三ノ十三 私の愛馬は狂暴よ
トーマが駆ける。
雑草と倒木とむきだしの地面と岩。
見苦しく荒れた土地のなかを、アスハはトーマを駆けさせた。
行く手には、ヴァイアンを恐竜型慧煌獣とそれにまたがるアイゼンが
「あんたたち!」
アスハの心は完全に怒りで満ちていた。
もはや王女という立場も、品位も品格もどこかに捨て去ったように、怒りの炎で全身の血流が燃えたぎっていた。
「戦いを挑んで来るのなら、時と場所を考えなさい!」
ヴァイアンは竜騎兵の攻撃をいく度も受け続け、そしてついに、恐竜の体当たりを喰らって、尻もちをついた。
「この、大馬鹿者どもっ!」
アスハのその怒声に反応したように、トーマの装甲の隙間から、まばゆい光が放たれた。
そして、その光はトーマも、アスハ自身もすべてを包み込む。
「なんだ?」
恐竜型慧煌獣バクリュウを停止させ、メノウが振り向く。
サクミも尻もちをついた格好で見つめ、ナガトも眉根を寄せて凝視していた。
三人に猛スピードで接近する光は、瞬時に爆発したように巨大に膨れ上がった。
そして、その巨大な目を刺すような真っ白な光のなかから、巨大な二本の角があらわれ、馬の顔があらわれ、白い首があらわれた。
「なんだ?」
もう一度つぶやいたメノウの言葉は、驚愕で震えていた。
光のなかから現れたのは、十五メートルほどの体高の、白いバイコーンの慧煌獣。
そして、その慧煌獣――巨大化したトーマは、立ち止まり前足を足掻きながら、メノウたちに狙いをさだめたように、眼光を赤く光らせにらみつけている。
「なんだ、そんな、バカな……」
メノウは三度、驚愕のつぶやきを、うわ言のようにくりかえすのだった。
おや、とアスハは驚いた。
驚きながらも、どこか当然の事象が生じたように、心は奇妙なほど冷静だった。
ふいに光に包まれたと思ったら、数瞬後にはどこかわからない部屋のような場所にいた。
黒い板のような台に乗っていて、周りには十数メートルほどの高さの映像が映し出されていた。
「なんだか、大きくなっちゃったみたいね」
アスハがいるのは、おそらくトーマの内部――操縦席であろう。
衣装が、白くて金色のラインの入った、体にぴったりとはりつくようなボディースーツに変じていた。
「なにこれ、人に見られたくない格好だわ」
アスハは体をひねって、自分の全身を眺めまわしたのだった。
「ふん、まあいいわ」
彼女はその顔を憎い敵にむけた。
「これで、あんたたちを、余裕でぶっとばせるってものよ」
「常識はずれもいい加減にしろ!」
メノウは巨大化したトーマにむけて叫んだ。
もはや叫喚と言っていいほど、引きつった叫び声だった。
「ほう、これは……」ナガトはうれし気につぶやくのだった。「面白くなりそうだ」と。
そして、サクミはあっけにとられて、あんぐりと口をあけていただけだった。
トーマが棹立ちになる。
そして、戦闘態勢も万端ととのえたと言わんばかりにいななき、虚空を切り裂くように、前足で数回掻いた。
「いくわよっ!」
怒号のように叫び、アスハはトーマを突進させた。
メノウとナガトが、あっと思う間すらなかった。
凄まじい激突音。
凄まじい衝撃。
それらが同時にバクリュウとそれにまたがるアイゼンを、襲った。
バクリュウが悲鳴のような叫び声をあげつつ、よろめいた。
だが、メノウが必死に体勢を立て直し、ナガトもうまくバランスをとって、その背からの落下をまぬがれた。
「ふふふ、どうよ、小悪党ども」
アスハはコクピットで、ほくそ笑んでいた。
刹那、後方に、なにかがぶつかるような、衝撃が走った。
あわててふりかえる。
と……。
「なにやってんのよ、サクミ!」
さっきまで大地に無様に転がっていたと思っていたヴァイアンが、トーマの背中にまたがっている。
「だれが勝手に乗っていいって言ったのよ!」
アスハの怒声に、
「え、でも、せっかく大きくなったんだし、乗ってもいいんじゃ……」
能天気な、すっとぼけたようなサクミの返事。
「お、王女の私にまたがるなんて……、なんて、なんて無礼なの!」
しかも、そのヴァイアンの右手が輝きだし、光が収束すると、その手にはトーマの宝具である薙刀「巴」が握られていた。
「あ、ほら、トーマも乗っていいって言ってるみたいだし」
サクミの言いわけのような屁理屈のような言説に、アスハは顔をひきつらせたのだった。
「ああ、もういいわ。好きになさいっ」
なかば投げやりにアスハは言い放った。そして、気持ちを切り替えるように顔を標的へともどし、
「せいぜい振り落とされないように、必死にしがみついていることねっ」
彼女はにやりと口をゆがませた。
「私の愛馬は狂暴よ」
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