四ノ五 爆発ネズミ

 少女の笑い声が、若々しい音色をもって、波の音とともにあたりに響いている。

 黄色で人の身の丈ほどの高さの大きな犬の慧煌獣が、万慈湖まんじこの浜辺をかけている。

 百メートルほど南の高台には灯台が設置されていて、自然がいろどる景色に不調和なアクセントをつけていた。

 慧煌犬はサクミが投げる木の枝に向かって走り跳ね、みごとに空中でキャッチし、枝を口にくわえてサクミのもとに戻ってくる。

 そんなことを延々と続けているのだった。

 飼い主のヒヨリは脇でそれをみながらはやし立てているし、マコモは(人の姿であったが)犬と競争するように並走しているし、サクミは戻ってきた慧煌犬のライマルに押し倒されてじゃれつかれながら、声をあげて笑っている。

「何が楽しいんだか」

 汀からはなれた草むらにすわって、さわぐ彼女らを眺めながら、アスハがつまらなそうにつぶやいた。

「まあ、せっかくの梅雨の晴れ間ですし、日頃のうさばらしに、我を忘れてはしゃぎたくなる気持ち、私にはよくわかりますよ」

 と微笑んだのは、姫のかたわらに立つシオンであった。

「そんなもんかしら」

「ええ、姫も、ときどきトーマで遠乗りにでかけますでしょう」

「あれとこれとは大いに違うわ。私の乗馬はもっと品がよくってよ」

「ふふふ、そうですね」

「なにその人を小馬鹿にした笑いは」

「けっしてそのような」

 アスハはシオンの言いわけを聞き流して反対を向いて、

「あなたはああいうのに興味ないの?」

 と声をかけたのは、膝をついて座るユウリンで。

「そうですねえ、あのような、くだけた遊びはどうも性にあいませんで」

「わかるわ。きっと我々のような教養のある人間は、身についた知性が邪魔をして馬鹿さわぎができないのよ」

 そこへ、今までよりも一段高い騒ぎ声が風に乗ってとどいてきた。

「きゃあ」と叫んだのはサクミであった。「ネズミっ!?ライマルがネズミをくわえてるっ!?」

「ああもう、汚いからはなしなさい」

 とヒヨリが言うと、ライマルは素直にそのネズミを口からはきだした。

 はきだしたそれを、ヒヨリはためらいもなく尻尾をつまみあげて、ちょっと観察した。

「あ、これ煌獣のネズミよ」

「へえ、そんな煌獣もいるのね」

 と不思議がるサクミに、

「うん、けっこう見かけるよ」

 とマコモが応じた。

「あんた、野生の血がさわいで、ネズミをみるとつい追いかけちゃうんじゃないの?」

 冷ややかにヒヨリがからかう。

「いや、狐族は、犬や猫とは違うから。野生の狐とも違うから」

 とマコモはかぶりをふる。

 興味津々に、ヒヨリがつまんでいるネズミの煌獣を見つめるサクミが、

「なんか背中に赤いのがついてるわ」

「ほんとだ、なんだろう」ヒヨリは目の高さにネズミをもってきて凝視した。

「なんだろね」

 とサクミがネズミの背中についているその赤い小指ほどの長さの筒状の物体をつつくと、それが突然赤い光をはなって明滅しはじめた。

 皆が不審がって見つめるところへ、

「危ない!」

 ユウリンが叫びつつ走ってき、ネズミをひったくるように奪い取ると、そのまま湖にむかって放り投げた。

 野球の外野手の長距離送球のように、おおきく弧を描いて飛んでいったネズミは、その弧の頂点付近に達すると、凄まじい爆音とともに大爆発を起こした。

 直径二十メートルほどの爆発は、湖面を叩いて大波を起こし、爆風がサクミたちの髪をなびかせた。

 サクミも、ヒヨリも、アスハも、シオンも、マコモも、口をあんぐりと開けてその爆炎をいっせいに驚愕のまなざしで見つめる。

「ネ、ネズミの煌獣は爆発するのね」

 サクミがどうにか口を開いて、声を震わせた。

「まさか、そんなの見たことも聞いたこともないわ」

 ヒヨリも驚きの残った声で答える。

 そこへ、アスハが走り寄ってきて、

「なんなの、今のは!?」

 皆の体の心配などまるでせずに問うた。

「ネ、ネズミが爆発したんですよ、姫様!」

 サクミが興奮したように答えた。

「そんなこと見ればわかるわ、なぜ爆発なんかしたのかって聞いてるの」

「さあ、わたしにきかれても」

「あなたに聞いてないわ」

「そりゃどうも」

「何者かが、爆弾をネズミにしかけたとしか思えません」

 サクミにかわって答えたのはユウリンであった。なぜか、すこし言いよどむような言いかたであった。

「子供のいたずらではないわね。とすると、思い当たるのは、あの漸の間者たちくらいしかいないわ」

「結論を急ぐのはいかがなものでしょう」シオンが姫をなだめる。

「じゃあ、こんな……、むこうの世界ではテロというそうね、そのテロを誰がするというの?なぜするの?」

 誰もその問いには答えられず、唇を噛んでいた。しかし、ユウリンだけは、なにか考え深そうなまなざしで、爆発のなごりすらなくなった湖のうえを見つめていた。

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