四ノ三 敵

「うむ、湖西は思っていたよりも蒸し暑いのだな」

 そう言って床の間を背にして座っている男は、開け放した縁側からみえる暗夜の庭から目をもどし、眼前に居並ぶ三人を静かにみつめた。

 くせのある亜麻色の長髪でマリンブルーの目をした、あきらかに晶月人とは違う人種の人間であった。

「西洋からぜんに来た当初は、あまりの寒さに辟易したものだったが」

 ナガト、アサシノ、メノウは、目の前の人物の青い瞳を見つめ、次の言葉を待ったが、彼は湯呑みを細長い指で持ちあげて品よく茶を飲んだ。藍色の着流しが髪の色と妙に調和がとれている。

 四人が密談しているのは、ナガトが仮住まいとしている、城下からはずれた田畑の中の百姓家だった。外からは蛙の鳴き声や、夏の虫の音もちらほら聞こえ始めていた。流れてくる風もなまあたたかい。

 しばらくの静寂のあと、たまらず口をひらいたのはメノウであった。

叡軍師えいぐんしシヴァ様ともあろうおかたが、でがらしのお茶を飲むためだけにわざわざ万慈湖まんじこを渡ってきたのですか?」

 シヴァと呼ばれた男は、くすりと鼻で笑った。

「あいかわらず、言葉がきついな、メノウ」

 シヴァ・メデイア――。

 漸の十二天星てんせいと敬称される者たちのひとりにして、卓越した頭脳によって王を補佐し、数々の戦いを勝利に導き、いつからか叡軍師の名をもって呼ばれるようになった異国からきた男である。

 柳の葉のような眉目も、おだやかに微笑む口もとも、隠しきれぬ聡明さがにじみでているようであった。

のほうはもうよろしいので?」アサシノがふと話を転じた。

「うむ、まだ残党が辺境で抵抗を続けているが、散発的なものだよ」

「では、王はいよいよこの那国に矛先を転じられるのですね?」

「しかしながら」とシヴァはけだるそうに言った。「鵡との戦いで戦力をずいぶん消耗してしまった。将兵もしばらく休ませねばなるまいしな」

「え、そうなの?あの王様だったら、強引にでも攻めてきそうなものなのに」メノウが意外そうに言った。

「そうだな」シヴァは苦笑した。「王は焦燥にかられておいでだ。一日でも早く、湖西に橋頭保を築きたいのだ」

「じゃあ少数精鋭で攻めるつもりかな?」

「どころか、戦をせずに那を手に入れるおつもりだ」

「むしのいい話だなあ」

「そこで、おぬしらのこれまでの苦労が報われる時がきたわけだ」

「ついに決行の時がきたのですね」アサシノが身を乗り出すように言った。

「追って日時はしらせるが、心構えだけはしておいてくれ」

「準備は万端、ととのっております」アサシノは口元をうれしそうにゆがませた。

「僕は姫たちを監視してるだけだから、準備もなにもないけどね」

「不服そうだな、ナガト」

 シヴァはさきほどから、むっつりと黙りこくっている男に顔をむけた。

「いえ、別段。ご命令なら、いなやはもうしませぬ」

「この作戦が無事完遂できれば、お前の帰参もかなおう」

「まだ帰参につりあうほどの功をあげていない、ということです」

「白銀の慧煌兵のことか?」

「…………」

「戦場ではおくれをとったことのないお前がなあ。少女の操る慧煌兵に勝てぬとは、意外ではあるが」

 シヴァの瞳にまたたく灯火がきらりとはねた。

「つぎの作戦が最後の機会と覚悟しろ。討ち取れ」

「はい」

 とかしこまってはみたものの、内心、不快さが顔に出ていたことを、ナガトはいささか反省する気持ちであった。

 ナガトは数代前にこの世界に来た異世人の家系であったし、アサシノは卑賤の出自で、メノウの親は漸に内通して忍の里を売りわたしていた。

 三人とも、そういう暗い因縁がつきまとい、いくら功をあげたところで周囲からたえず冷眼視されてきた者たちだった。

 シヴァは自分が異国人であり蔑視される立場であることを、逆に利用している、とナガトは思っている。ナガトたちのような冷遇されているものたちに同情するような顔をしながら、実際は自分の野望のために人の才能を利用しているだけだ。こういう男は、優しい微笑みの裏に、役に立たなくなったものを平然と切り捨てるような冷酷さを忍ばせている――。

 アサシノなどは完全に心服しきっているが、ナガトはシヴァの一言一句に懐疑的である。

「われらはみな、その生い立ちから長年世間からさげすまれてきた。こたびの作戦が成功すれば周囲の目線も変わろう。みなはげめ」

 三人はそろって頭をさげた。それぞれの想いを胸にして。

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