がさした。

 この寺の住職にして一番の老僧であった。

 無心の境地――、

 とでもいうのか、小腰をかがめて地面に置いた老僧の手のひらのうえに、ネズミはひょいと飛び乗り、彼はそっとその小さな体を握ったのだった。

 おおさすがはご住持、などとまわりからため息がもれた。

 サクミもため息とともにたちあがり、

「ありがとうございますぅ」

 老僧に足をむけた。

「煌獣のネズミとはめずらしい。おや、背中になにかついていますな」

 そう言って住職はネズミの背中をつついた。

 たちまち、背中の爆弾が赤く明滅しはじめる。

「ぎゃあっ、さわっちゃダメ!」

 叫んで走り寄りつつ、サクミはとっさに、

「ヴァイアーン!」

 叫んで慧煌兵を呼び出した。

 空に光のかたまりがあらわれ、巨大な白銀の騎士が姿をあらわし、地響きとともに着地した。

 サクミは老僧の手からネズミをもぎとり、ヴァイアンに向かって投げた。

「空に投げて!」

 ヴァイアンは大きな手で小さなネズミを受け取り、鯨のような咆哮とともに大空高く放り投げた。

 爆弾ネズミは百メートルほども上昇したところで爆発し、爆音と爆光と爆煙をまき散らす。

「おお」

「この時期に花火ですか」

「梅雨空に花火というのも、風流なものですなあ」

 顔を引きつらせ息をはずませるサクミの耳に、僧たちの感嘆の声が聞こえる。

 のんきなものである。

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