四ノ九 発見

「いやはや、なかなか見つからないものだね」

 シオンは頭をかきながら、商家の裏木戸をくぐり出た。

 もう三軒の大店おおだなに、莞公の息子の名をもって強引に押し入り、店のものたちの冷ややかな視線をあびながら、さんざん探しているのに、それらしきネズミは皆目みつからない。

「ライマルは火薬の臭いは完全に覚えています。まったく同種でなくとも、それに類似する臭いでしたら、かならず反応するはずです」

 ヒヨリはライマルをかばうように言った。

「いや、べつにライマルの性能を疑っているわけじゃないさ」

 とシオンはちょっと考えるそぶりをして、

「ちょっと違う場所をあたってみようか」

「と言いましても」

「ちょうどうちの中屋敷が近くにある。手前定規のようだが、武家屋敷なら攻撃の対象になってもおかしくはないだろう」

「たしかに、ありえますね」

 ここから中屋敷までは、ほんの百メートルほどであった。


 屋敷内で慧煌獣の犬を使ってなにやらしているシオンを、屋敷の者たちはうろんなものをみるような目つきで見ていたが、御曹司のやることなので口を出すものは皆無であった。

「あ、シオン様、ライマルが何か見つけたようです」

 廊下橋の柱をかけのぼっていく一匹のネズミをライマルが飛びついて口にくわえた。

 それを金網の籠に入れてヒヨリが、

「ほら、やっぱり爆弾を持ったネズミの煌獣です」

 籠をシオンにさしだすと、彼は体をひき気味に、

「ああ、そうだねえ、いたねえ」

 などと声をふるわせながら、顔をそむけるのであった。

「どうしたんです、ちゃんと確認ねがいます」

「うん、見た見た、ネズミだねえ」

 ヒヨリは冷めた目つきで、ひきつった彼の顔をみた。

 シオンは、どうやらネズミが苦手なようである。

 煌獣のネズミは普通のネズミと違い、基本的にばい菌などは持っていない。持っていないのを知っているので、アスハもヒヨリも煌獣ネズミを平気でつまんだりしていたのだが、ネズミの形状自体を生理的に受け付けない、という人間にとっては、煌獣だろうと普通の生き物であろうと、ネズミはネズミ、なようだ。

 ヒヨリは、彼のおびえた顔に、なにか嗜虐心をそそられたものらしい、

 さらに籠をシオンの顔に近づけ、

「いえ、しっかり見てください。ほら、爆弾が背中についていますでしょう?」

「いや、見たから、この目でしっかりみたから、近づけなくていいからね」

 シオンは額に玉のような油汗までかきながら、身を引くように後ずさりしていった。

 面白そうに、しかし感情はおもてに出さずにからかっていたヒヨリが、

「あれは?」

「いや、ひっかからないからね、僕はもう見ないよ」

「違います、ネズミはもういいですから、後ろを見てください」

 ふりかえったシオンの目に、ひとつ向こうの棟の縁側を歩いていた女がすっと部屋に入っていくのが見えた。

「うん?梶の葉がどうかしたの?」

「どうかしたのじゃありませんよ」ヒヨリが、刺さりそうなほど鋭く言った。

「なにが?」

「あれ、アサシノですよ」

「なに!?」

 シオンはふたたび振り返ったが、もう彼女の姿は見えはしない。

「見まちがいじゃないの?」

「いえ、確実です、アサシノにまちがいありません」

 ――しまった。

 シオンはほぞをかむ思いになった。

 これまでなんども、アスハたちからアサシノという女間者の話を、容姿もふくめていろいろと聞いていたのに、まったく梶の葉という父の側室と結びつけることがなかった。

 シオンは廊下に飛びあがり、女が入った部屋のある棟までずんずん進んでいった。ヒヨリは庭からライマルとともに後に続いた。

「何をしておいでです、シオン様」

 その棟の入り口の部屋にいた中年の腰元が出てきて、とがめるように言った。

「みだりに殿方が踏み入ってよい場所ではございません」

 そのひと棟はいわゆる、奥、と言われる空間であり、男子禁制だった。この中屋敷では莞公の妻妾が住んでいて、莞公以外の男は立ち入ることはゆるされない場所なのだ。

「さがれ、非常時である」

 いつにない強い声音で言い返して、アサシノの入った部屋の障子をけたたましくひらいた。

 が、そこにはアサシノどころか、それこそネズミ一匹すがたが見えない。

「梶の葉はどうした?」

 追ってきた腰元に、シオンが訊いた。

「梶の葉殿ですか?さあ?」

 シオンは部屋に入って、奥の襖もあけてみたが、誰もいない。

 そこは一番端の部屋で、小さな明かりとりの窓があるだけで、出入り口はその襖しかないのだったが。

「逃げられましたね」

 庭でヒヨリがつぶやいた。

「くそっ!」

 畳を踏み鳴らして、シオンは憤激した。

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